国立感染症研究所

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わが国における条虫症の発生状況

(IASR Vol. 38 p.74-76: 2017年4月号)

条虫とは, 扁形動物門の条虫網に属する寄生虫の総称である。成虫の形態が真田紐に似ていることから「サナダムシ」とも呼ばれる。成虫は頭節, 頸部と片節連体からなり, きしめん様を呈す。雌雄同体で各体節に雌雄生殖器を有す。に示すように, 条虫は魚類を感染源とする裂頭(れっとう)条虫属や複殖門(ふくしょくもん)条虫属, カエル・ヘビなどを感染源とするスピロメトラ属, それに食肉を感染源とするテニア属など多種多様であり1), ここでは国内におけるこれらの条虫症の発生状況を中心に紹介する。

 裂頭条虫症・複殖門条虫症

魚を感染源とする条虫症の中で, わが国で最も発生頻度が高いものは日本海裂頭条虫によるものであろう1)。本種はサクラマスやシロザケ(トキシラズ)などに寄生する幼虫(プレロセルコイド)を経口摂取して感染する()。2~3週間の潜伏期を経て, 排便時に長い「きしめん様」の虫体が肛門から下垂することで感染に気づくことが多い。成虫の体長は時に10mを超えるが, 症状は軽微で, 腹痛, 腹部膨満感や下痢にとどまる。本症の発生は, かつて北海道・東北・北陸に集中していたが, 生鮮魚の輸送流通システムの発達によって, 現在は全国的に発生し, 首都圏でも発生数は多い1)。最近の11年間(2007年~2017年3月) に国立感染症研究所寄生動物部(以下, 感染研)で確定診断したのは114例, これに学術誌の症例報告数を加えると439例となる。年平均では40例前後であるが, 実際の発生数はその数倍と推定される。近年, 海外における和食ブームやサケ・マス市場のグローバル化によって, これまで日本海裂頭条虫症の発生が無かった欧州やニュージーランドなどでも本種による感染例が報告されている2)。また, 欧州では北米産の輸入サケが原因と推定された症例もあるので, これらの地域でのサケ・マスの生食は本種による感染リスクを伴う。

広節裂頭条虫もよく知られた条虫であるが, 日本には分布しない。欧州や北米では淡水魚のパーチ, 南米ではニジマスやギンザケなどが主な感染源となるので(), これらの地域では淡水魚やニジマスの生食には注意が必要である。症状は軽度の消化器症状に加え, ビタミンB12欠乏性貧血が時にみられる。わが国で広節裂頭条虫症とDNA診断された症例は2例あり, ロシアで感染した日本人の1例と2011年に感染研で確認された旅行歴不明の日本人の1例である。わが国ではノルウェーやチリ産の養殖サケ・マスが広く流通しているが, これらの輸入サケ・マスから広節裂頭条虫が検出された報告はない。

この他, イルカ裂頭条虫(旧称, 米子裂頭条虫), 太平洋裂頭条虫やクジラ複殖門条虫(旧称, 大複殖門条虫)による感染例もあるが(), いずれも肛門から長い虫体が垂れて出てくる。イルカ裂頭条虫症例はこれまでに23例報告されており, 最近では, 2015年に神奈川県在住の日本人から見出された3)。クジラ複殖門条虫はこれまでに約290例が報告されており, 1996年には静岡県での46例の集団感染例に加え1), 2013年には埼玉県でも1例確認された。静岡県や埼玉県の症例に共通した食材は生シラスであったが, シラスが感染源だったかどうかは特定されていない。

孤虫症

孤虫症は成虫が不明な条虫の幼虫(=孤虫)による感染症であり, マンソン裂頭条虫(Spirometra erinaceieuropaei)による症例が知られている1)。ヒトはヘビ, カエル, 鶏やイノシシの肉に寄生する孤虫を経口摂取して感染する経路が一般的であるが(), ケンミジンコに寄生したプロセルコイドと呼ばれる孤虫の前の発育段階の幼虫を経口摂取する経路もある。孤虫は10~20cmの紐状で, 伸縮性が高く, ヒトの皮下に寄生することが多いが, まれに小腸で成虫になることもある1)。孤虫症は世界的に患者の発生がみられるが, ヘビやカエルなどを食べる習慣を有するアジア諸国で発生が多い。日本を含めたアジア地域では, 孤虫症の原因種はマンソン裂頭条虫一種と考えられていたが, 最近のDNA解析によって, マンソン裂頭条虫以外にSpirometra decipiensも関与することが判明し, 日本にもこの2種が分布する4)。孤虫が皮下を移行すると, 出没を繰り返す移動性皮下腫瘤が認められる。胸腔内に侵入すると, 好酸球性胸膜炎を発症し, また脳内に移行すると, 痙攣発作や半身麻痺などを発症し, 死亡例もある1)。わが国では2000年~2017年3月までに119例(年平均6~7例)の孤虫症例が報告されている。孤虫の好適な寄生部位は大腿部, 腹部, 胸部, 鼠径部や乳房などであり(427例, 85.6%), 眼寄生(46例, 9.2%)や脳寄生(17例, 3.4%)の頻度は低く, タイや中国で眼寄生が多いのとは違った結果であった。その原因はタイや中国のある地域では, 眼疾患の痛みを和らげるためにカエルの肉を湿布代わりに用いる伝統的な民間療法があり, その際に孤虫が瞼などに侵入すると考えられている。孤虫症の検査法として, 抗体検出用のイムノクロマトキットが感染研で開発され,必要に応じて無償で分与されている。

この他, 芽殖孤虫による人体寄生が世界で14例報告されており, うち6例は日本である。日本以外では, 台湾3例, アメリカ2例とカナダ, パラグアイ, ベネズエラで各1例ある5)。感染源や成虫は全く不明である。ヒトでは大きさ1cm程度のワサビの根のような虫体が孤虫として皮下に寄生し, 増殖するので, 全身性に移動性腫瘤を形成する。内臓や脳にも侵入し, 組織を破壊することもあり, 致命率が100%の寄生虫症である。国内では1989年に都内で見出された日本人患者も, 発症から1年後に死亡している。その症例を最後に, 今日まで発生はない。

テニア症

テニア症とは, 有鉤条虫, 無鉤条虫とアジア条虫のいずれかを原因とする条虫症で, 豚肉, 牛肉, あるいは豚の肝臓に寄生する幼虫(=嚢虫)を経口摂取することで感染する1))。幼虫は8~12週の潜伏期を経て, 小腸で成虫になる。成虫の長さは種類によって異なるが, 一般的には2~6mに達する。無鉤条虫やアジア条虫の受胎体節(=虫卵が充満した体節)は肉厚で, 自力で肛門から這い出してくることから, その時に肛門の不快感がある。有鉤条虫の受胎体節は運動性が低く, 糞便に混じって排出されることが多い。症状は共通し, 腹部膨満感, 反復性の下痢や便秘などがみられる。わが国におけるテニア症の発生状況は, 1990~2009年までは無鉤条虫症の海外感染例が圧倒的に多かったが, 2010年以降は, 関東地方でアジア条虫症の国内感染例が相次いだことで6), 傾向が変わりつつある。1990年~2017年3月までのテニア症例の総数は, 感染研で確定診断した88例と文献検索による95例を合わせて183例であり, 年平均6~7例と推定される。これまでにその詳細が確認された110例の内訳は, 無鉤条虫症が68例(61.8%), 次いでアジア条虫症37例(33.6%), 有鉤条虫症5例(4.5%)であった7)。無鉤条虫症患者のうち60例(88.2%)は日本人で, 東南アジア, アフリカ, 欧州で牛肉の生やタルタルステーキを食していた。有鉤条虫症の日本人患者は4例で, 中国, マラウイ, インド(2例)が感染地であった。一方, アジア条虫症例(37例)では, 32例が日本人で, 国産豚の肝臓生食による国内感染であり, 残り5例はアジア人症例であった7)。最近では, 2016年に千葉県で国内感染例が確認されている8)

有鉤嚢虫症

有鉤嚢虫症は有鉤条虫の幼虫が寄生する寄生虫症で, 二つの感染経路がある1)。一つは有鉤条虫(成虫)感染者の小腸内で受胎体節が壊れて虫卵が放出され, 孵化した六鉤幼虫が血行性, またはリンパ行性に全身に移行し, そこで嚢虫に発育する自家感染である。もう一つは有鉤条虫症患者が排泄した虫卵によって汚染された飲食物を摂取した感染である。この場合も六鉤幼虫が全身に運ばれ, 嚢虫に発育する。つまり, 有鉤嚢虫症は有鉤条虫症に続いて起きる二次的な寄生虫症であって,豚肉の喫食が直接の原因ではない。嚢虫が脳内に寄生すると, 痙攣, 意識障害, 四肢麻痺や視覚障害など重篤な中枢神経症状がみられ, 海外では死亡例も報告されている。一方, 筋肉や皮下に嚢虫が寄生すると, 局所の小腫瘤として触知される。わが国での発生状況は1990~2017年に80例(感染研での診断例15例含む)が報告されているが, その詳細が確認された69例中42例は日本人で, 推定感染地は中国, 東南アジア, インドであった7)。いわゆる輸入感染症であるが, 海外渡航歴がなく, 国内感染と推定された日本人も14例あった。最近では, 2009年と2010年に, 有鉤条虫症と脳有鉤嚢虫症に重複感染した日本人2例を経験している7)

 

参考文献
  1. 食中毒予防必携第3版, 蠕虫類, 社団法人日本食品衛生協会, 2013年
  2. Scholz T, Kuchta R, Food Waterborne Parasitol 4: 23-38, 2016
  3. Yamasaki H, et al., Parasitol Int 65: 412-421, 2016
  4. Jeon HK, et al., Korean J Parasitol 53: 299-305, 2015
  5. 吉田幸雄ら, 図説人体寄生虫学第7版, 南山堂, p194-195, 2006
  6. 山﨑 浩ら, IASR 32: 106-107, 2011
  7. Yamasaki H, et al., Korean J Parasitol 51: 19-29, 2013
  8. 山﨑 浩ら, IASR 37: 206, 2016

 

国立感染症研究所寄生動物部第二室
 山﨑 浩 森嶋康之 杉山 広

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