国立感染症研究所

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ヒトPlasmodium knowlesi 感染症(サルマラリア)の1例

(IASR Vol. 34 p. 6-7: 2013年1月号)

 

マレーシアから帰国後に診断されたPlasmodium knowlesi感染症の1例を経験したため報告する。

患者は生来健康な35歳の日本人男性、主訴は発熱と関節痛であった。職業は植物・昆虫学者であり、現地調査のため2012年8月初旬~9月下旬までマレーシアのテメンゴール、ジョホール、クアラルンプールに滞在したが、マラリア予防内服薬を含め、防蚊対策は特に行わなかった。帰国当日の夜から最高38.9℃の発熱を認め、一過性に解熱するものの連日発熱するため、帰国後3日目に国立国際医療研究センター病院トラベルクリニックを受診した。

受診時、意識清明、体温36.6℃、血圧111/80mmHg、脈拍 115回/分、呼吸数16回/分であった。身体所見では特記すべき異常を認めなかった。血液検査所見では、WBC 3,860/μl、Hb 17.6 g/dl、Hct 49.6%、血小板 4.7万/μl、CRP 11.5 mg/dl、AST 49 IU/L、ALT 41 IU/L、BUN 20.6 mg/dl、Cr 1.16 mg/dlであった。デングウイルス抗原・抗体迅速検査(Dengue DuoRapid Test® Standard Diagnostic Inc., Kyonggi, Korea)およびマラリア原虫抗原迅速検査(BinaxNOW Malaria® Scarborough Inc., Maine, U.S.A.)は陰性であったが、血液ギムザ染色標本にマラリア原虫を認めた(図1)。バンド状の成熟栄養体や分裂体を認め、原虫寄生率は 0.2%であった。この時点での原虫種の同定は困難であったが、渡航地域と発熱周期が24時間であることから、P. knowlesi 感染症が疑われた。メフロキン(25 mg 塩基/kg)で治療を開始したところ、28時間後に解熱、40時間後に原虫は消失し、合併症なく治癒した。原虫種確定のため施行した遺伝子検査(semi-nested PCR )では、P. vivax (三日熱マラリア原虫)とP. knowlesi のDNAを特異的に増幅するプライマーを用いてPCR を行った場合にのみ、DNAの増幅がみられた。その後、PCR産物のTAクローニングを行ってからDNA sequencingを行い、P. knowlesi 単独の感染症と確定診断した。入院7日目に退院となり、その後も再発は認めていない。

P. knowlesi はアカゲザルやカニクイザルなどを固有の宿主とするマラリア原虫の一種で、1965年にマレーシアでヒトへの自然感染例が初めて報告された1)。1971年に2例目の感染が報告されて以降、P. knowlesi の自然感染例の報告は長期間認めず、特殊な状況下における稀な疾患であると考えられていた2)。しかしPCR 検査が普及するにつれ、マレーシアで多数のP. knowlesi感染症がP. malariae 感染症(四日熱マラリア)と誤診されていたことが、2004年のSingh らの報告によって明らかとなった3)。以降、P. knowlesi はマレーシアの他、東南アジアの森林地帯の広い地域にも分布していることが明らかとなり、特定の地域では、ヒトに感染するマラリアの原因原虫種として比較的頻度が高いと認識されるようになった。

ヒトP. knowlesi 感染症の症状は、他のマラリアと同様に、発熱、倦怠感、頭痛、腹痛、関節痛、脾腫、下痢を認めることがある。検査でも他のマラリアと同様に血小板減少が特徴的だが、貧血、肝機能障害、腎機能障害、白血球増多・低下、CRP 上昇などを認めることもあり、いずれも非特異的な所見である。マラリア原虫抗原迅速検査が行われた症例では、熱帯熱・非熱帯熱マラリア検出バンドのいずれにも反応しうるためマラリア原虫種の特定に有用ではない。マラリア原虫種の鑑別にはギムザ染色による顕微鏡検査がgold standardだが、P. knowlesi は後期栄養体の帯状体(band form)がP. malariae (四日熱マラリア原虫)と類似しており、判別が難しい4)。また、早期栄養体の輪状体(ring form)がP. falciparum (熱帯熱マラリア原虫)との鑑別を要することもある。診断の際は、P. knowlesi 常在地(東南アジアの森林地帯)への渡航歴が手がかりとなる。確定診断にはPCR 検査が用いられるが、本症例のように三日熱マラリア原虫用のプライマーでDNA の増殖を認めたとする報告も散見されるため5)、DNA sequencingまで行って、増幅されたPCR 産物のDNA 塩基配列を確認する必要がある。

P. knowlesi 感染症はほとんどが軽症~中等症だが、稀に(1~2%)重症化する症例が報告されており、注意が必要である。原虫は24時間周期で分裂・増殖し、ヒトに感染するマラリア原虫種の中では発熱周期が最も短く、このことが重症化を招く理由の一つと考えられている。現在のところ、P. knowlesi に対して抵抗性を示す抗マラリア薬の報告はないため、海外ではクロロキンが第一選択薬として使用されている。本症例では合併症を認めなかったため、本邦で承認されているメフロキンを使用した。ただし、重症例では他のマラリア原虫種同様、アーテミシニン混合療法治療が推奨される。なお、三日熱マラリア原虫やP.ovale (卵形マラリア原虫)と異なり、P. knowlesi はヒプノゾイト(休眠体)を作らないため、プリマキンによる根治療法は行う必要がない。

最後に、海外渡航者におけるP. knowlesi 感染例は、2006年以降、2012年までに合計12例が報告されている。本症例は本邦においてP. knowlesi 感染を遺伝子診断で証明できた最初の報告であり、今後、本邦を含む非常在地においても症例が蓄積されていくものと考えられる。P. knowlesi 常在地から帰国後の発熱患者に血液塗抹標本で、四日熱マラリア原虫に似た原虫を認めれば、P. knowlesi 感染症を疑い、当センターなどの研究機関に遺伝子検査を依頼する必要がある。

 

参考文献
1) Chin W, et al., Science 149 : 865, 1965
2) Yap LF, et al., Tras Roy Soc Trop Med Hyg 65: 839-840, 1971
3) Singh B, et al., Lancet 363: 1017-1024, 2004
4)川合 覚, モダンメディア 56(6): 139-145, 2010
5) Antoine B, et al., Am J Trop Med Hyg 84(4): 535-538, 2011

 

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