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平成30年7月豪雨後に尼崎市内で診断されたレプトスピラ症の一例

(IASR Vol. 39 p202-203: 2018年11月号)

レプトスピラ症の発生は世界中で報告されており, 台風や洪水のあとに流行することが知られている1)。今回, 2018(平成30)年7月豪雨後に尼崎市内でレプトスピラ症を診断した。レプトスピラ症についての尼崎市内での届出は無く, 平成30年7月豪雨に関連したレプトスピラ症例も報告が無い。疫学的有用性が高いと考え, 報告する。

症 例

生来健康な48歳男性。阪神地域の消防団に所属。水田に囲まれた土地で生活しており, 自宅の納屋にはネズミが出ることがある。山中でランニングやバイクの練習をすることが趣味。

現病歴

2018年7月5日~7日にかけて, 豪雨災害に対する消防団活動に参加。7月6日に河川氾濫防止に土嚢積みを行う。雨の中, 排水溝を開ける作業なども行った。7月7日は, 山中で土砂崩れ現場の確認を行った。上記期間は長袖長ズボンで活動した。7月8日昼, 悪寒を自覚。夕方には悪寒戦慄で毛布をかぶっていた。7月9日より軟便, 関節痛, 腰痛出現。7月10日に下痢が増悪し, 頭痛, 嘔吐が出現。7月11日に近医を受診し, アンピシリン2gを点滴投与された。帰宅後, 意識状態が急速に悪化。当院救急搬送となる。

入院時現症

JCS I-3, 収縮期血圧60 mmHg台, 心拍数90/分, 体温37.3℃, 呼吸数30/分, 経皮的酸素飽和度98%(室内気)

眼球結膜充血を認めるが黄染は認めず。両下腿に一部痂皮形成を伴う色素沈着や掻爬痕を認めた。

血液検査:WBC 8,500/μL, Hb 15.9 g/dL, PLT 102×103/μL, T-bil 1.0 mg/dL, D-bil 0.3 mg/dL, AST 178 U/L, ALT 81 U/L, LDH 532 U/L, γ-GTP 100 U/L, CK 4,036 U/L, BUN 32.8 mg/dL, Cre 2.94 mg/dL, Glu 118 mg/dL, Na 141 mEq/L, K 3.1 mEq/L, Cl 105 mEq/L, CRP 21.53 mg/dL, Lac 4.0 mmol/L

髄液検査:白血球数0/μL(補正), Glu 74 mg/dL

臨床経過

当院搬送時ショック状態であり, 集学的治療を行ったところ, 受診後約1時間で意識状態の改善とショック状態からの離脱を認めた。病歴, 身体所見, 検査結果からレプトスピラ症あるいはリケッチア感染症を疑い, セフトリアキソンとミノマイシンで加療開始した。第1病日は全身管理目的に集中治療室へ入室したが, 第2病日には呼吸循環動態は安定し, 経口での食事摂取が可能となる。自覚症状を覚醒後に聴取したところ, 全身倦怠感と両肩の筋肉痛の訴えを認めたが, 背部や下肢の自発痛, 圧痛, 把握痛は明らかでなかった。第3病日に一般病棟へ転棟。同日には両肩の筋肉痛が消失していた。第7病日には結膜充血の改善を認めた。セフトリアキソン, ミノマイシンともに7日間投与を行った。第11病日に退院となる。

レプトスピラ感染について, 尼崎市保健所を通じて国立感染症研究所に行政検査を依頼した。第1病日の血清検体でレプトスピラ鞭毛遺伝子flaBの増幅を認めたが, 髄液や尿検体では認められなかった。また, 第1病日と第17病日のペア血清において, レプトスピラの複数の血清型に対する抗体の陽転化を認めた。以上より, 本症例をレプトスピラ症と確定診断した。

考 察

レプトスピラ症は人獣共通感染症であり, げっ歯類を中心とした野生動物や家畜(ウシ, ウマ, ブタなど), ペット(イヌなど)の腎臓に保菌されている。その尿に汚染された水や土壌, あるいは尿そのものとの直接的な接触によって, 経皮的・経口的にヒトへ感染する1)。日本では毎年沖縄県を中心として報告されている。2007年1月~2016年4月末では各年15~42例報告があり, 散発的な発生は全国各地で確認されている2)。尼崎市保健所管内の過去12年を検索したが届出はなかった。レプトスピラ症は台風や洪水のあとに流行することが報告されているが, 本症例も豪雨災害時の発症症例であった。レプトスピラの一般的な潜伏期間は5~14日であるが, 実際は2~20日と幅広い3,4)。本症例の場合, 災害現場での消防団活動から発症までの期間は2日と比較的短く, 納屋に出没するネズミとの接触歴や, 入山歴もあるため, 豪雨災害が契機となったかどうかの特定は困難であった。

本症例は前医でアンピシリンの先行投与歴があり, その数時間後から全身状態が急激に増悪したこと, 翌日には速やかに改善したことから, レプトスピラによるJarisch-Herxheimer反応(抗菌薬投与後にみられる, 破壊された菌体成分の放出により引き起こされる急性炎症反応, ライム病や回帰熱, 梅毒などでも認められる)を来たしたものと考えられた。

レプトスピラ症の治療にはペニシリン, セフトリアキソン, ドキシサイクリンが推奨される5)。また, リケッチア症の診断にはダニ咬傷歴や刺し口の存在が重要になるが, それらが判然としない症例もある。経過や曝露歴からは両疾患の鑑別が困難な場合があり, 確定診断には時間を要すために, 場合によっては両疾患ともに治療することも検討すべきと考える。本症例においても行政検査結果が判明するまではリケッチア症の否定が困難であり, 治療を完遂した。

 

参考文献
  1. Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, 8th edition, Saunders, 2014
  2. 国立感染症研究所, IASR 37: 103-105, 2016
  3. Katz AR, et al., Clin Infect Dis 33(11): 1834-1841, 2001
  4. Levett PN, Clin Microbiol Rev 14(2): 296-326, 2001
  5. Bharti AR, et al., Lancet Infect Dis 3(12): 757-771, 2003

 

兵庫県立尼崎総合医療センターER総合診療科
 伊藤 渉 生方綾史 吉永孝之
兵庫県立尼崎総合医療センター感染症内科
 松尾裕央
尼崎市保健所 鈴井啓史

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