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薬剤耐性アシネトバクター感染症

(IASR Vol. 42 p49-50: 2021年3月号)

 

 アシネトバクター属菌は, ブドウ糖非発酵のグラム陰性桿菌であり, 日和見感染症の起因菌となる。感染防御機能が低下した患者などに, 肺炎などの呼吸器感染症, 尿路感染症, 手術部位や外傷部位の感染症, カテーテル関連血流感染症, 敗血症など, 多彩な感染症を起こす。

 薬剤耐性アシネトバクター感染症は, 2011(平成23)年2月から感染症法に基づく5類定点把握疾患となり, 2014(平成26)年9月より5類全数把握対象疾患となった。感染症法上の定義は, 広域β-ラクタム剤, アミノ配糖体, フルオロキノロンの3系統の薬剤に対して耐性を示すアシネトバクター属菌による感染症の総称である。届出のために必要な検査所見には, この3系統の薬剤としてイミペネムなど(カルバペネム系), アミカシン(アミノグリコシド系), シプロフロキサシンなど(フルオロキノロン系)に対する耐性の判定条件が定められている。届出対象は発症者のみであり, 保菌者は対象ではない(届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-140912-4.html参照)。届出のために必要な検査所見の条件を満たす株を, 日本では多剤耐性アシネトバクター(multidrug-resistant Acinetobacter spp.: MDRA)と定義することが多い。

多剤耐性アシネトバクターの分子疫学

 アシネトバクター属のうちAcinetobacter baumanniiが臨床的に重要な菌種とされており, 中でもA. baumannii国際流行株(international clone)は, 特に多剤耐性傾向を示し, アウトブレイクを引き起こしやすいとされている。international cloneのうち, multilocus sequence typing(MLST)でST2(Pasteur法)あるいはST208など(Oxford法)に属するA. baumannii international clone Ⅱ系統が世界的に最も広く蔓延しており, 国内でも複数の院内感染事例を引き起こしている。しかしながら日本は, 諸外国に比べMDRAの分離が圧倒的に少なく(本号4ページ), 国外からの持ち込みが警戒される耐性菌である(本号5ページ)。

 アシネトバクター属のカルバペネム耐性には, OXA型カルバペネマーゼやメタロ-β-ラクタマーゼといったカルバペネマーゼ産生が寄与する(本号3&8ページ)。前述のA. baumannii international clone II系統株はOXA型カルバペネマーゼ産生のことが多いため, 世界的にもOXA型カルバペネマーゼ産生株の報告が多いが, 国内ではメタロ-β-ラクタマーゼ産生のMDRAの検出事例も確認されている(本号7ページ)。

感染症発生動向調査(NESID)

 薬剤耐性アシネトバクター感染症が5類全数把握対象疾患となった2014年9月以降の累積届出数は, 172例(2021年1月5日現在)であった。男性が122例(71%)で, 診断時の年齢中央値は71歳(範囲0~97歳)であり, 65歳以上が116例で全体の67%を占めた。症状の種類(重複あり)は, 肺炎92例(53%), 菌血症・敗血症31例(18%), 尿路感染症21例(12%)の順に多く, 検出検体(重複あり)は, 喀痰106例(62%), 血液21例(12%), 尿20例(12%), 膿10例(6%)の順に多く報告された。年別の届出数は2015年の38例を最大に減少傾向がみられ, いずれの年も半数以上が65歳以上の患者であった(図1)。都道府県別の届出数は, 東京都(n=29), 埼玉県(n=27), 千葉県(n=14), 神奈川県(n=14), 北海道(n=9)の順に多かった。届出数上位の4都県では断続的に5年以上の届出があり(図2), これら累積報告年数の多い地域ではMDRA定着の可能性も懸念される。

 また, 172例のうち25例(15%)は推定感染地域が国外であると報告され, その地域は中国(n=8), ベトナム(n=4), 韓国(n=3), インドネシア, タイ(各n=2), インド, クロアチア, ペルー, マレーシア, ロシア, 台湾(各n=1)とアジアの国々が多くを占めた。同じ5類全数把握対象疾患の薬剤耐性菌感染症であるカルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症やバンコマイシン耐性腸球菌感染症では, 推定感染地域が国外と報告された症例の割合はそれぞれ0.4%, 1.7%(2015~2018年届出症例, 感染症発生動向調査事業年報)であり, これらに比べると薬剤耐性アシネトバクター感染症は国外での感染例の割合が多いことが特徴である。

厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)

 JANIS検査部門では, 薬剤耐性アシネトバクターの判定に必要な検査所見を満たす株の分離状況を, MDRAとして集計公開している。NESIDと異なる点は, 保菌者と発症者を区別せずに集計すること, 分離報告対象はJANIS参加医療機関のみであること, である。2019年集計対象の2,075施設のうちMDRAが分離された医療機関は29施設(1.4%), MDRA分離患者数は98名であり, 2017年以降の年別推移ではMDRA分離患者数の増加はみられていない(本号10ページ)。

多剤耐性アシネトバクターの治療と薬剤感受性試験における注意

 アシネトバクター属は, もともと多くの抗菌薬に感性を示すが, 1990年代頃よりヨーロッパや米国などで種々の抗菌薬に耐性を示す株が分離されるようになり, 2000年頃からはアジアを含む多くの国で多剤耐性化が進んできた。多剤耐性株はグラム陰性菌の治療に使用可能なほとんどの抗菌薬に耐性を示す。治療の選択肢として挙げられるコリスチンやチゲサイクリンも有効性や安全性にやや懸念があるとされ, 耐性株の出現も報告されている。シデロフォアセファロスポリン抗菌薬であるセフィデロコールなど, 新規抗菌薬の開発が期待されている(本号11ページ)。

 なお, 臨床現場に普及している自動薬剤感受性測定装置のうち, Vitek2(ビオメリュー社)では, アシネトバクター属のアミカシン耐性を正確に判定できないことがあるため, 必要に応じて別の薬剤感受性試験方法で追加確認することが望ましい(本号3ページ)。

おわりに

 2017(平成29)年の通知(健感発0328第4号)では, 薬剤耐性アシネトバクター感染症の届出があった際には地方衛生研究所等での試験検査の実施等に努めること, とされており, 病原体サーベイランス体制整備が進められている。NESIDにおいて薬剤耐性アシネトバクター感染症発症者を対象としたサーベイランスが実施されているが, 感染対策は発症者のみならず保菌者も含めた対応が必要となる。2014(平成26)年の通知「医療機関における院内感染対策について」(医政地発1219第1号)では, 保菌者も含めたMDRA検出の1例目の発見をもって, アウトブレイクに準じて厳重な感染対策を実施すること, とされており, 院内感染が疑われる際には保健所に報告するとともに, 地域の医療機関等のネットワークの支援を得るなどして速やかに適切な対策を実施することが求められる。対策の一環として, 地方衛生研究所等では必要に応じた検査支援が求められており, 検査体制の充実強化が進められている(本号8ページ)。2018(平成30)年には院内感染疑い事例の報告を受け, 改めて医療機関における薬剤耐性アシネトバクター感染症等の院内感染対策の徹底を求める事務連絡(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000343986.pdf)が発出されており, 引き続きの対応が求められている。 

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