印刷
IASR-logo
 

麻疹2019年2月現在

(IASR Vol. 40 p49-51: 2019年4月号)

麻疹は麻疹ウイルスによる急性感染症である。主な症状は発熱, 発疹, カタル症状である。麻疹ウイルスは空気感染, 飛沫感染, 接触感染で伝播し, その感染力は極めて強い。また, 麻疹患者は高い頻度で合併症を起こし, 肺炎, 脳炎を合併した場合には死亡することもある。稀ではあるが麻疹に罹患, 回復後, 数年~10数年経てから亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis: SSPE)と呼ばれる予後不良の脳炎を発症することもある(本号4ページ)。世界保健機関(WHO)は2017年においても開発途上国の小児を中心に109,638人が麻疹によって死亡したと推計している(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6276384/pdf/06_mm6747a6.pdf)。

一方, 麻疹は, 麻疹ウイルスの自然宿主がヒトのみであること, 有効性, 安全性, 経済性に優れたワクチンが存在すること等から, 排除が可能な感染症と考えられている。麻疹排除とは「質の高いサーベイランスが存在するある特定の地域, 国等において, 12カ月間以上継続した麻疹ウイルスの伝播がない状態」と定義されている。

日本では2006年に麻疹・風疹混合(MR)ワクチンを用いた2回接種(1期, 2期)が導入され, さらに, 2007年末には「麻しんに関する特定感染症予防指針(以下指針)」が告示され, 当時, 流行の中心であった10代の免疫を強化するため, 中学1年生(3期), 高校3年生相当年齢者(4期)を対象に, 5年間(2008~2012年)の補足的ワクチン接種が定期接種として実施された。これらの効果もあり2009年以降, 麻疹患者数は大きく減少し, 2015年3月にはWHO西太平洋地域麻疹排除認証委員会より日本は排除状態にあると認定され, 2017年現在, その状態を維持している。

感染症発生動向調査:麻疹は感染症法上の5類感染症である(届出基準, 病型はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-03.html)。年間の麻疹患者届出数は, 全数報告が始まった2008年では11,013例であったが, 2009年以降は35~732例で推移している。2018年は海外からの旅行者を発端とし, 麻疹排除達成以来最大となった患者数101名の集団発生(本号56ページ)や外国人就労者を発端とした集団発生(本号7ページ), 医療機関から広がった集団発生(本号910ページ)等があり, 計279例が報告されている(2019年2月28日現在)(図1)。なお, 2019年1~2月にはワクチン接種率が低い集団における麻疹集団発生が報告されている(本号12ページ)。

患者の病型別でみると, 発熱, 発疹, カタル症状の3主徴の揃った麻疹症例が205例(検査診断例;197例, 臨床診断例;8例, 全症例279例の73.5%), 1ないし2症状のみの非典型症例でかつ検査陽性例である修飾麻疹が74例(同, 26.5%)であった。また, 2016年以降, 検査診断例が全症例の95%以上を占めている(図2)。

患者を年齢群別にみると, かつて麻疹は, 主に5歳までに感染する小児の感染症だったが, 全数把握が開始された2008年には10~20代を中心に流行が観察され, 患者の65.3%を占めた。2011年頃から20~30代の患者が増加し, 2017年には患者の65.6%を占めた。2018年も20~30代の患者の割合が高く, 患者の56.7%であった(図3)。

2018年に報告された患者(n=279)の予防接種歴は, 未接種者が63人(22.6%)で, うち16例が定期接種対象年齢に達していない1歳未満(未接種者の25.4%)であった。1回接種者が56例(20.1%), 2回接種者が43例(15.4%), 接種歴不明者が117例(41.9%)であった(表1)。

2018年には麻疹による学級閉鎖が2件(4月と7月に各1件), 麻しん施設別発生調査に報告されている(https://www.niid.go.jp/niid//images/idsc/disease/measles/2018pdf/measschool18_19_03.pdf)。

ウイルス検出状況(病原体検出情報):2018年に地方衛生研究所(地衛研)でウイルス遺伝子が検出され, 感染症発生動向調査(NESID)の病原体検出情報に報告されたのは146件, ワクチン株を除くと125件(全麻疹症例279例の44.8%)であった。うち, 遺伝子型が解析されたのが106件(同38.0%), さらに遺伝子型決定部位(N遺伝子450塩基)の配列が報告されていたのが89件(同31.9%)であった(不完全な4配列を除く)(図4)。報告されたウイルスの遺伝子型の内訳は, 遺伝子型D8が83例, B3が22例, H1が1例, 型別不明が19例であった。遺伝子型が報告された症例のうち, 発症前に海外渡航歴があるのは30症例, 滞在国は遺伝子型D8ウイルスが検出された症例では, タイ(16例), ベトナム(4例), インド, シンガポール, ネパール(各1例), B3ウイルスが検出された症例ではフィリピン(6例), 米国, バングラデシュ(各1例)であった(重複を含む) (表2)。

検査診断の状況:指針では原則, すべての麻疹疑い例に対してIgM抗体検査とウイルス遺伝子検査の実施を求めている。ウイルス遺伝子検査は主に地衛研で実施されている。ウイルス遺伝子検査ではreal-time PCR法で検査を実施し, 陽性の場合にはコンベンショナルRT-PCR(nested RT-PCR)で遺伝子型決定部位を増幅, 塩基配列を決定することが推奨されている。検査施設での検査精度を担保するために外部精度管理が行われている(本号13ページ)。

ワクチン接種率:2006年度からMRワクチンを用いた第1期(1歳児を対象), 第2期(小学校就学前の1年間の幼児を対象)の2回接種が定期の予防接種に導入され, 現在も継続中である。2017年度のMRワクチンの接種率は, 第1期96.0%, 第2期93.4%であった。第1期は8年連続で目標とする95%を上回ったが, 第2期は10年連続して90%を超えたものの95%には達していない(https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/measles/2017-mr-pdf/map5.pdf)。

抗体保有状況:2018年度の麻疹流行予測調査は25都道府県の地衛研で, 麻疹のゼラチン粒子凝集(PA)抗体価の測定により実施された(n=7,268)(本号14ページ)。採血時期は原則として2018年7~9月とした。麻疹のPA抗体価1:16以上の抗体保有率は, 2011年度以降, 2歳以上のすべての年齢/年齢群で95%以上を示した(図5)。

今後の対策:麻疹は未だ多くの国で流行している(本号15ページ)。2018年には海外から約3,100万人が日本を訪れ, 約1,900万人の日本人が海外へ行った。2019年にはラグビーワールドカップ等の国際イベントが日本で開催されることから, 訪日者の増加が予想される。このような状況では, 海外からの麻疹ウイルスの持ち込みを未然に防ぐことは困難である。麻疹ウイルスが持ち込まれても感染が拡大しないような環境を, 平時から整えておくことが重要である。そのためには1)2回の定期接種の接種率を95%以上に維持し, 抗体保有率を高く維持すること, 2)早期に患者を発見し, 適切な感染拡大阻止策を行えるようサーベイランスを一層, 強化すること, 3)感染するリスクの高い医療関係者(本号17ページ), 児童福祉施設関係者, 学校関係者, 海外旅行者, 空港等不特定多数の人と接する機会の多い職場で働く人, 等へ必要に応じたワクチン接種を勧奨すること等が求められる。また, 円滑な疫学調査のために自治体間での情報共有の促進(本号18ページ)や海外の麻疹対策への協力も重要である。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan