国立感染症研究所

国立感染症研究所 実地疫学研究センター・同感染症疫学センター・同細菌第二部
2024年1月5日現在
(掲載日:2025年1月9日)

百日咳は、百日咳菌(Bordetella pertussis)の気道感染により発症する疾患であり、約7~10日間の潜伏期間を経てカタル症状が出現する。その後の持続的な咳嗽に加え、連続性の咳嗽発作や咳嗽後の嘔吐、吸気性の笛声(whoop)といった特徴的な症状を呈する。特に乳児期早期ではこれらの特徴的な咳嗽がみられないことがあり、無呼吸発作やチアノーゼ、けいれんを呈し、呼吸停止に至る場合がある。また、肺炎や脳症等の重篤な合併症が報告されており、呼吸管理を要する入院例や死亡例も報告されてきた1)

百日咳は、2017年まで感染症法上の5類感染症小児科定点把握対象疾患であり、全国約3,000の小児科定点医療機関を通して小児患者の年齢群別・性別分布、流行状況が、臨床症状の届出基準(2週間以上続く咳嗽、特徴的な咳嗽等)によって把握されてきた。しかし、成人患者や定点外での集団感染例、咳嗽の期間が短い重症例の把握が難しく、感染源、予防接種歴などの情報が含まれないなどの課題があった2)

より正確な国内の百日咳の把握の必要性が高まるなか、わが国では2018年1月1日から国内の百日咳サーベイランスはすべての医師が届出を行う5類全数把握対象疾患へと変更された。全数把握対象疾患としての届出基準は百日咳の臨床的特徴を有するもの(百日咳に特有な咳嗽、白血球数増多など)を診察した結果百日咳を疑い、かつ原則検査診断により百日咳と診断した場合である。特異度の高い検査法として、遺伝子検査の1つである百日咳菌LAMP法(loop-mediated isothermal amplification)が開発され3)、2016年から健康保険適用となった。また、同年にはノバグノスト百日咳IgA/IgMも承認され、健康保険適用となった4)。2020年には百日咳菌を含むFilmArray🄬呼吸器パネル2.1が健康保険適用となった5)。2021年からは、イムノクロマト法による病原体の抗原の検出が届出基準に追加された6)

全数把握対象疾患への変更に伴い、サーベイランスの充実を図るため、届出の手順や最適な検体の採取時期などを示したガイドラインが作成され、現在は「感染症法に基づく医師届出ガイドライン(第二版)(以下、届出ガイドラインと略す。)」7)として示されている。本稿においては、2023年1月2日から2023年12月31日まで(2023年第1週から第52週まで)に診断された百日咳のサーベイランス結果のまとめを還元することを目的とする。なお、過去のまとめについては国立感染症研究所、百日咳のウェブサイトを参照のこと(https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ha/pertussis.html)。

2023年1月2日から2023年12月31日までに感染症発生動向調査(感染症サーベイランスシステム)へ1,009例の百日咳の報告があった(2024年1月5日現在)。百日咳患者の都道府県別人口10万人あたりの報告数は、徳島県(11.1例)が最も多く、次いで秋田県(9.9例)、愛媛県(2.0例)であった。

感染症法上の届出基準を満たし、かつ届出ガイドラインに合致するとみなされた患者は966例(96%)であった。以下は、特記しない限り届出ガイドラインの基準を満たした患者の疫学的特徴について述べるものである。2023年の患者報告数は2022年(469例)より増加した(図1)。

pertussis 250107 fig1
図1. 2018年~2023年診断週別百日咳報告数*
(*)百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(第二版)に則った症例のみを抽出
https://www.niid.go.jp/niid/ja/pertussis-m/610-idsc/10875-pertussis-guideline-211228.htmll
pertussis 250107 fig2
図2. 百日咳症例の年齢分布(各歳)とワクチン接種歴(2023年第1週~第52週(診断週))(n=966*)
(*)百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(第二版)に則った症例のみを抽出

百日咳患者の年齢分布並びにワクチン接種回数を図2に示す。初回ワクチン接種前の時期を含む6か月未満児(2%)、6か月から5歳未満までの小児(22%)、5歳から15歳未満までの学童期の小児(40%)、小児科定点報告では把握できない20〜30代の成人(15%)において患者が報告された。全体の50%に当たる482例に4回の百日せき含有ワクチン接種歴があり、5~15歳未満がその63%(306/482例)を占めた。

検査診断方法について複数の検査方法の記載がある場合、診断の確からしさに基づいて分離同定>遺伝子検査>ペア血清>単一血清抗体価高値>イムノクロマト法、の順に一つの診断方法を選択した。イムノクロマト法と単一血清抗体価高値はそれぞれ453例(46.9%)、407例(42.1%)であった。血清抗体価に基づく診断では、ペア血清を用いることが望ましいが、ペア血清による有意な抗体価上昇で診断された患者は3例(0.3%)であった。その他、百日咳菌の分離同定29例(3.0%)、遺伝子検査51例(5.3%)であった。実施された検査方法の年齢別割合をみると、15歳未満ではイムノクロマト法の実施割合が高く、15歳以上では344例のうち単一血清抗体価高値による診断例の割合が238例(69.2%)と高かった(図3)。発症日からの経過期間に基づいて推奨されるそれぞれの検査法の選択に関する詳細は届出ガイドラインを参照されたい7)。なお、届出ガイドラインに合致するとみなされなかった43例のうち、38例(88.4%)が単一血清抗体価高値のみで診断、報告された症例であった。

また、検査診断に基づかない、臨床診断に加えて疫学的リンクありにより報告された患者は23例(2.4%)であった。

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図3. 年齢群別の検査診断法の割合(2023年第1週~第52週(診断週))(n=966*)
(*)百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(第二版)に則った症例のみを抽出

重症化のリスクが高い6か月未満児の患者は、報告対象期間に20例の報告があった。このうちワクチン未接種者が7例(35%)存在し、1回目の百日せき含有ワクチン接種前の時期に当たる3か月未満児の症例が6例(30%)含まれていた。6か月未満児の症例において推定される感染源は、同胞が最も多く7例(35%)、次いで母親3例(15%)、父親2例(10%)であった。感染源不明の症例は9例(45%)であった(家族内不明3例(15%)、不明6例(30%))(推定感染源の重複あり)。これらの検査診断例は分離同定と遺伝子検査がそれぞれ3例(15%)、イムノクロマト法が12例(60%)であった。血清学的診断例が1例(5%)であったが、届出ガイドラインの記載にあるように、この年齢群に対する検査診断法としては国際的に推奨されていない。臨床診断例(同胞との接触)は1例(5%)であった。特記すべき症状・所見としては、無呼吸発作1例(5%)があった。2023年は、届出時点で6か月未満児の患者の脳症や肺炎の報告はなかった。

入院歴の記載があった症例は、6か月未満では2例(2/20,10%)であり、生後6か月以上では7例(7/946,0.7%)であった。

2023年の報告数966例は依然低い水準(2019年報告数15,972例の6%程度)で推移しているものの、2022年報告数469例と比較すると2倍以上に増加した。特に5歳以上10歳未満で増加しており、2022年の82例と比較すると2023年は280例と3倍以上に増加した。

15歳未満の症例の検査診断法として最も用いられているイムノクロマト法は、利便性が高い一方で、百日咳菌以外のBordetella属細菌等の交差反応、検体に粘性物質やhuman anti-mouse antibody(HAMA)が含まれる場合にも陽性となる可能性が指摘されるなど注意が必要である8)。国内で保険収載されている百日咳菌LAMP法は、感度・特異度が高いため、百日咳の診断においてより積極的に活用することが推奨される。今後も、新しい検査法の普及等により百日咳の発生動向が変化する可能性が高いことから、現行の全数報告の維持と詳細なデータの分析、それらの情報に基づいた予防策の提言および実施を引き続き行うことが重要である。

なお、感染症発生動向調査における届出基準、特に百日咳の届出ガイドラインにおける基準は、サーベイランスとして標準的な基準に基づく患者届出情報を収集するためのものであり、臨床現場において医師が患者個々に対して行う臨床診断とは異なる場合があることに留意されたい。

 

関連資料  2023年第1週から第52週(*)までに感染症サーベイランスシステムに報告された百日咳患者のまとめ(2023年第52週週報データ集計時点 )
 

【参考文献】

  1. Kilgore PE, Salim AM, Zervos MJ, Schmitt HJ. Pertussis: Microbiology, Disease, Treatment, and Prevention. Clin Microbiol Rev. 2016. 29: 449-86.
  2. 国立感染症研究所「百日せきワクチンファクトシート」平成29(2017)年2月10日
    https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000184910.pdf
  3. Kamachi K, Toyoizumi-Ajisaka H, Toda K, Soeung SC, Sarath S, Nareth Y, Horiuchi Y, Kojima K, Takahashi M, Arakawa Y. Development and evaluation of a loop-mediated isothermal amplification method for rapid diagnosis of Bordetella pertussis infection. J Clin Microbiol. 2006. 44:1899-902.
  4. 国立感染症研究所「百日咳の検査診断」IASR Vol. 38 p.33-34: 2017年2月号
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/surveillance/2404-iasr/related-articles/related-articles-444/7081-444r06.html
  5. 厚生労働省保険局医療課長「検査料の点数の取扱いについて」 令和2年7月22日
    https://www.mhlw.go.jp/content/000653054.pdf
  6. 厚生労働省健康局結核感染症課長「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第12条第1項及び第14条第2項に基づく届出の基準等について」の一部改正について 令和3年6月3日
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000788097.pdf
  7. 百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(第二版)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/pertussis-m/610-idsc/10875-pertussis-guideline-211228.html
  8. Kenji Okada, Yuho Horikoshi, Naoko Nishimura, Shigeki Ishii, Hiroko Nogami, Chikako Motomura, Isao Miyairi, Naoki Tsumura, Toshihiko Mori, Kenta Ito, Shinichi Honma, Kensuke Nagai, Hiroshi Tanaka, Toru Hayakawa, Chiharu Abe, Kazunobu Ouchi Clinical evaluation of a new rapid immunochromatographic test for detection of Bordetella pertussis antigen Sci Rep. 2022; 12

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