印刷
IASR-logo

ハンセン病

(IASR Vol. 39 p15-16: 2018年2月号)

ハンセン病(Hansen’s disease, Leprosy)は抗酸菌の一種であるらい菌(Mycobacterium leprae)による感染症で, 主に皮膚, 末梢神経に病変をおこす。有効な抗ハンセン病薬がなかった時代(1940年代まで)には四肢や顔面などの変形が重度になったこと等で, 患者や家族は偏見や差別を受けてきた。患者および病気に対する誤解や偏見・差別は現在でも完全には解消されたとはいえない。

感染と病型, 臨床

らい菌の人への感染は乳幼児期に, 感染者との濃厚接触によって, 経気道的に感染, 感染後数年から数十年の潜伏期を経て発症する(本号3ページ)。

ハンセン病は各個人のらい菌特異的な免疫応答の程度によって臨床所見や病理像などに違いがみられ, 病型として分類される。発症初期はI群(indeterminate group, 未定型群)といい, ほとんどの人は本人の免疫応答でらい菌を排除でき治癒する。一部の人では病気が進行し病像が完成されていく。完成された病型はらい菌特異的免疫応答が高いTT型(tuberculoid type, 類結核型), らい菌に対して免疫応答がないLL型(lepromatous type, らい腫型), それらの中間のB群(borderline group, 境界群)に分類される(B群はさらにBT型, BB型, BL型に細分できる)。また世界保健機関(WHO)は菌の多少で少菌型(paucibacillary: PB)と多菌型 (multibacillary: MB)に分類し, 治療法の選択に利用している。検査でらい菌を検出しにくいTT型などはPB, 検査でらい菌を検出できるLL型などはMBに分類される。

TT型では少数の環状紅斑があり, 皮疹部は知覚(触・痛・温度覚)低下している。LL型では光沢のある結節や紅色局面が全身に左右対称性に散在しており, 病初期では知覚低下は軽度である。B群はTT型とLL型の中間の像を示す。ハンセン病は慢性に経過するが, らい菌の菌体成分に対する急性の免疫反応がおこることがある(らい反応)。この場合, 末梢神経の急性炎症もおこり, 早期に治療しないと知覚低下や手の屈曲などの後遺症をおこす(本号3ページ)。

検 査

らい菌は人工培地で培養できない。菌の証明には, (1)皮膚スメア検査 (皮膚から組織液を採取, スライドグラスに塗抹, 抗酸菌染色し検鏡), (2)皮膚や神経の病理組織を抗酸菌染色して検出, (3)皮膚組織などを用いてのらい菌特異的遺伝子を検出するPCR検査, の3法がある。可能な限り3法すべてを実施することが勧められている。

その他病理組織での末梢神経の炎症所見を観察することも重要である。血清検査も診断に用いられている(本号4ページ)。

ハンセン病の患者数が少ないため, ハンセン病の検査(PCR検査, 血清抗PGL-I抗体検査, 薬剤耐性遺伝子変異検査)は行政検査として国立感染症研究所ハンセン病研究センターで実施している。琉球大学医学部皮膚科でも病理検査, PCR検査を実施している。

診断と治療

(1)知覚低下を伴う皮疹, (2)神経所見(知覚障害, 肥厚, 運動障害), (3)らい菌検出, (4)病理組織所見(肉芽腫, 神経の炎症など) の4項目を総合して診断する(本号5ページ)。開発途上国では医師の不在, 検査実施ができないなどのため, 知覚脱失を伴う皮疹, 知覚低下を伴う末梢神経肥厚, 皮膚スメア検査で菌陽性の一つ以上を満たせば「ハンセン病」と診断している。

治療はWHOが提唱している多剤併用療法(multidrug therapy: MDT)を基本に行われている。リファンピシン(RFP), ジアフェニルスルホン(DDS), クロファジミン(CLF, 色素系抗菌薬)の3剤を病型によってPBでは半年間, MBでは1年間内服する。日本ではMDTを一部修飾して内服薬を追加, 治療期間を延長するなどしている。らい反応にはステロイド内服やサリドマイド内服が有効である。

日本のハンセン病患者数

1900(明治33)年には約3万人のハンセン病有病者が報告されたが, 1919(大正8)年には約1.6万人と減少した。1955(昭和30)年頃より公衆衛生の向上, 栄養状態の改善, 感染源の患者の減少, 治療薬の登場などで急速に新規患者数は減少した(図1)。最近では毎年7名以下となり, 患者数の多かった沖縄県においても減少が著しい(図2)(本号6ページ)。日本人のハンセン病新規患者は年間0~1人である。一方, 外国生まれの患者は1991(平成3)年頃から増加し, 毎年10名前後いたが, 2008(平成20)年頃より減少してきている。現在, 患者の多いブラジルやネパール, フィリピンなどからの来日者の発病が散見される。

全国13の国立ハンセン病療養所には, ハンセン病は治癒しているが後遺症や高齢化, 家族と疎遠, などのため約1,450名(平均年齢85歳)が入所している(参考図)。ハンセン病療養所を退所した人, 療養所入所歴のない人については, 多くの人がDDS単剤治療, 不規則治療が多かったため再発・再燃の対応が必要な場合がある。

法律とハンセン病療養所

わが国では, 1907(明治40)年にハンセン病に関する法律「癩予防ニ関スル件」が制定され, その後改正を経て1953(昭和28)年に「らい予防法」になり, 療養所中心の医療が行われてきた。「らい予防法」には強制入所や, 外出制限, 秩序維持のための所長の権限などが規定されていた。患者は療養所入所となり, 治癒しても療養所で生涯を終えることが多かった。1996(平成8)年「らい予防法」は廃止され, 病名は「らい」から「ハンセン病」に変わった。新規患者は一般医療機関で診療が行われている。1998(平成10)年制定の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)の前文には「我が国においては, 過去にハンセン病, 後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め, これを教訓として今後に生かすことが必要である」と明記された。2008(平成20)年には「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」が制定され, ハンセン病問題の解決が図られている。

世界の状況

WHOが推進している早期発見, 早期治療により, 新規患者数は激減したが, 近年は年間21~25万人と, 下げ止まりになっている()。特に新規患者数が多いインド, ブラジル, インドネシアなどを中心に, WHO, 各国保健省, 非政府組織(NGO)などが新規患者減少に向けて活動を行っている。また, 予防投薬や治療期間短縮などの試みも行っている(本号6ページ)。また, 他の顧みられない熱帯病(neglected tropical diseases: NTDs), 特に皮膚病変をもつskin NTDs(ハンセン病, ブルーリ潰瘍, Yaws, リーシュマニア症, マイセトーマ, 疥癬など)などと協調した疾病対策も試みられている(本号8ページ)。

ハンセン病への偏見・差別の解消のため, またハンセン病回復者の社会参加を求め, 日本政府や日本財団などが活動している。さらに2017(平成29)年には「ハンセン病差別撤廃決議」が国連人権理事会において採択された(本号9ページ)。

今後の課題

後遺症を残さず治癒する最良の方法は早期発見, 早期治療である。そのためのより簡便な検査法の開発が望まれる。また, 短期間で治癒可能な薬剤の開発や薬剤の組み合わせなどについて一層の研究推進が必要である。らい反応の予防法, より安全で有効な治療薬の開発も必要である。また世界にはアジアを中心に多数のハンセン病患者がいるので, ハンセン病制圧のために日本の協力が期待されている。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan