国立感染症研究所

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梅毒

(IASR Vol. 41 p1-3: 2020年1月号)

背 景

梅毒は梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum sub-species pallidum: T. pallidum)を原因とする細菌感染症である。T. pallidumは直径0.1-0.2μm, 長さ6-20μmのらせん状である。活発な運動性を有し, 染色法や暗視野顕微鏡で観察できる。試験管内培養ができないため, 病原性の機構はほとんど解明されていない。トレポネーマは性感染症を起こさない種や亜種があるが, 最近T. pallidum subspecies endemicumによる感染症が, 性感染症として国内で初めて報告された(本号4ページ)。

梅毒は, 性感染症としての患者数が多いこと, 比較的安価な診断法があること, 抗菌薬による適切な母への治療で母子感染が防げることから公衆衛生上重点的に対策をすべき疾患に位置付けられている。世界保健機関(world health organization: WHO)は2030年までに世界の梅毒罹患率を2018年と比較して90%減少させること, および80%の国で先天梅毒罹患率を10万出生当たり50例以下にすることを世界保健総会で決定した。現在, WHOは, 母子保健という視点で類似の対策を行えるHIV感染症, B型肝炎, 梅毒という3疾患の母子感染排除(triple elimination)を推し進めている。多くの先進国ではこの排除を達成している。アジアでは人口を反映して中国の梅毒患者数が群を抜いていたが, 近年先天梅毒を含む梅毒報告患者数の減少を認めてきている(本号16ページ)。

感染経路と症状

感染者の皮膚粘膜病変からの滲出液などに含まれるT. pallidumが, 接触者の粘膜や皮膚の小さな傷から侵入して感染する。人が唯一の宿主で, 主に性的接触により感染し, 病変が様々な部位に生じることから, 膣性交以外にオーラルセックスでも感染伝播の可能性がある。過去には感染性のある患者の血液に由来する輸血による感染が問題となったが, 現在はスクリーニング技術の進歩により輸血による新規の患者発生は認められていない。なお, 感染しても終生免疫は得られず, 再罹患する可能性がある。

T. pallidumが粘膜や皮膚に侵入すると, 3~6週間程度の潜伏期の後に, 侵入箇所に初期硬結や硬性下疳がみられ(Ⅰ期顕症梅毒), いずれも無痛性であることが特徴である。その後数週間~数カ月間を経過するとT. pallidumが血行性に全身へ移行し, 全身の皮膚や粘膜に発疹がみられるようになる(Ⅱ期顕症梅毒)。発疹は多岐にわたるが, 丘疹性梅毒疹, 梅毒性乾癬, バラ疹などが頻度的には多く認められる。これらⅠ期とⅡ期の梅毒を早期顕症梅毒と呼ぶ。Ⅰ期の症状は放置していても2~3週間で消退し, 数カ月後にⅡ期の皮膚粘膜病変が出現するまでは無症状となる。無治療の場合, 感染後数年~数十年後に, ゴム腫, 心血管症状, 神経症状などの晩期顕症梅毒を引き起こすことがある。

また, 妊婦が感染すると胎盤を通じて胎児に感染し, 流産, 死産, 先天梅毒を起こす可能性がある。母乳による母子感染は通常成立しない。先天梅毒では, 生後まもなく皮膚病変, 肝脾腫, 骨軟骨炎などを認める早期先天梅毒と, 乳幼児期は症状を呈さず, 学童期以降Hutchinson3徴候(実質性角膜炎, 感音性難聴, Hutchinson歯)を呈する晩期先天梅毒がある。

検査と治療

T. pallidumは培養ができないため, 病変由来のT. pallidumを顕微鏡で観察するか, 患者血清中に菌体抗原およびカルジオリピンに対する抗体を検出することで梅毒と診断する(本号5ページ)。抗体陽転前の早期には, PCRにより皮膚粘膜病変からT. pallidum遺伝子を検出する方法が抗体検査の補助手段として検討されている。治療にはペニシリン系抗菌薬が有効であり, ペニシリンに対する耐性菌は報告されていない。ただし, アジスロマイシンへの耐性化は進んできている。世界標準のベンザチンペニシリンGは国内で使用ができない状況であり, また世界的にも供給が不足している。国内では, アミノベンジルペニシリン(アンピシリン, アモキシシリン) の経口投与やベンジルペニシリンカリウム点滴静注による治療が日本性感染症学会で推奨されている。

患者発生動向

日本では1948年に性病予防法により, 全数報告を求める梅毒患者届出が開始された。1999年4月から梅毒は, 感染症法により全数把握対象疾患の5類感染症に定められ, 診断した医師は7日以内に管轄の保健所に届け出ることが義務づけられた(届出基準https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-11.htmlを参照)。

このようなサーベイランス上の変化があったが, 1948年以降, 梅毒患者報告数は大きく減少した(図1)。1967年, 1972年, 1987年, 1999年, 2008年をピークとする小流行を認めながら全体として減少傾向であったが, 2010年以降増加に転じ, 2018年に至るまで報告数が急増している。2015~2018年の患者報告数は計20,098例(男性は13,641例(68%), 女性は6,457例(32%))で (2019年10月2日集計暫定値), うち早期顕症梅毒が14,017例(Ⅰ期6,924例,Ⅱ期7,093例), 晩期顕症梅毒が459例, 無症候が5,568例, 先天梅毒が54例であった()。先天梅毒は2015年以降毎年9例から17例報告されており, 近年増加傾向である。人口10万対罹患率は, 2015年は2.1, 2018年は5.5であった。都道府県別の梅毒罹患率は東京都が最も高く, 次いで大阪府, 岡山県であった。(本号68ページ)

男女とも, T. pallidum感染早期の患者動向を反映する早期顕症梅毒が大半を占めていた(図2)。以下, 早期顕症梅毒患者の報告状況をみていくと, 年齢については, 女性は20代, 男性は20~40代にかけて広いピークが有り(図2), 2015年以降も同じ年齢層で増加を認めていた(図3)。20歳未満の報告数は, 2015~2018年まで計555例(男性188例, 女性367例)であった。感染経路として, 男性では2015年より異性間性的接触による感染が同性間性的接触による感染を上回り, 2018年まで微増していた同性間性的接触による感染を凌ぐ急増を認めていた(図4)。女性では異性間性的接触による感染が大部分を占めており, 増加もこの感染によるものであった(図4)。

2019年1月1日より, 感染症発生動向調査の項目に, 妊娠, HIV感染症合併, 梅毒感染の既往, 性風俗産業従事歴・利用歴, 口腔咽頭病変の有無が加えられた。暫定的な結果からは, 妊娠ありの梅毒症例が年間200例ペースで届出されていることが分かってきた(本号9ページ)。

公衆衛生対応

不特定多数の人との性的接触が梅毒感染リスク因子であり, その際のコンドームの不適切な使用はリスクを高める(本号10ページ)。不特定多数の相手との無防備な性的接触を避けることに関して, 若年者を中心とした啓発は重要である。梅毒の症状について, そしてたとえ潰瘍などの病変に痛みがなく自然消失したとしても, 梅毒を疑い受診することの重要さについての啓発が求められる。また, 医療機関では早期診断, 早期治療, ハイリスクと考えられるパートナーへの性感染予防教育や梅毒の検査・治療を推進することが重要である。なお, 梅毒の陰部潰瘍はHIVなど他の性感染症の感染リスクを高めるという点も啓発していくべきである。微増を続けている男性同性間性接触による感染についても対策を続けていく必要がある。梅毒母子感染予防については, 梅毒スクリーニング検査を含む妊婦健診の推進, 妊娠中に梅毒と診断された時の早期治療の実施, 妊娠中の安全な性交渉の推進, および妊娠中に少しでも心当たりや疑わしい症状があった際は積極的に梅毒検査を実施することが重要である。なお, 性感染症に関する特定感染症予防指針に基づいた厚生労働省ホームページ等(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/index.html)は啓発活動に有用である。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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