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オランダのpoliovirus essential facilitiesにおける環境サーベイランスでの野生型ポリオウイルス3型(WPV3)の検出と従業員感染事例―2022年11月~2023年1月

(IASR Vol. 44 p81-82: 2023年5月号)
 

野生型ポリオウイルス(WPV)の根絶が間近に迫る中で, 診断・サーベイランス・ワクチン製造等の目的で感染性のあるWPVを取り扱う施設であるpoliovirus essential facilities(PEF)においては, 厳格なウイルスの封じ込めが必須となっている。オランダにおいて, 2022年11月にPEFの1つであるワクチン製造施設に由来する下水サンプルから3型WPV(WPV3)が分離・同定され(https://www.who.int/news/item/02-02-2023-statement-of-the-thirty-fourth-polio-ihr-emergency-committee), 従業員からのウイルス排出の可能性評価とリスク低減に向けた迅速な対応がなされた記事がEurosurveillanceに掲載されており, 本稿ではこれをまとめた。

環境サーベイランス

オランダにおいて, PEFでの環境サーベイランスはNational Polio Laboratory(NPL)が実施している。NPLはワクチン製造に使用される建物, ポリオ診断施設, トイレなどからの排水を採取し, ポリオウイルスの分離を試みている。ウイルスが分離された場合はPEFの封じ込めが破綻していることを示す。

下水サンプルは3週間ごとに採取・分析されており, 2022年には74サンプルが分析された。うち50サンプルは, 今回, 陽性サンプルが検出されたUtrecht Science Park-Bilthovenからで, 陽性サンプルは2022年11月15日に採取された検体であった。陽性サンプルから2つの分離株が得られ, 分離株の全ゲノム解析を行い, ワクチンのseed stockのゲノムと比較したところ, 2カ所, または3カ所の変異を持つポリオワクチン株, WPV3-Saukett G株であることが分かった。

PEFの下水道からポリオウイルスが分離されたことに対する対応

分離株に2-3カ所の変異を認めたことからPEFからの直接の流出より, ヒトからの排出が示唆された。陽性検体が分離される前3週間にWPV3株に触れる機会のあった従業員51名に便検体2検体と血清1検体の提出を求めた。すべての従業員はワクチン接種済みであったが, 1名で直近の感染を示唆する血清学的反応を認めた。便検体96検体(対象者1名につき少なくとも1検体)は, エンテロウイルス(EV)とWPV3(Saukett株特異的)に対するRT-PCR(NPLの自家試験法。WHO標準法ではない)が実施され, 直近の感染が示唆された従業員の便検体2検体からはEVとWPV3が検出された。他はすべて陰性であった()。

公衆衛生的対応

感染した従業員(以下, 感染者)は, ポリオワクチン接種率が90%以上の地域にある隔離住居において, 地方公衆衛生局の監督の下, 自主的に隔離することに同意した。感染者は厳格な感染対策に従うよう指示され, 感染性WPV3を含むと疑われる廃棄物は, 国のガイドラインに従い, 梱包, 輸送, 焼却された。隔離住居への来客は認められなかったが, 散歩や運動, 身体的接触のない屋外での面会は可能であった。保健所やPEFにより心理的サポートも提供された。その後, 3回連続で便検体が陰性となった2023年1月11日(隔離開始33日後)に隔離解除された。

感染者の検査結果

感染者は経過中無症状であった。隔離開始時点(2022年12月8日)と便のウイルス量が増加した際(2022年12月13日)に, 咽頭スワブが採取されたが, EVとWPV3は陰性であった。このことから, 呼吸や会話による経口でのウイルス排出は考えにくく, 二次感染を防ぐためには, 手指衛生とトイレでの衛生対策を徹底するのみでよいとされた。隔離期間中の便検体のモニタリングでは, 2022年12月4日~2023年1月4日にかけてEVとWPV3特異的遺伝子がRT-PCRで検出され, このうち一部の期間においてはウイルスが分離された()。

下水からの分離株と感染者の便検体2検体(2022年12月5日と8日に採取)のウイルスゲノム配列は完全に同一ではなかったが, ワクチン株にない共通の変異(C3082T)を認め, 下水からの分離株がこの感染者由来である可能性が高いことが示唆された。

この従業員はウイルスを長期間排泄していたが, この原因は不明であり, PV3に対する抗体反応は良好でIgA欠損症ではなかった。

接触者調査

接触者調査では, 職場の同僚や同じトイレを共有していた16名と, 職場以外で4時間以上接触した11名が調査対象者として特定された。これら27名から便検体54検体が収集され, EVとWPV3は陰性であることが確認された。

考 察

世界保健機関(WHO)は, 2022年にGlobal Action Plan for Poliovirus Containment第4版(GAPⅣ)を発表している。GAPⅣにおいて最も重要な第一段階の予防措置はPEFにおける厳格なポリオウイルス封じ込めであり, 2020年以降, オランダではすべてのPEF周辺で環境サーベイランスが行われ, それ以降, 3株のWPVを検出した。本事例では, 二次感染を示唆する所見はなく, 感染者の隔離住居から採取された環境サンプルはすべてWPV3陰性であった。このため, 咽頭スワブからウイルスが検出されない今回のような場合には, トイレや手指の衛生管理を徹底することで十分に感染伝播のリスクを軽減できると考えられる。また, 急性弛緩性麻痺症例に対するWHOポリオウイルス検出アルゴリズム(ウイルス分離法)では間欠的な排出が観察されたが, より感度の高いRT-PCRでは継続的な排出を認めた。これは, 現行のWHOポリオウイルス検出アルゴリズム(WHO標準法)が, ポリオウイルス排出終了を判断する最も感度の高い方法ではないことを示している。

結 論

本事例は, PEFにおける環境サーベイランスが封じ込め破綻やヒトへの感染を探知するために不可欠なツールであることを示しており, 他の国も同様の仕組みを導入することを提案する。

 
出典: Eurosurveillance 28(5), 2023
 https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES.2023.28.5.2300049
    抄訳担当: 国立感染症研究所        
        感染症疫学センター      
         塚原万葵 竹田早希 新城雄士 新橋玲子 有馬雄三     
        ウイルス第二部        
         有田峰太郎 清水博之

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