アフリカ大陸におけるクレードI によるエムポックスの流行について(第2報)

2024年8月23日時点

国立感染症研究所

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概要

  • 2022年5月以降、エムポックスが世界的に流行し、2022年7月、WHOは国際的な公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern; PHEIC)を宣言した。この流行を起こしたエムポックスウイルス(以下、MPXVという)はクレードIIbが主体であったが、その後感染者は減少し、2023年5月に緊急事態に該当しないとされた。
  • コンゴ民主共和国(Democratic Republic of the Congo; DRC)では以前よりMPXV クレード Iによるエムポックスの流行が継続しており、2023年に過去最大の感染者数・死亡者数が報告された。クレードIaとクレードIbという2つのサブクレードが流行し、これらの疫学的様相は異なっている。DRC国内では男女間及び同性間での性的接触、家庭内感染により感染が拡大していると報告されている。
  • 2024年7月にDRCに隣接するウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、近隣のケニアでMPXV クレード Ibの感染事例が初めて報告された。スウェーデンでも、アフリカ外で2023年以降では初めてMPXVクレードIのDRCからの輸入症例と考えられる事例が検出され、アジアにおいても同様の事例がタイで検出されるなど、DRC国内と周辺国における感染拡大が懸念される状況にある。
  • MPXV クレード Iの感染がDRCおよびその周辺国でひろがっていることから、アフリカ地域での感染拡大のリスクは高いと考えられ、発生国への渡航者で散発的に感染者が発生する可能性がある。一方で、アフリカ地域を超えて世界的に拡大する可能性は引き続き低いと考えられ、現時点で日本国内に輸入される可能性は低いと考えられる。流行国への渡航者は、性別や性的指向に関わらず、現地でのリスク行動を避けることが求められる。また、MPXV クレード IはMPXV クレード II よりも重症化するリスクが高い可能性が指摘されており、診断、治療体制の整備や疫学調査といったエムポックス対策の継続が必要である。

 

コンゴ民主共和国でのエムポックスウイルスクレードⅠによるエムポックスの発生状況

  • DRC内では以前より、2022年以降世界的に流行しているクレード IIbではなくクレード IのMPXVが流行していることが知られている。また、クレードⅠにはIaとIbという二つのサブクレードが存在し、それぞれの疫学的様相は異なっている。クレードIaは、2023年以前からDRCに流行しており、感染者の多くは小児で、動物からの伝播によってコミュニティに持ち込まれたのち、続いてヒトーヒト感染を起こすなど、複数の伝播様式により感染していると考えられている。クレードIbは2023年以降に発生したと考えられ、DRC東部で流行しており、成人を中心に、性的接触により男性および女性の性産業従事者とその利用客での感染伝播が起こっていると報告されている(WHO, 2024a)。 クレードIaとクレードIbのヒトへの感染・伝播性や病毒性(virulence)が異なっているかどうかは明らかになっていない。
  • DRCでは、2023年に合計14,626例の臨床診断例と654例の死亡例が報告され(致命率4.5%)、過去最多の症例数、死亡数となった(WHO, 2024b)。2024年にはさらに報告数が増加傾向にあり、8月16日時点で17,794件の症例(疑い例14,934件、確定例2,860件)が報告され、うち死亡者535⼈(致命率3.2%)と報告されている(Africa CDC, 2024a)。
    2023年には首都であるキンシャサや、南東部の南キブ州での発生が主に報告されていたが、2024年5月時点で全26州中23州から、8月時点で26州全てから報告されており、地理的拡大が見られている(WHO, 2024b)。DRCから報告された症例のうち66%、死亡例のうち82%を15歳未満の小児が占めており、家庭内感染を含めた複数の経路により感染拡大が起こっていると報告されている(WHO, 2024b、Africa CDC, 2024a)。
    2023年に南キブ州カミトゥガにおいて初めて症例から検出された株は、ゲノム解析の結果、今までDRC内で流行していたMPXVクレードIと異なる遺伝的特徴を有しており、クレードIの中でも異なるウイルスの集団としてクレードIbというサブクレードに位置付けられた(Vakaniaki et al., 2024)。PCRで確定した108例の年齢中央値は22歳、女性が51.9%、29%が性産業従事者であり、性的接触による伝播が示唆されている(Vakaniaki et al., 2024)。

 

コンゴ民主共和国以外でのエムポックスウイルスクレードIの検出状況

  • DRCでの感染拡大に伴い、周辺諸国でもMPXVクレードIの感染事例が報告されている。
    2024年7月にはDRCに隣接するルワンダ、ウガンダ、ブルンジからDRCへの渡航歴のある症例が報告されているほか、ケニアでも周辺国から移動してきたトラック運転手の症例が報告されており、各国における初めてのエムポックス症例となっている。いずれの国の症例からもMPXVクレードIbが検出されている(Africa CDC, 2024a、WHO, 2024c、GISAID, 2024)。いずれも感染経路は公表されていない。このうちブルンジからは7月25日に初めての症例が報告されて以降、8月20日時点で605例の疑い例が報告されており、うち526例で検査がなされ、検査陽性例が160例報告されている。検査確定例のうち46.9%が女性で、0-5歳の小児が48.5%と最も多くなっている(Cousp, 2024)。これらの国からの死亡例の報告はない。
    一方で、DRCの北側に接する中央アフリカ共和国、コンゴ共和国からは2023年以降MPXVクレードIaの感染事例が報告されている(WHO, 2024c、ECDC, 2024)。
    2024年8月15日に、スウェーデンの公衆衛生庁は、アフリカへの渡航歴のあるエムポックス症例1例を同国内で探知したと公表した(Sweden, 2024)。欧州疾病予防管理センター(ECDC)は本症例から検出されたウイルスはMPXVクレードIbと報告している。これは2023年のDRCを中心とした流行が始まって以降、アフリカ大陸以外の国から報告された初めてのMPXVクレードI感染症例である。また、2024年8月22日にはタイ保健省疾病管理局が同国内で、コンゴ民主共和国への渡航歴のあるMPXVクレードⅠb感染症例を報告しており、いずれの症例もゲノム解析結果がGISAIDに登録されている(GISAID, 2024)。
    DRCでの感染拡大と、周辺国への感染拡大を受けて、アフリカ疾病管理予防センター(アフリカ CDC)は8月13日に「アフリカ大陸安全保障上の公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of Continental Security; PHECS)」に該当すると宣言した(Africa CDC, 2024b)。また、2024年8月14日に世界保健機関(WHO)事務局長は今回のエムポックスの流行が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に該当すると宣言した(WHO, 2024d)。

 

日本国内におけるエムポックスの発生状況

  • 2024年8月13日時点で、日本国内では248例(2022年8例、2023年225例、2024年15例)のエムポックスの患者が探知されており、うち2023年12月11日時点でGISAIDに登録されたゲノム解析結果66件すべてが MPXV クレード IIbであった(GISAID, 2024)。また、現在日本国内において、MPXV クレード Iの流行地であるアフリカ諸国への渡航に関連する症例も探知されていない。

 

検査に関する知見

  • 現在日本では水疱や膿疱の内容液や瘡蓋、組織を用いたPCR検査によるMPXVの遺伝子の検出が一般的な検査診断として用いられている。クレード Iを特異的に判別するPCR検査では、クレードIbを探知できない可能性が示唆されているが(Masirika et al., 2024)、「病原体検出マニュアル エムポックス(第4版)(令和5年6月国立感染症研究所)」 (国立感染症研究所, 2023)で示しているPCR法については、クレードIbを含むMPXVクレード I、II どちらであっても検出できることを国立感染症研究所において確認している。

 

治療薬に関する知見

  • エムポックスの治療薬として、世界的にテコビリマット(Tecovirimat, ST-246/TPOXX)が使用されており、国内においても臨床研究の枠組みでの投与が行われている。2022年以降の流行では、3.5%で有害事象が確認され、また自覚症状改善までの期間は、HIV感染者と非HIV感染者で差は見られなかったとする報告がある(O‘Laughlin K, 2022)。テコビリマットは非ヒト哺乳類(サル)を含む複数の動物での致死的チャレンジ試験のデータにより有効性が評価されている治療薬であり(US FDA, 2018, Grosenbach DW, 2018)、MPXV クレード Iに対する有効性も期待されていた(US CDC, 2023)。一方で、米国国立衛生研究所(NIH)はDRC内の2カ所で実施された小児、成人を対象としたランダム化試験において、テコビリマットはプラセボに対してMPXVクレードIによるエムポックスの有症状期間について有意差を示さなかったと報告した。ただし、同報告では致命率が1.7%と、同国内全体での致命率と比較して低かったことから、適切な支持療法によって致命率が改善できる可能性を指摘している(NIH, 2024)。ただし、MPXVクレードIに対するテコビリマットの使用経験は少なく、引き続き知見の蓄積が必要である。

 

ワクチンに関する知見

  • 現在、痘そうワクチンとして開発されたLC16m8ワクチン、MVA-BNワクチンがWHOのガイドラインにおいてエムポックスに対して推奨され、複数の国で使用されている。MPXVクレードIIbの流行で、MVA-BNワクチンの1回接種によるワクチン効果が75~88.8%であったとの報告が欧米からあり(Wolff Sagy Y, 2022、Bertran M, 2023、Montero Morales L, 2023, Dalton AF, 2023)、重篤な有害事象も少なかったとする米国からの報告がある(Duffy J, 2022)。また、LC16m8ワクチンについても、接種に伴う重篤な有害事象はなかったと報告されている(Tomita N, 2023)。ワクチンに関して、いずれのワクチンについてもMPXVクレード I に対するヒトにおける有効性に関する明確な知見はないものの、天然痘根絶後の1980年代にザイール(現在のDRC)で評価された報告では、ワクチン効果を85%と推定している(Fine PE, 1988)。また、LC16m8ワクチンは非臨床試験において天然痘根絶期に使用されたワクチンと同等の発症予防効果が示されており(Saijo M, 2006、Iizuka I, 2017、Gordon SN, 2011)、 MPXV クレード I に対しても有効性が期待される。
    ただし、ワクチンのエムポックスに対するヒトにおける有効性に関する知見はその多くが2022年以降のMPXVクレードIIbの流行における報告であり、今後 MPXV クレード Iに対する効果についての知見の蓄積が必要である。

 

各国、各機関による評価

  • WHO、ECDC、US CDCは2024年8月にDRCのエムポックスアウトブレイクに関するリスク評価を更新している。
    WHOはDRC及びその周辺において、主に性的接触によりMPXVクレードIbの感染拡大が起こっている地域及び、地域的流行病としてMPXVクレードIaの感染拡大が起こっている地域における感染拡大リスクを、いずれも高いとしている。一方で、その他の、以前からMPXVが地域的流行病として循環している地域及び、全世界の2022年以降MPXVクレードIIbの感染が起こっている地域の感染拡大リスクは、中程度としている(WHO, 2024c)。 ECDCはMPXVクレードIによるエムポックスの発生国に渡航する者で、医療への従事、家族等の密な接触、複数の者との性的接触といったリスク行為がある者の感染リスクは高いとしている一方で、そのようなリスク行為を行わない渡航者の感染リスクは低いとしている。また、EU/EEA域内においても、エムポックス患者の接触者の感染リスクは高い一方で、その他の一般市民の感染リスクは低いとしている。重症化などの疾患に関するインパクトについては、免疫不全や未治療のHIV感染症のある濃厚接触者は中リスクとしている一方で、それ以外の渡航者、EU/EEA域内の市民においては低リスクとしている(ECDC, 2024)。
    また、US CDCは米国内でMPXVクレードIの感染者は報告されていないとしたうえで、米国からDRCへの直行便がなく、発生地域への渡航者が少ないことから米国内の一般市民が感染するリスクは非常に小さいとしている(US CDC, 2024)。
    WHOは対策として、疫学調査、診断、医療者や高リスクグループへの周知など、現行の対策と監視を継続する必要があるとしている(WHO, 2024c)。

 

リスク評価と対応

  • DRCにおいてどの程度の割合の感染者が実際に把握されているかは明らかではないが、隣国への拡大状況を見ると、感染者が十分に把握できておらず感染の規模が過小評価されている可能性に注意が必要である。
    一方、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行による渡航制限が実施される以前の2019年に、DRCから日本へ入国した外国人数は年間729人である。また、日本からDRCへの渡航者数は2015年から2017年には年間400人から2,400人と幅はあるものの、両国間の往来は多くない(e-Stat, 2023、 Institut National de la Statistique, 2020)。一方、欧州からDRCへの渡航者数は、2015年から2017年には年間6万人から9万人であり、特にベルギーやフランスからは年間2万人以上の渡航者がDRCを訪れている (Institut National de la Statistique, 2020)。DRCへの渡航者数の多い欧州においても、MPXV クレード Iの感染例の報告は現時点において1例のみであり、2021年以前にアフリカ大陸でエムポックスが発生した際にも、日本への輸入例は報告されていないこと、2022年以降に国内で報告されたエムポックス患者の推定感染地域はそのほとんどが国内であることから、現時点においてはDRCおよびその周辺国から日本に MPXV クレード Iが輸入される可能性は引き続き低いと考えられる。
    なおMPXVクレードIは、上記の通り、異性間・同性間を問わず性的接触、家庭内感染によって感染が拡大していると報告されており、MSMの集団を中心に流行が持続しているMPXVクレードIIbとは感染リスクが異なる。流行国への渡航者、特に流行国の出身などで家族や友人を訪問する者、現地で医療行為を行う医療従事者、異性間・同性間を問わず性的接触の機会を持つ者は感染リスクが高くなる。これらに該当する場合は、現地での体調不良や皮疹のある者との接触を避け、避けられない場合は直接の皮膚、粘膜の接触を避け、接触後は手洗い、手指消毒を徹底すべきである。
    日本国内における早期探知のために、MPXV クレード Iが検出されている国への渡航歴のある患者、渡航歴のある者との接触歴のある患者については、クレードを判別するための検査を優先的に実施すべきである。MPXV クレード Iに感染した場合には重症化するリスクが高い可能性があり、国内における対策として、診断・治療体制の整備、疫学調査、高リスクグループにおける予防行動といった対策の継続が必要である。

    現在国内でとられているエムポックスへの対策は『複数国で報告されているエムポックスについて(第7報)』を参照のこと。

 

注意事項

迅速な情報共有を目的とした資料であり、内容や見解は情勢の変化によって変わる可能性がある。

 

謝辞

本文書作成にあたり、国立国際医療研究センター国際感染症センターにご協力をいただきました。この場を借りて感謝申し上げます。

 

参考文献

 

更新履歴

    2024/8/23 アフリカ地域での感染拡大に伴い名称変更
    2023/12/12 コンゴ民主共和国におけるクレードI によるエムポックスの流行について

 

関連項目

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan