国立感染症研究所

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腹腔内膿瘍を繰り返しMycoplasma hominis が原因と思われた1例

(IASR Vol. 33 p. 337: 2012年12月号)

 

MycoplasmaMollicutes 綱に分類される細菌の一群を指し、自律増殖が可能な最小クラスの微生物として知られている。ヒトから分離されるMycoplasma Mycoplasma pneumoniae による肺炎がよく知られているが、Mycoplasma hominisMycoplasma genitalium 、ならびにUreaplasma urealyticum なども尿道炎、骨盤内感染症を引き起こす原因になると考えられている。今回、原因不明の腹腔内膿瘍を繰り返し、エコー下穿刺で採取されたドレーンからM. hominis が検出され、感染経路を確認するため、膣分泌物の培養を行い、同様にM. hominis が検出されたので報告する。

患者は48歳女性、2009年9月に穿孔性虫垂炎による腹腔内膿瘍で手術の既往あり。現病歴は2012年6月7日北海道旅行帰宅後より腹痛出現。下痢少量、40℃の発熱があった。CTでは小腸、大腸ともにガスと腸液の貯留あり。腹水なし。子宮の左右にmassか膿瘍の所見があった。採血では炎症反応が上がっており、肝機能障害もあり、急性腸炎の疑いで入院となった。入院後、腹部症状が軽快傾向であったため食事を開始したが、腹部所見の悪化と発熱継続のため、6月20日再度CTを施行した。卵巣のう腫と思われた所にair が存在し大きさが増大していたため、エコー下穿刺にて膿の排出を行い、培養へ提出した。発熱は継続し、6月26日ドレナージを行った。ドレナージ時に造影を行い、小腸穿孔による腹腔内膿瘍と診断し、6月28日全麻下で開腹し、膿瘍ドレナージを施行した。抗菌薬はセフトリアキソン、メロペネム、パズフロキサシン(PZFX)を使用、手術後はいったん症状軽快したが、7月8日よりまた発熱出現。PZFXで様子を見ていたが解熱せず、7月13日よりクリンダマイシンを追加し症状が落ち着き、7月25日軽快にて退院となった。2009年8月にも同じような所見での手術既往があった。

微生物学的検査で6月20日提出のドレーンから培養1日、2日で菌の発育は認めなかったが、3日目5%CO2培養と嫌気培養で血液寒天培地上に水滴状のコロニーの発育を認めた。グラム染色を行ったが菌体は確認できず、グラム陰性に染まる顆粒を認めるのみであった。以上の所見からM. hominis を疑い、新潟市衛生環境研究所を通して国立感染症研究所(感染研)・細菌第二部へ菌の同定を依頼した。感染経路を確認するため膣分泌物の培養も依頼した。感染研での同定検査の結果、腹腔内膿瘍由来菌株の16S rRNA遺伝子は、すでに報告されているM. hominis のPG21株やその他の株とほぼ完全に一致した。また、同菌はアルギニン分解性を示し、PPLO寒天培地で目玉焼き状のコロニーを形成することからも、M. hominis であると同定された。一方、膣分泌物検体の検査でも、検体の培養によってアルギニン分解性のMycoplasma が分離され、16S rRNA遺伝子の分析から、腹腔内膿瘍由来菌株と同様なM. hominis であると同定された。以上の結果から子宮か付属器からの感染が腹腔内に及んだ可能性が示唆された。

M. hominisは細胞壁を持たないため、術後感染症に頻用されるβ- ラクタム系薬剤が無効である。また、14員環、15員環のマクロライドにも耐性を示す。本症例からの分離菌もβ- ラクタム系薬剤、エリスロマイシン(EM)に耐性を示した。患者背景を考慮した上で上記のような培養結果がみられた場合はM. hominis の可能性を疑い、β- ラクタム系薬剤だけでなく他のMycoplasma に使用されるクラリスロマイシン、EMなどにも耐性であるとの報告も、検査室から行うことが重要である。

 

下越病院検査課 高橋真帆 大屋貴美子
   同   外科  亀村 綾

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