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ヨーロッパの麻疹の状況と今後の日本の課題

 
(Vol. 33 p. 29-30: 2012年2月号)
2011年に日本で検出された麻疹ウイルスの遺伝子型はD4、D8、D9、G3型であった。2006~2008年時の流行株であり、日本の常在株と考えられていたD5株(Bangkok type)は2010年5月を最後に検出されていない(図1)。WHOの麻疹排除の定義は、「質の高いサーベイランス体制が存在する下で、常在する麻疹ウイルスによる麻疹の伝播が12カ月間以上ないこと」とされており、麻疹排除達成は現実性を帯びてきつつある。一方、2011年に最も多く検出されたD4株(57例)の多くは疫学的、あるいはウイルス学的にヨーロッパからの輸入株、またはその関連株である可能性が高い。2010年以降、ヨーロッパでは麻疹の流行が止まらず、他国への麻疹輸出も問題となっている。ヨーロッパの麻疹の状況から日本の今後の対策を考察する。

WHO European Region (EUR) の麻疹排除目標
EURは、ヨーロッパ大陸と旧ソビエト連邦に所属した53カ国からなる、総人口およそ8億9千6百万人の地域である。2002年、第55回WHO Regional Committee for European (RCE)においてEURにおける麻疹排除目標年を2010年と設定し、併せてメンバー国の多くがMMRワクチンを使用していることから同年を同じく風疹排除の目標年とした1) 。麻疹、風疹排除への戦略は、1)2回の麻疹ワクチンの接種率95%以上の維持、ならびに1回以上の風疹ワクチン接種機会の提供、2)麻疹感受性者への補足的ワクチン接種機会の設置、3)検査診断と症例調査によるサーベイランス体制の強化、等である2) 。これらの対策により2007年には全EURでの年間麻疹報告数が人口百万人当たり7.8人まで減少し、麻疹排除達成が期待されたが、2008年頃から後述するように麻疹の流行が頻発し、2010年9月第60回RCEにおいて麻疹排除、風疹排除の目標年を2015年に延期した3) 。

EURの麻疹の状況
EURの麻疹報告数は1990~1993年頃では年間約400件/人口百万人であったが、2007~2009年では10件前後/人口百万人まで減少した。2009年では53のメンバー国のうち、38カ国が年間麻疹報告数、1件以下/人口百万人を達成し、うち20カ国は報告数0であった4,5) 。一方、2008年頃からイギリスにおけるD4株による流行、スイスにおけるD5株による流行等が報告され始めた。また、2009~2010年にかけて24,000件以上の大きなアウトブレイクがブルガリアであり、死者24名が報告されている。この麻疹の流行の主体は、定住性を持たないためワクチン接種率が低いロマ民族であった。2010年の麻疹例の78%はブルガリアに関係している。原因ウイルスはドイツに由来したD4株で、このウイルスはその後、スペイン、トルコ、そして再度ドイツへと広がった。また、フランスでも2008年頃から麻疹が増加し始め、2010年後半にはフランス南東部を中心に流行が拡大、2011年ではさらにベルギー、ブルガリア、ドイツ、イタリア、ルーマニア、セルビア、スペイン、スイス、マケドニア旧ユーゴスラビア共和国、トルコ、イギリス等へと拡散した。2011年は10月末までに、40カ国から計約26,000件の麻疹例の報告があり(図2)、36カ国で115のアウトブレイクが発生している。特にフランスの麻疹数は14,000件を超え、全体の約60%を占めている。麻疹による死亡も11例報告されている(フランス6名、ドイツ、カザフスタン等各1名)。2011年にEURで検出されたウイルスの遺伝子型はD4、B3、G3、D8、D9、H1型であった。D4型はフランス、スペイン、カザフスタンを含む24カ国から検出され、依然として流行株の主体である。また、G3株はフランスから、B3株はスペインから検出されている。2011年の麻疹患者の年齢分布は、およそ半数(49%)は15歳以上、25%が5歳未満(1歳未満は9%)、25%は5~14歳であった。罹患者のワクチン履歴ではワクチン歴の無い者が45%、1回接種者は7.4%、2回接種者は2.1%、残りはワクチン歴不明である。2004~2010年のEURにおける麻疹ワクチンの接種率は92~95%であり、目標とする95%に達していない年もあるが、評価できる数字である(図2)。最近の流行は、医療サービスが届きにくい移動民族における感受性者や、過去における低いワクチン接種率と流行の減少により自然感染の機会が減少したことで増加した10~20代の麻疹感受性者の存在が大きな原因と考えられている。WHO Regional Office for Europeではこれらアウトブレイクの対策として、1)麻疹症例を迅速に判断し、モニターするためのサーベイランス体制の強化、2)一般人等への予防接種の重要性の周知、3)ワクチン接種スケジュールの変更、4)定期接種等を接種し損なった人等への補足的ワクチンの提供、等をメンバー国に求めている6, 7) 。

日本では2010年、2011年と麻疹患者報告数は500人を切った。しかし、2008年に開始した13歳、18歳を対象とした第3期、4期の補足的ワクチン接種は2012年度で終了する。残念ながら2008年からの3年間、第3期、4期ともに接種率は90%に達していない。少なく見積もっても年間20万人程度が2回目の麻疹ワクチン接種の機会を失したことになる。EURにおける麻疹の流行は、感受性者の蓄積により麻疹が容易に再興することを示している。日本においても、第1期、2期の麻疹ワクチン接種率を高く維持するだけでなく、麻疹の流行状況の変化や国民の免疫状況、海外旅行の増加等、生活環境の変化も考慮した適切な補足的ワクチン接種の機会を提供していくことが、今後、再度麻疹の増加を防ぐために必要となるだろう。ヨーロッパの事例は決して「対岸の火事」ではない。

 参考文献
1) WHO, EUR/RC55/R7, http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0003/88086/RC55_eres07.pdf
2) WHO Regional Office for Europe, Eliminating measles and rubella and preventing congenital rubella infection: WHO European Region strategic plan 2005-2010, WHO Regional Office for Europe 2005, ISBN 92 890 1382 6
3) WHO, EUR/RC60/R12, http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0016/122236/RC60_eRes12.pdf
4) Martin R, et al ., J Infect Dis 204 (suppl1): S325-334, 2011
5) WHO, Wkly Epidemiol Rec 84: 57-64, 2009
6) WHO, Wkly Epidemiol Rec 86: 557-564, 2011
7) WHO Regional Office for Europe, Measles outbreaks in the WHO European Region and Member State's responses, WHO Epidemiological brief, 18: 1-3, 2011

国立感染症研究所ウイルス第三部 駒瀬勝啓 竹田 誠

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