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(2014年01月27日 改訂)

後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome, AIDS, エイズ)は、ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)感染によって生じ、適切な治療が施されないと重篤な全身性免疫不全により日和見感染症や悪性腫瘍を引き起こす状態をいう。近年、治療薬の開発が飛躍的に進み、早期に服薬治療を受ければ免疫力を落とすことなく、通常の生活を送ることが可能となって来た。とはいえ、2012年末現在、世界中で感染者が3500万人を超え、年間230万人の新規感染者と160万人のAIDSによる死亡者が発生している事実から考えると、いまだ人類が直面する最も深刻な感染症の一つと言っていい。また、自分やパートナーへの感染を予防し、且ついわれのない差別や偏見をなくすためにも、AIDS/HIV感染症に関する正確な情報を知ることは非常に重要なことである。

はじめに

近年HIV感染症に対する治療薬や治療方法の進歩により、感染者の予後は飛躍的によくなった。国連合同エイズ計画(UNAIDS)によれば2012年の世界の新規HIV感染者数はいまだ230万人を数えるものの徐々に減り始めており、子供のHIV新規感染が2001年当時より52%減少、大人と子供の合計でも33%減という事実は、HIVに対してささやかとはいえ人類の反撃が功を奏していると言っていいのかもしれない。しかし、中東、北アフリカ、東欧や中央アジアでは現在も感染者数は増加し続けており、異なるサブタイプによる組み換えウイルスの出現も報告されている。日本もここ数年は新規感染者数が頭打ちであるとはいえ、累計で2万1千人を突破し、毎年1000人を超える新規感染者が発生している。また、薬剤耐性ウイルスや免疫逃避ウイルスの広がり、AIDSまでの進行が非常に早いウイルスの出現等の報告も相次いでいる。一方で、新薬が次々と発売され、ついに一日一回しかも一錠飲めばいい薬まで登場し、感染者にとってこれ以上ないほど服薬しやすい環境が整った。しかし、長期治療症例のなかには、ウイルスの抑制が良好であるにもかかわらず、通常より若年で癌や認知障害や骨粗鬆症などがみられるケースが増えて来ている。このことは、長期予後を視野に入れた治療薬の選択が今後非常に重要になってくることを意味している。AIDS/HIV感染症に対する薬物治療の考え方は新しい段階に入ったといってもいいであろう。

今回(2014年1月)、昨年度(2012年12月)に引き続き、「AIDS(後天性免疫不全症候群)とは」の項の改定をおこなった。前回同様基本的なHIVの知識と最新の知見とをバランスよく配置することを心がけた。また、AIDS/HIV感染症の最新情報を速やかにお知らせするために、これからも可能な限り頻回にアップデートしていきたいと考えている。

疫学

(松岡佐織、草川茂)

1)世界のHIV感染動向

2013年9月に国連合同エイズ計画(UNAIDS)は2012年末時点での世界のエイズの流行の現状に関する報告書を発表した。この報告によると世界のHIV感染者数は3530万と推定される。新たな感染及び死亡者数は減少傾向にあるものの、2012年の1年間に新たに230万人がHIVに感染し、160万人がエイズ関連疾患で死亡した。これはエイズの流行が始まって以来およそ7500万人がHIVに感染し3600万人がエイズ関連の疾病で死亡したと考えられる。

2)日本国内のHIV感染動向

HIV感染症は感染症法に基づき発生報告が義務づけられている第5類感染症である。国内HIV感染発生数は厚生労働省エイズ発生動向委員会に報告され、この報告数が新規HIV感染・エイズ報告件数として公開されている。2012年の新規報告数は1449件(無症候性キャリアの新規HIV感染者1002例、「いきなりエイズ」の新規エイズ患者447例)であり、日本人国籍男性の同性間性的接触による感染が約6割(914例)を占めた(図1a)。調査を開始してからの累計報告数(凝固因子製剤による感染例を除く)は2万件に達した(図1b)。

新規報告数が毎年増加していた2000 年代前半と比較して新規報告数は横ばいになりつつある。一方でHIV感染症は無症候期の長い慢性感染症であるため、生体内でHIV感染が成立してもが受診・検査行動に結びつかない場合は、感染者として把握・報告されない。実際、HIV感染後エイズ発症まで一般には5年以上を要するにもかかわらずエイズ発症により初めてHIV感染が判明する例が毎年500件近く(新規HIV報告数の約3割)報告されている。したがって、実際の国内HIV感染者数は報告件数を大幅に上回っているとことが懸念される。HIV感染症は適切な治療によりエイズの発症を抑えることができることからHIV感染を早期に発見することが重要であり、同時に社会全体の感染拡大防止に繋がる。

(a) fig1-a
(b) fig1-a

図1. 厚生労働省エイズ動向委員会に報告された日本国内のエイズ発生動向。 (a)新規HIV感染者(無症候性キャリア)及び新規エイズ患者(いきなりエイズ患者)報告数の年次推移。(b)累計報告数の推移

 

3)サブタイプ分類

HIVは、そのゲノムの構造の違いから HIV-1とHIV-2に分類され、HIV-1は遺伝学的系統関係からグループ M、N、O、P の4つに大別される(図2)。現在の世界的流行の原因ウイルスは、HIV-1グループMに属するウイルスである。これらはさらに A-D、F-H、J、Kの9つのサブタイプ、さらにこれらの組換えゲノムを持つ組換体に分類される。この組換体のうち、ある地域における流行に重要な役割を果たしているものを組換型流行株(Circulating Recombinant Form、CRF)、それ以外のものを Unique Recombinant Form(URF)と区別する(図2a)。近年の世界流行の約半数はサブタイプ C によるもので、以下サブタイプ A、B、CRF02_AG、CRF01_AE、サブタイプ Gと続く(図2b)。一方我が国では、2003年から2008年に収集された臨床株の87.9% がサブタイプBであり、次いでCRF01_AE が8.4% 、サブタイプC 感染例は1.2%にすぎない(Antiviral Research (2010)88:72-79, Hattori ら)(図2c)。このように地域によって流行しているサブタイプ/CRF の分布が異なっている。

fig2

図2. (a)HIVの分類。(b)2004年から2007年に報告された世界のHIV-1サブタイプ/CRF分布。(Hemelaarら, AIDS, 2011, 25: 679-689の図を改変。) (c)2003年から2008年の日本国内検体の HIV-1 サブタイプ/CRF。(Hattori ら, Antiviral Res, 2010, 88: 72-79のデータから作成。)

 

<最近の話題:国内におけるHIV-2感染例>

平成14年および18年に報告された、外国において感染し国内で同定されたHIV-2感染症例に続き、平成21年、愛知県における5例のHIV-2感染症例が報告された。うち3例は来日中のアフリカ系外国人男性であったが、残り2例は日本人女性で、国内においてアフリカ系外国人男性との性交渉によって感染したと推定される。今後もHIV-2感染症例が増える可能性が否定できない。これらの症例についてはすでに厚生労働省より健康危険情報が出されており、HIV-2感染例を念頭に置いた検査体制が取られている。

病原体

(藤野真之、村上努)

1)HIVの構造

HIVは直径約110 nmのRNA型エンベロープウイルスで、その粒子内部に約9,500塩基からなる2コピーの(+)鎖RNAゲノム、逆転写酵素やインテグラーゼなどのウイルス蛋白質を含むコア構造とそれを取り囲む球状エンベロープによって構成される(図3)。ウイルス粒子の外側を構成するエンベロープには、糖蛋白質gp120とgp41の三量体からなる5-10個程度のスパイクが外側に突き出していて、標的細胞であるヘルパーT細胞やマクロファージ表面に発現しているCD4レセプターとケモカインレセプターCCR5またはCXCR4に結合して感染・侵入する。HIVは血清学的・遺伝学的性状の異なるHIV-1とHIV-2に大別される(図4)。HIV遺伝子は、両端に存在するLTR (long terminal repeat)と呼ばれる遺伝子領域と、gag, pol, envの3個の主要な構造遺伝子、tat,revの2個の調節遺伝子、nef, vif, vpr, vpu (HIV-1のみ), vpx (HIV-2のみ)の4個のアクセサリー遺伝子から構成され、複雑かつ精巧な遺伝子発現調節機構によって制御されている。

fig3

図3.HIV粒子の構造(模式図)。HIV遺伝子と遺伝子産物(この図では、HIV-1)の構造と構成を模式的に示す。ウイルス粒子内部に砲弾型のコア構造を持ち、その内部に約9,500塩基からなる2コピーの(+)鎖RNAゲノム、逆転写酵素やインテグラーゼなどのウイルス蛋白質を含む。ウイルス粒子の外側を構成するエンベロープには、糖蛋白質gp120とgp41の三量体からなる5-10個程度のスパイクが外側に突き出している。

fig4

図4.HIV遺伝子の構造。HIVは血清学的・遺伝学的性状の異なるHIV-1とHIV-2に大別される。HIV遺伝子は、両端に存在するLTR (long terminal repeat)、gag, pol, envの3個の主要な構造遺伝子、tat, revの2個の調節遺伝子、nef, vif, vpr, vpu (HIV-1のみ), vpx (HIV-2のみ),の5個のアクセサリー遺伝子から構成され、複雑かつ精巧な遺伝子発現調節機構によって制御されている。

2)HIVの複製サイクルと宿主細胞の感染抑制因子

HIVの複製サイクルは、「前期過程」と「後期過程」に大別できる(図5)。HIVは宿主細胞表面に発現しているCD4レセプターとケモカインレセプターCCR5またはCXCR4に結合する(吸着・結合)。引き続いてウイルス膜と細胞膜を融合させ(膜融合)、ウイルスのコアを細胞質に注入する。コアの崩壊(脱殻)に伴い、ウイルスの逆転写酵素の働きによってウイルス一本鎖RNAゲノムは二本鎖DNAに変換され(逆転写)、核内に導入される(核移行)。核内では、ウイルスのインテグラーゼの作用によって二本鎖DNAは宿主の染色体に組込まれる(ウイルスDNAの組込み)。ここまでが前期過程である。後期過程はまず、ウイルスDNAが宿主のRNAポリメラーゼとHIV調節遺伝子産物Tatの協調によってウイルスmRNAに転写される(転写)。ウイルスmRNAはHIV調節遺伝子産物Revなどの作用によって核外に輸送される(核外輸送)。細胞質では、Env蛋白質前駆体(gp160)、Gag蛋白質前駆体(Pr55Gag)、Gag-Pol前駆体(Pr160GagPol)が合成され、細胞膜(形質膜)に輸送される(翻訳・輸送)。細胞膜直下で感染性を有しない未成熟ウイルス粒子は宿主細胞表面から出芽・放出される(出芽・放出)。放出と同時または放出後にウイルスのプロテアーゼによって前述のGag蛋白質前駆体とGag-Pol前駆体は切断され、再構成された構造(コア構造)を形成し、感染性を獲得した成熟ウイルス粒子となる(成熟)。

fig5

図5.HIVの複製サイクルと宿主細胞の感染抑制因子。HIVの複製サイクルは、前期過程と後期過程からなる。①吸着(結合)、②膜融合、③脱殻、④逆転写、⑤核移行、⑥ウイルスDNAの組込みまでの過程を前期過程と呼び、後期過程は、⑦転写、⑧核外輸送、⑨翻訳/輸送(Env蛋白質)、⑩翻訳/輸送(Gag蛋白質)、⑪出芽/放出、⑫成熟までの過程を指す。これまでに見出されたHIV感染抑制因子(TRIM5α、APOBEC、Tetherin)とその作用点を示す。

 

<最近の話題:HIV感染抑制因子(図5参照)>

2000年以降のHIVの基礎研究における最大の話題は、このウイルスと闘う宿主細胞の感染抑制因子とそれらに対抗するウイルス因子の両方に関する知見である。

1)TRIM5α:2004年にアカゲザルにおける抗HIV-1因子として最初に報告されたのがTRIM5αである。TRIM5αは、細胞に侵入するHIV-1のコア(キャプシド蛋白質)に結合してウイルスの逆転写および核移行の過程を阻害することが明らかにされた。最近このTRIM5αが細胞の先天的免疫をも誘導するという結果も報告された。残念ながら、HIV-1では、キャプシド領域のアミノ酸変異によってヒト細胞のTRIM5αに対する感受性は実際には弱い。

2)APOBEC蛋白質:もう一つの抗HIV因子はAPOBEC3GをはじめとするAPOBEC蛋白質である。この宿主因子は感染細胞においてウイルス粒子に取込まれると次の感染の逆転写過程を阻害することが明らかになった。この抑制因子に対して、HIVは前述のアクセサリー遺伝子産物の一つであるVifを対抗因子として獲得している。Vifが感染細胞内で発現するとAPOBECと結合してユビキチン化しその複合体全体がプロテアソーム系によって分解することが示された。

3)SAMHD1:ごく最近、SAMHD1がHIVの逆転写過程を阻害する3番目の宿主因子として同定された。SAMHD1はその酵素活性によって細胞内のデオキシヌクレオチド(逆転写酵素の基質)を分解してその量を減少させ、ウイルス複製を逆転写過程で阻害する。HIV-1にはないが、HIV-2やSIVにはあるアクセサリー遺伝子産物の一つであるVpxがこのSAMHD1をユビキチン・プロテアソーム系によって分解する対抗因子として存在する。

4)Tetherin(BST-2):4番目の抑制因子は、I型インターフェロンによって誘導される抗HIV因子として2008年に最初に報告されたTetherin(BST-2)である。この膜蛋白質は、HIV感染細胞から産生された子孫ウイルスを細胞膜で繋留しその放出を顕著に阻害する。しかしながら、HIV-1はこの抑制因子に対してもアクセサリー遺伝子産物の一つであるVpuの作用によって対抗している。HIV-2はVpuを持っていないが、そのEnv蛋白質に抗Tetherin活性を内蔵している。抗Tetherinの作用機序としては、エンドサイトーシスによる細胞表面Tetherinの分解やVpuによるTetherinの小胞体(ER)での捕獲とプロテアソーム依存的な分解が知られている。

以上のような宿主細胞における感染抑制因子とそれらに対するウイルスの抗感染抑制因子の存在から、SIVからHIVへ、すなわちサルからヒトへと種の壁を超えて宿主に適応してきたウイルスと宿主の攻防の歴史をみることができる。また、さらに重要なことは、感染抑制因子とHIVの抗感染抑制因子の相互作用が新しい作用機序を有する抗HIV薬剤開発の標的となりうることであり、今後のこの分野の新薬開発に対する貢献も期待される。

臨床症状

(吉村和久)

1) 感染経路

主な感染経路には、(1)性的接触、(2)母子感染(経胎盤、経産道、経母乳感染)、(3)血液によるもの(輸血、臓器移植、医療事故、麻薬等の静脈注射など)がある。つまり、血液や体液を介して接触が無い限り、日常生活ではHIVに感染する可能性は限りなくゼロに近いといえる。唾液や涙等の分泌液中に含まれるウイルス量は存在したとしても非常に微量で、お風呂やタオルの共用で感染した事例は今のところ報告されていない。かように、HIVは体外に出るとすぐに不活化してしまう程脆弱なウイルスなのである。

2) 経過

HIV 感染の自然経過は感染初期(急性期)、無症候期、エイズ発症期の3期に分けられる(図6)。その間持続的に免疫システムの破壊が進行し、ほとんどの感染者は免疫不全状態へと至る。

fig6

図6.HIV感染症の経過。第15版HIV感染症「治療の手引き」(http://www.hivjp.org/)を一部改変。

I. 感染初期(急性期):HIV感染成立の2~3週間後にHIV血症は急速にピークに達するが、この時期には発熱、咽頭痛、筋肉痛、皮疹、リンパ節腫脹、頭痛などのインフルエンザあるいは伝染性単核球症様の症状が出現する。症状は全く無自覚の程度から、無菌性髄膜炎に至るほどの強いものまで、その程度は様々である。初期症状は数日から10週間程度続き、多くの場合自然に軽快する。この時期に診断が出来ると、その後の治療及び経過に圧倒的に有利になる。そのため、アクティブな性行為感染症(STD: 梅毒、淋病、コンジローマ、クラジミア感染症など)を上記急性感染症状と同時に診た時は、HIV感染を考えてみることが重要である(表1)。

II. 無症候期:感染後の免疫応答(CTL誘導や抗体産生)により、ピークに達していたウイルス量は6~8カ月後にある一定のレベルまで減少し、定常状態(セットポイント)となる。その後数年~10年間ほどの無症候期を過ぎると、発熱、倦怠感、リンパ節腫脹などが出現し、帯状疱疹などを発症しやすくなる。この期間は、HIV感染症に特徴的な症状はほとんどないが、上述したSTDや肝炎、繰り返す帯状疱疹、ヘルペス、結核や口腔カンジダ
、赤痢アメーバなどがきっかけとなってHIV感染が判明することも少なくない(表1)。

table1
独立行政法人国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センターホームページより許可を得て転載させていただきました。)

III. エイズ発症期:感染後抗HIV療法が行われないとHIV感染がさらに進行し、CD4陽性T細胞は急激に減少してくる。CD4リンパ球数が200/mm3以下になるとカリニ肺炎などの日和見感染症を発症しやすくなり、さらにCD4リンパ球数が50/mm3を切るとサイトメガロウイルス感染症、非定型抗酸菌症、中枢神経系の悪性リンパ腫などを普通の免疫状態ではほとんど見られない日和見感染症や悪性腫瘍を発症する(図7)。また、食欲低下、下痢、低栄養状態、衰弱などが著明となる。

現在では、きちんと服薬しさえすればウイルス量を測定感度以下まで抑え込むことができ、エイズへと至ることはほとんどなくなった。そのため、いかに早く診断し、適切な治療をはじめることが出来るかが、個人にとっても社会にとってもこの感染症の拡大を押さえ込むための最も重要なポイントといえるのである。

fig7

図7.HIV感染症の病状の経過。CD4数が減少し、免疫能が低下するとともに日和見感染症や日和見腫瘍が見られるようになってくる。

 

<最近の話題:HAND>

HIV感染による認知障害ですぐに思い浮かべるのは、以前なら発症者に見られるエイズ脳症(AIDS Dementia Complex;ADC)だった。しかし、多剤併用療法が浸透してからは、重篤な状態で脳症を呈する症例はめったにみなくなったため、多くの臨床医はそのことに関心を払わなくなっていた。ところが、近年感染症例の中に軽度の認知症が認められるケースが多いことが報告され、がぜん注目を集めている。これは感染症例に見られる比較的軽度な認知障害をさすもので、HIV関連神経認知障害(HIV-Associated Neurocognitive Dysfunction;HAND)と呼ばれている。重症度により、1)顕著な機能障害を伴う認知障害(HIV-Associated Dementia;HAD)、2)軽度神経認知障害(Mild Neurocognitive Disorder;MND)、3)無症候性神経心理学的障害(Asymptomatic Neurocognitive Impairment;ANI)の大きく3つに分類される。ANIの場合日常生活は問題なく行えるが、MNDになると日常生活に支障がでて支援が必要となり、HADでは入院による加療が必要となる場合がある。どうしても服薬が守れない症例の中に、実はこのような病態が潜んでいたとしたら、臨床の現場もこれまでの対応を今一度見直さないといけないであろう。

病原診断

(草川茂)

HIV 感染症の診断は、臨床知見(指標疾患)による臨床診断に加え、検査室レベルでの診断が行われる。HIV検査は偽陽性判定を除く目的で、スクリーニング検査と確認検査の2段階で行われる。検査の流れは、以下の図に示す通りである(図8)。

fig8

図8.HIV-1/2検査のフローチャート(HIV-1/HIV-2感染症診断ガイドライン2008および病原体検出マニュアル(感染研ホームページ)より引用)

スクリーニング検査では、感染検体を漏らさず検出することが求められることから、検出感度が優先される。抗体検出法としてイムノクロマトグラフィー法(IC法)、ゼラチン粒子凝集法(PA法)、酵素免疫抗体法(EIA法)、化学発光酵素免疫測定法(CLIA法)があり、いずれも抗HIV-1/2抗体の両方が検出できる。さらに、抗HIV-1/2抗体に加えてHIV-1抗原を検出することでウインドウ期を短縮できる、第4世代と呼ばれる抗原・抗体同時検出試薬が市販されている。原則としてスクリーニング検査では、この第4世代試薬の使用が推奨される。

一方、感度より正確性(特異性)が優先される確認検査では、抗体確認検査としてウエスタン・ブロット法(WB法)が用いられている。しかしながら、感度に劣るWB法では陰性あるいは判定保留となることがある。明らかな感染リスクがある場合や急性感染を疑わせる症状がある場合には、核酸増幅検査(NAT)を行うことを考慮する必要がある。ただし、NATは偽陽性判定が出る危険性があるので、WB法陰性NAT陽性となった場合には、WB法陽性となるまでフォローアップすることが望ましい。HIV-1 WB陰性NAT陰性となった場合には、HIV-2 WB法による確認検査を行う。HIV-2 WB陰性と判定された場合でも、感染初期で抗体価が充分でない可能性があるので、後日再検査を行うことが望ましい。なお、現在体外診断薬として認可・販売されているHIV遺伝子検査試薬は、すべてHIV-1検出系でありHIV-2は検出できない。

HIV遺伝子検査試薬を用いた検査は、感染母体からの移行抗体があるために抗体検出試薬が有用ではない新生児の感染診断にも有効であるほか、献血の安全性の確保のためにも応用されている。一般的にHIV-1感染例における抗HIV-1抗体(IgMとIgG)のみを検出できる試薬の感染性ウインドウ期(図9)は22日程度とされている。抗原も同時に検出できる第4世代試薬のウインドウ期は数日短く、NATではさらに短く11日程度といわれている。NAT法の導入によって、抗体ウインドウ期にある献血者が未然に発見され、輸血用血液の安全性の確保に役立っている。加えて、2000年代より我が国でもHIV-2感染例が報告されるようになったことから、日本赤十字社の全てのNAT検査施設で、NATによるHIV-2の検出も行われている。

fig9

図9.HIV感染初期のウイルスマーカーの変化とウインドウ期(HIV検査・相談マップ:HIVまめ知識(厚生労働省科学研究費エイズ対策研究事業ホームページ)より引用)

また、HIVに感染するリスクのある行為からHIV陽性と判定されるまでの期間は1〜3ヶ月といわれている。HIV検査を受けて陰性と判定された場合でも、そのような行為から3ヶ月未満であった場合には、3ヶ月目以降にもう一度検査を行う必要がある。

なお、感染研ホームページからリンクされている、病原体検出マニュアル内に、HIV感染診断法について詳細に記載されているので、そちらも参照されたい。

治療

(杉浦亙)

1) HIV感染症の薬物治療

3剤以上の抗HIV薬(antiretroviral drug: ARV)を組み合わせて服用する多剤併用療法(Combination Antiretroviral Therapy: ART)が今日のHIV感染症の標準治療法である。ARTは1996年のプロテアーゼ阻害剤の実用化とともに始まり大きな治療実績をあげてきた。この17年間に多くのARVが開発されており、現在までに核酸系逆転写酵素阻害剤(Nucleoside Analogue RT Inhibitor: NRTI)、非核酸系逆転写酵素阻害剤(Non-Nucleoside RT Inhibitor: NNRTI)、プロテアーゼ阻害剤(Protease Inhibitor: PI)、インテグラー阻害剤(Integrase Strand Transfer Inhibitor: INSTI)、CCR5阻害剤が実用化されている(表2)。また、本邦でも4剤が1錠になった合剤(スタリビルド)が昨年から使用可能となり、1日1回1錠という治療が可能となった。日本では承認されていないが、融合阻害剤enfuvirtideは米国をはじめ多くの国で使用されている。ARTの進歩は単に薬剤の種類が増えただけでなく、ARVの性能が改良されており、ART黎明期に比べると格段に強い抗ウイルス活性、長い血中半減期そして難薬剤耐性獲得性が実現されている。これらの改良は服薬回数の軽減につながり、治療の成功率は飛躍的に向上している(5%以下)。

近年HIV感染病態の研究が進展し、それに伴いART治療戦略が変わりつつある。従来は慢性毒性のリスクを下げるために末梢血中CD4+T細胞数値が250個/μlを切るまでARTを保留していたが、最近は350個/μlで開始するARTの早期導入が推奨されている。一部では更に早く、500個/μlでの導入が提案されており、更に後述する感染防御の関連から診断後直ちに開始すべきであるという意見も出てきている。

表2. 抗HIV薬剤一覧
table2
*リトナビルとの合剤、**米国における情報(日本では未承認)、***COBI: Cobicistat, 薬物動態学的増強因子(ブースター)

2) 薬剤耐性の動向

厚生労働省研究班「薬剤耐性HIVの動向把握のための調査体制確立及びその対策に関する研究(以下薬剤耐性班)」では2003年より新規HIV/AIDS診断症例を対象に疫学調査を実施しているが、調査報告によれば我が国のHIV感染流行の主体は「日本人」、「男性」、「男性同性間性的接触(MSM)」そして「サブタイプB」であり、この傾向は調査を開始してから一貫している。新規HIV/AIDS診断症例における薬剤耐性HIVの保有率は図10に示す様に2003年の5.5%以降徐々に検出率は増加しており2007年には約1割に達している。その後2008−2009年は顕著な増減は無く8.5%前後を推移している。観察される薬剤耐性変異の種類はNRTIが最も多く、次いでPI、そしてNNRTIとなっている。個別の変異についてみるとNRTI耐性のT215X、NNRTI耐性のK103N、そしてPI耐性のM46I/Lは毎年必ず検出されており、これらの変異を有する株は既に流行株としてハイリスク集団に定着していると危惧される[1]。

一方ARTにおける薬剤耐性の影響であるが、ARVの進歩により薬剤耐性が原因でウイルス学的治療失敗に陥る症例の頻度は少なく、薬剤耐性班による調査では2%以下であった[2]。

fig10

図10.新規HIV/AIDS診断症例に観察される薬剤耐性変異獲得症例の頻度。

 

<最近の話題:感染予防戦略における抗HIV薬>

2007年から2009年にかけて南アフリカにおいて行われた1% tenofovir (TDF) ゲルの膣内投与臨床試験(CAPRISA004)では、TDFゲルを使用した被験者群でHIV感染率が有意に低い結果が得られ、HIVに暴露する前のARV投与がHIV感染予防に有効である事が実証された[3]。さらに2011年には早期の治療導入が新たな感染拡大に有効だという研究成果が報告された(HPTN052)[4]。これらの成果を基盤にして「治療」から「予防」へとその活用領域を広げつつある。もちろん抗HIV剤による予防には、何時誰を対象にどのような手段で投与をするのか、薬剤の副作用のリスク、薬剤耐性ウイルス選択のリスクなどまだ解決すべき問題は多いが、ARVによる予防戦略「Treatment as Prevention: TASP」は実現に向けて大きく舵が切られつつある。

  1. Hattori J, Shiino T, Gatanaga H, Yoshida S, Watanabe D, Minami R, et al. Trends in transmitted drug-resistant HIV-1 and demographic characteristics of newly diagnosed patients: Nationwide surveillance from 2003 to 2008 in Japan. Antiviral Res 2010,88:72-79.
  2. Miyazaki N, Matsushita S, Fujii T, Iwamoto A, Sugiura W, Group" JH-MS. Drug-Resistant Genotyping to Guide Selection of Etravirine, Darunavir and Raltegravir in Salvage Therapy for Multi-Drug-Resistant Cases Improves Outcomes. In: 18th International AIDS Conference. Vienne Austria; 2010.
  3. Karim QA, Karim SS, Frohlich JA, Grobler AC, Baxter C, Mansoor LE, et al. Effectiveness and Safety of Tenofovir Gel, an Antiretroviral Microbicide, for the Prevention of HIV Infection in Women. Science 2010.
  4. Cohen MS, Chen YQ, McCauley M, Gamble T, Hosseinipour MC, Kumarasamy N, et al. Prevention of HIV-1 infection with early antiretroviral therapy. N Engl J Med 2011,365:493-505.

発生動向調査について

感染症法に基づき、エイズ・HIV 感染者の発生動向は、毎3カ月間隔で厚生労働省が主催するエイズ動向委員会によって、各都道府県を通じて厚生労働省に報告された過去3 カ月間の症例を集計した結果に基づき分析がなされ、公表される。集計結果は、性別・感染原因、性別・年齢、性別・感染地域等のカテゴリー別にまとめられ、発生動向が多角的に分析され、厚生労働省ホームページ(http://www.mhlw.go.jp)に掲載される。

感染症法における取り扱い (2012年7月更新)

「後天性免疫不全症候群」は全数報告対象(5類感染症)であり、診断した医師は7日以内に最 寄りの保健所に届け出なければならない。

届出基準はこちら

 
(国立感染症研究所エイズ研究センター 吉村和久)

 

 

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