国立感染症研究所

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Mycoplasma hominis による帝王切開後骨盤内膿瘍の1例

(IASR Vol. 37 p. 38: 2016年2月号)

今回われわれは、帝王切開後骨盤内膿瘍の原因微生物としてMycoplasma hominis が関与した1例を経験したためその概要を報告する。

症 例
患者は41歳女性。妊娠38週5日にて前期破水を認めたため、当院産婦人科に入院。同日夕方より38℃台の発熱を認め、血液検査所見にてWBC 29,800 /μl、CRP 2.0 mg/dlと炎症反応上昇を認めた。臨床的に絨毛膜羊膜炎と診断し、Ampicillin(ABPC)2g投与の後、緊急帝王切開となった。術後よりCefmetazole(CMZ)1g 8時間おきの投与を開始した。術後発熱や下腹部痛を認め、非ステロイド性抗炎症薬内服にて一時的に軽減するも持続していた。術後第7病日になっても症状は改善せず、血液検査所見ではWBC 19,400 /μl、CRP 13.0 mg/dlと炎症反応は高値のままであった。そのため現行の治療が無効と判断し、血液培養を採取した後、抗菌薬をDoripenem 1g 8時間おきに変更し、画像検査を行った。術後10日目に行った腹部骨盤造影CTにて子宮頸部に膿瘍形成、右傍結腸溝・左下腹部腹壁下・ダグラク窩に少量の膿瘍腔を認めた。同日膿瘍腔にドレーンを留置し、排膿を試みるもほとんど排膿はなく、3日後にドレーンを抜去した。細菌検査室から、膿のグラム染色では菌を認めなかったが、嫌気培養にて微小コロニーの発育を認めたと報告があったことから、Metronidazole 500mg 8時間おきを追加した。その後、菌の同定はできなかったが、薬剤感受性試験の結果をもとに、抗菌薬をClindamycin(CLDM)600mg 8時間おきに変更し、Ceftriaxone(CTRX)2g 24時間おきと併用した。その後、自覚症状は改善し、膿瘍腔も消失した。最終的にCTRXとCLDMを計10日間投与し、軽快退院となった。また、児に感染は認めなかった。

微生物学的解析
血液培養からは菌の発育を認めなかった。術後10日目に採取した膿と膣分泌物のグラム染色では菌を認めなかったが、ABHK寒天培地(日水製薬)を用いて嫌気条件下に培養したところ、48時間後に微小コロニーを認めた。またドライプレート(栄研化学)とブルセラブロス(和光純薬工業)を用いて嫌気条件下に48時間培養し、薬剤感受性を測定した(Penicillin G >1 μg/mL、ABPC >1μg/mL、CMZ >32μg/mL、CTRX >8μg/mL、Levofloxacin 0.5μg/mL、Minocycline ≦0.25μg/mL、CLDM ≦0.12μg/mL、Aztreonam >16μg/mL、Clarithromycin >64μg/mL、Meropenem >8μg/mL、Tazobactam/Piperacillin >64μg/mL、 ABPC/Clavulanate >8μg/mL)。経過より、起因微生物としてM. hominis が疑われたため、国立感染症研究所(感染研)細菌第二部第二室に菌株の解析を依頼した。感染研での解析の結果、16S rRNA遺伝子の塩基配列は既報のM. hominis 株と完全に一致し、yidC遺伝子(M. hominis の膜タンパク関連遺伝子)の塩基配列も既報の株と99%一致した。

考 察
本症例は、術後採取された膣分泌物からも同様の菌が分離されたため、上行感染を契機として形成された骨盤内膿瘍と考えられた。 M. hominis は、泌尿生殖器の常在菌として分離されるが、骨盤内炎症症候群や婦人科領域の手術と関連した術後感染症など、生殖器関連の感染症だけでなく、脳膿瘍や開胸手術後の創部感染などの生殖器外の感染症の原因微生物としても報告されている1,2)。本菌は、細胞壁を持たないためグラム染色には不染性であるが、ヒツジ血液寒天培地やチョコレート培地などで発育が可能で、微小なコロニーを形成する3)。しかしながら、一般的な医療機関に設置されている自動細菌同定検査装置では菌種同定困難であり、PCRなどの遺伝子学的検査が必要となる。そのため患者背景や細菌学的特徴から、臨床医や検査技師がその存在を疑うことが重要である。

治療に関しては、βラクタム系やグリコペプチドなどの細胞壁を標的とする抗菌薬は無効であり、一般的に感性であるテトラサイクリン、クリンダマイシン、フルオロキノロンが用いられる。一方で、他のMycoplasma Ureaplasma 種と異なり、14、15員環のマクロライド系抗菌薬が無効であり、治療薬の選択には注意が必要である。

患者背景を考慮し、カルバペネムを含むβラクタム系抗菌薬やメトロニダゾールが無効な骨盤内膿瘍をみた際には、起因微生物としてM. hominis を想起する必要がある。

参考文献
  1. Koshiba H, et al., Inter J Womens Health 3: 15-18, 2011
  2. Mattila PS, et al., Clin Infect Dis 29: 1529-1537, 1999
  3. 大楠清文, いま知りたい臨床微生物学検査実践ガイド-珍しい細菌の同定・遺伝子検査・質量分析-, p25-30, 医歯薬出版株式会社

独立行政法人国立病院機構東京医療センター
  総合内科 森 伸晃 吉田心慈 青木泰子
  同産婦人科 滝川 彩
  同臨床検査科 香川成人
国立感染症研究所細菌第二部
  見理 剛 柴山恵吾

 

 

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