
富山県におけるA群溶血性レンサ球菌感染症の遺伝子型解析とM1UK系統株の浸淫状況
(IASR Vol. 46 p19-20: 2025年1月号)はじめに
A群溶血性レンサ球菌(group A Streptococcus: GAS)は, 咽頭炎や化膿性皮膚感染症などの原因菌として主要なグラム陽性菌で, 多彩な臨床症状を呈する。また, GASは致命率の高い劇症型溶血性レンサ球菌感染症(Streptococcal toxic shock syndrome: STSS)を引き起こすことがあり, その公衆衛生的な重要性は高い。STSSは主に基礎疾患を有する高齢者に多く発症する。わが国の感染症発生動向調査では, GAS咽頭炎とSTSSは, それぞれ5類小児科定点把握疾患と5類全数把握疾患となっている1,2)。
英国では2015~2016年に, 小児の猩紅熱が流行し, 従来株(M1global)と比較して高いStreptococcal pyrogenic exotoxin A(SpeA)の産生を示すM1UK株が非侵襲性GAS株の85%を占めたと報告されている3)。このM1UK株はゲノムDNA上に, M1global株が保有しない特有の27カ所の一塩基多型(single nucleotide polymorphisms: SNPs)を有している。また, SpeA産生量がM1global株と同等とされているM1intermediate株(13SNP)も検出されている3)。
国内では, 2023年の下半期以降に小児GAS咽頭炎およびSTSSの患者報告が増加している4)。また, STSS患者由来株においては, 2018年以降にM1UK株が検出され, 2022~2023年に検出割合の増加が確認されている4)。沖縄県では侵襲性GAS(iGAS)感染症患者数が2023年に比べ, 2024年に増加したと報告されている。また, iGAS由来株においてM1UK株やM1intermediate株が検出されている5)。しかしながら, 現時点で国内における小児咽頭炎由来のGASとM1UK系統との関連についてはほとんど知見がない。本稿では, 富山県内における2つの医療機関の協力を得て, 小児を中心とした咽頭炎由来GASを分離してM1UK株の分布状況を解析した。また, 行政検査で収集したGASによるSTSS患者由来株のM1UK株の分布についても解析し, 富山県内のGAS咽頭炎およびSTSS患者におけるM1UK株の浸淫状況を把握することを目的とした。
対象と方法
富山市民病院(富山市)において, 2024年1月1日~11月6日の期間に13例の患者から(患者年齢中央値7歳, 範囲1~43歳)咽頭炎由来GASを分離した。また, 高畠小児科クリニック(射水市)において, 2024年6月27日~11月6日の期間に同意を得たGAS咽頭炎疑いの患者(年齢中央値5歳, 範囲1~14歳)から咽頭ぬぐい液を取得し, GASを分離した。収集したGASから抽出したDNAを用いてシーケンス解析を実施し, emm遺伝子配列を解読し, 取得した配列情報を用いてemm型を決定した6)。また, M1株の遺伝子型決定は既報に従った7)。
また, 感染症法第15条に基づいた積極的疫学調査によって2024年に県内で報告されたGASによるSTSS患者は, 11月24日時点で10例報告されているが, 当所に分離菌株が搬入された患者8例(年齢中央値74.5歳, 範囲50~91歳)を対象とし, 搬入された8株について, emm型別およびM1系統の解析を実施した。上記の調査は富山県衛生研究所倫理審査委員会より承認を得た上で実施した(承認番号: R6-6)。
結 果
富山市民病院では, 咽頭炎由来GASが13株分離された。emm型別の結果, emm1は7株(54%), emm49は3株(23%), 他はemm12, emm89, stG6(GASと群別されたS. dysgalactiae subsp. equsimilis)が各1株であった(図)。M1系統に関する解析の結果, 分離されたemm1の内訳はM1UK 5株(38%), M1intermediate(13SNP)2株(15%)であった(表)。高畠小児科クリニックでは, 咽頭炎由来GASが28株分離された。emm型の内訳は, emm4 17株(61%), emm1 8株(29%), emm89 3株(11%)であった(図)。検出されたemm1のすべてがM1intermediate(13SNP)であった(29%)(表)。
一方, STSS由来GAS(8株)を対象としたemm型解析の結果, emm1が5株(63%), emm12が2株, emm49が1株であった。検出されたemm1の内訳は, M1global 1株(13%), M1UK 4株(50%)であった(表)。
考 察
採取した咽頭炎由来GASのemm型の分布は, 富山市民病院(富山市)ではemm1型が主体であったのに対し, 高畠小児科クリニック(射水市)ではemm4型が主体であった。また, 分離したemm1型はすべてM1UK系統株(M1UK株およびM1intermediate株)であり, 今回, 2018年以前に流行していたM1global株(従来株)は検出されなかった。このことから, 2024年時点でM1global株はM1UK系統株に置き換わっていることが考えられた。一方, 県内のSTSS由来のemm1型の5株中4株がM1UK株であり, 解析した菌株数は少ないものの, STSSの発症に病原性の高いM1UKが関与することが示唆された。
今回, 咽頭炎由来株を収集した2医療機関は異なる生活圏に位置している。咽頭炎由来GASのゲノム解析では, 富山市の咽頭炎由来株はemm1型のM1UK株, M1intermediate株が主体であり, これに対し, 射水市ではemm4型, emm1型のM1intermediate株が主体となっていた。この所見から, 異なるemm型株およびM1UK系統のGASが地域流行していることが考えられた。M1UK系統株が, 主に小児における咽頭炎の原因菌として飛沫感染, 接触感染により水平伝播されていることが推察される。このため, 高齢者や基礎疾患を有するSTSS発症のリスクの高い方々が病原性の高いM1UK株に曝露される機会が増加し, その結果として, 国内のSTSSの増加に繋がっていることが示唆される。
例年, GAS咽頭炎は冬~春に患者数が増加することから, 今後も引き続き発生動向を注視していく必要がある。また, 公衆衛生対策として, 感染予防策(手指衛生, マスク着用)の徹底, 咽頭炎症状のある小児とハイリスクの方との接触防止等の対策が求められる。
参考文献
- 厚生労働省, A群溶血性レンサ球菌咽頭炎
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-17.html - 厚生労働省, 劇症型溶血性レンサ球菌感染症
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-06.html - Lynskey NN, et al., Lancet Infect Dis 19: 1209-1218, 2019
- 光嶋紳吾ら, IASR 45: 29-31, 2024
- 小椋奈緒ら, IASR 45: 173-174, 2024
- Centers for Disease Control and Prevention, Streptococcus Laboratory
https://www2.cdc.gov/vaccines/biotech/strepblast.asp - 国立感染症研究所, A群溶血レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)検査マニュアル(劇症型溶血性レンサ球菌感染症起因株を含む)
https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/streptococcusA20240112.pdf