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麻疹 2020年2月現在

(IASR Vol. 41 p53-55: 2020年4月号)

麻疹は発熱, 発疹, カタル症状を主徴とする, 麻疹ウイルスによる急性ウイルス感染症である。麻疹ウイルスは空気感染, 飛沫感染, 接触感染で伝播し, その感染力は極めて強い。潜伏期間は10~12日間, 発症の1日前から解熱後3日間がウイルスの感染期間である。不顕性感染はほとんどない。麻疹ワクチン導入前(1965年以前)には, ほとんどの人が15歳までに罹患する感染症であったが, ワクチン接種率の向上により患者数は減少, 最近は年間, 数十~数百人で推移している。また, 20歳以上の罹患者が多い。

麻疹ウイルスは免疫細胞に感染するため, 宿主は急性の免疫不全を起こし, 中耳炎, 腸炎, 脳炎, 肺炎等の合併症を起こす。肺炎, 脳炎を合併した場合には死亡することもある。また, 宿主の免疫記憶細胞も障害し, 過去に獲得した他の感染症に対する免疫を損ない, 宿主をそれら感染症に再感染しやすくすることが報告されている。稀だが亜急性硬化性全脳炎(SSPE)と呼ばれる予後不良の脳炎を発症することがある。また, 妊婦が罹患すると死産, 流産の原因になることもある。世界保健機関(WHO)は, 2018年においても, 開発途上国の小児を中心に140,000人以上が麻疹によって死亡したと推計している(https://www.who.int/news-room/detail/05-12-2019-more-than-140-000-die-from-measles-as-cases-surge-worldwide)。

一方, 麻疹には優れた弱毒生ワクチンがあることから, 排除が可能な感染症と考えられている。2005年, 日本が属するWHO西太平洋地域(WPR)では, 2012年までに地域から麻疹を排除することを決議した。これを受けて日本では2006年から, それまで1回接種であった麻疹ワクチンを, 2回接種とした(第1期:1歳児, 第2期:小学校就学前の1年間の幼児)。しかし2007年に10代を中心に麻疹が流行したことから, 2007年末に厚生労働省は, 「麻しんに関する特定感染症予防指針(以下指針)」を告示し, 2回のワクチン接種機会がなかった10代の免疫を強化するため, 中学1年生(第3期), 高校3年生相当年齢者(第4期)を対象に, 5年間(2008~2012年度)の補足的ワクチン接種を定期接種として導入する等の対策をとった。これらにより, 2009年以降, 麻疹患者数は減少し, 2015年3月にはWPR麻疹排除認証委員会より日本は麻疹排除状態にあると認定され, 2018年においても排除状態を維持している。

感染症発生動向調査:麻疹は感染症法上の5類感染症である(届出基準・病型はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-03.html)。麻疹が全数届出疾患となった2008年の届出数は11,013例であったが, それ以降は大きく減少している。

2019年は745例が報告され, 2009年以降では最多となった(図1)。ワクチンを含む医薬に依存しない生活を重視する団体において発生し, 8都府県に広がり, 症例数74例に至った事例(本号4ページ), 大型商業施設を中心に広がった事例(本号5ページ)等の集団発生事例があった。麻疹による学級閉鎖が1件(第22週), 麻しん施設別発生調査に報告されている(https://www.niid.go.jp/niid//images/idsc/disease/measles/2019pdf/measschool19_20_03.pdf)。

患者の病型別でみると, 発熱, 発疹, カタル症状の3主徴の揃った麻疹症例が539例(検査診断例:520例, 臨床診断例:19例, 全症例の72.3%), 1ないし2症状のみの非典型症例でかつ検査陽性例である修飾麻疹が206例(同27.7%)であった。

患者を年齢群別にみると, 20歳以上が全患者の70.2%(523/745)を占めた(図2)。

2019年に報告された患者(n=745)の予防接種歴は, 未接種者が195例(26.2%) で, うち36例が定期接種対象年齢に達していない1歳未満(未接種者の18.5%)であった。1回接種者が161例(21.6%), 2回接種者が104例(14.0%), 接種歴不明者が285例(38.3%)であった(表1)。

検査診断の状況:2012年に改定された指針では, 原則, すべての麻疹臨床診断例に対してIgM抗体検査とウイルス遺伝子検査の実施を求めている。IgM抗体検査は民間検査機関で, ウイルス遺伝子検査(real-time PCR法)は主に地方衛生研究所(地衛研)で実施されている。2019年は麻疹症例745症例のうち726症例(97.4%)が検査診断例として報告された。また, 麻疹排除状態が維持されていることを示すためには, 日本国内において1年間以上, 伝播を継続したウイルスが存在しないことを示す必要がある。集団発生例のリンクの確認や, 輸入例かどうかの鑑別のために, 麻疹ウイルスの遺伝子型決定部位(450塩基)の塩基配列を解析することが求められている。

ウイルス検出状況(病原体検出情報):2019年に地衛研でウイルス遺伝子が検出され, 感染症サーベイランスシステム(NESID)の病原体検出情報システムに報告されたものは640件, ワクチン株を除くと616件(全麻疹症例745例の82.7%)であった。うち, 遺伝子型が解析されたものが576件(同77.3%), さらに遺伝子型決定部位(450塩基)の配列が報告されていたものが400件(同53.7%)であった(遺伝子バンクの登録番号による報告を含み, 不完全な7配列を除く)(図3)。報告されたウイルスの遺伝子型の内訳は, 遺伝子型D8が402例, B3が174例, 型別不明が40例であった。遺伝子型が報告された症例のうち, 発症前に海外渡航歴があったのは107症例, 滞在国は遺伝子型D8ウイルスが検出された症例では, ベトナム(29例), タイ(14例), ミャンマー(5例), モルディブ(5例)等計65例, B3ウイルスが検出された症例ではフィリピン(31例), 香港(4例), 中国(2例)等計38例であった(重複を含む)(表2)。

ワクチン接種率:2006年度から麻疹風疹混合(MR)ワクチンを用いた第1期, 第2期の2回接種が定期の予防接種に導入され, 現在も継続中である。2018年度のMRワクチンの接種率は, 第1期98.5%, 第2期94.6%と過去最高であった。第1期は目標とする95%を全体で上回っただけでなく(9年連続), 各県においても95%以上であった。第2期は11年連続して90%を超えたが, 95%にはわずかに達しなかった(https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/measles/2018-mr-pdf/2018_0-1_1.pdf)。

抗体保有状況:2019年度の感染症流行予測調査は24都道府県の地衛研で, 麻疹のゼラチン粒子凝集(PA)抗体価の測定により実施された(n=6,628)(本号6ページ)。採血時期は原則として2019年7~9月とした。麻疹のPA抗体価1:16以上の抗体保有率は, 2014年度以降, 2歳以上のすべての年齢/年齢群で95%以上を示している(図4)。

今後の対策:麻疹は感染力が強く, また致命率の高い感染症である。麻疹排除を目指して, 世界で様々な対策をとっているにもかかわらず, 未だ多くの国で流行を繰り返している(本号7ページ)。海外との行き来が頻繁な現在, 海外からの麻疹ウイルスの持ち込みを未然に防ぐことは困難である。麻疹ウイルスが持ち込まれても感染が拡大しないような環境を, 平時から整えておくことが求められる。そのためには, 1)2回の定期接種の接種率を95%以上に維持し, 抗体保有率を高く維持すること, 2)早期に患者を発見し, 適切な感染拡大阻止策を行えるようサーベイランスを強化すること, 3)感染するリスクの高い医療関係者, 児童福祉施設関係者, 学校関係者, 海外旅行者, 空港等不特定多数の人と接する機会の多い職場で働く人等へ必要に応じたワクチン接種を勧奨すること, 等が求められる。国際機関と連携し, 医療環境が不十分な国等への国際協力も必要である(本号9ページ)。またWHOが2019年の公衆衛生上の危機の一つとして挙げた, 利用可能なワクチンの接種を嫌がる, あるいは拒否する動き(vaccine hesitancy)に対して, 適切な教育や信頼性の高い情報等の提供を通して, ワクチンの有用性への理解を広めていくことも重要である。

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