国立感染症研究所

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ロタウイルスの遺伝子型別法に関する注意

(IASR Vol. 38 p.172-174: 2017年8月号)

2011年11月にロタウイルスワクチンが導入されて以降, A群ロタウイルス(Rotavirus A, 以下RVA)による胃腸炎患者数は減少傾向にある。しかしワクチンが普及する中で採取されるウイルス株に対する関心が高まっているため, 地方衛生研究所等へのRVAの検査依頼数はあまり大きく減少しておらず, 年間700件前後を推移している1)。ワクチン導入後の流行株を監視する意味でも, RVA検査の重要性はむしろ高まっているといえる。IASRでは病原体検出報告に基づいてVP7(外殻タンパク)の遺伝子型別報告数が集計されているが1), その約半数はシークエンス解析により遺伝子型が判定され, 残りの半数はmultiplex-PCRによる型別判定が行われている。このmultiplex-PCR法は1990年にGouveaらが報告した方法で2), 現在でも世界中で広く利用されており, 国立感染症研究所(感染研)の病原体検出マニュアルにも記載されている。しかし, プライマー配列の再検討が行われていないため, 現在の流行株では誤判定されるケースが散見されている。本稿では, それらの誤判定される例を紹介し, 遺伝子型別法についての注意を促したい。

わが国におけるRVA流行株

近年わが国で流行しているRVA株のVP7遺伝子型はG1, G2, G3, G9が主であるが, それらのウイルス株の全遺伝子型構成(11遺伝子分節)を解析すると非常に複雑化していることが分かっている。これまでG1, G3, G4, G9型ウイルスはWa-like遺伝子型構成(P[8]-I1-R1-C1-M1-A1-N1-T1-E1-H1) を有し, G2, G8型ウイルスはDS-1-like遺伝子型構成(P[4]-I2-R2-C2-M2-A2-N2-T2-E2-H2)を有していた。しかし, 2012年に非定型的なDS-1-like G1株(G1-P[8]-I2-R2-C2-M2-A2-N2-T2-E2-H2)が世界各国で検出され, それ以降わが国でも継続的な流行を引き起こしている。また, 2013年に仙台で検出された, ウマロタウイルスに類似したVP7を持つEquine-like G3株もDS-1-like遺伝子型構成を有し, その後オーストラリア, ヨーロッパ, ブラジル, 東南アジアなどの国々で相次いで検出され3-7), わが国でも2014年に大阪, 2016~2017年にかけて神戸, 北海道, 東京などの広い地域から続々と検出され始めている。また, これまでわが国では比較的稀な遺伝子型であったG8型も, 北海道などでしばしば検出され始めている8)

Multiplex-PCRによる遺伝子型判定

我々はmultiplex-PCR法の検証のため, 既にシークエンス解析により遺伝子型を特定したウイルス株について, わが国に流行している代表的な株を9種類ピックアップした〔Wa-like G1, DS-1-like G1, G2, Wa-like G3, DS-1-like G3(Equine-like G3), G4, G8, G9 lineage 3およびG9 lineage 6〕。これらの患者便検体からRNAを抽出し, 感染研の病原体検出マニュアルに記載された方法に従ってRT-PCR(1st PCR)およびmultiplex-PCR(2nd PCR)を行い, 1.5%アガロースゲルでバンドサイズを確認した()。その結果, 以下のように3種類のウイルスで誤判定あるいは判定困難となることが判明した。①神戸市環境保健研究所の森らは, Equine-like G3株を同方法で検査するとG1型として誤判定されることを報告しており9), 我々の研究室でもこの現象が再現された。②G8株がG3型として誤判定された。③わが国で流行しているG9型ウイルスは系統樹解析によりlineage 3とlineage 6に大別されるが, このうちのlineage 3株ではバンドが検出されない, あるいはバンドが非常に薄いため判定が困難であった。いずれの現象も複数の検体 (5検体以上) を用いて再現されることを確認している。これらの現象は, いずれも型特異的プライマーが各ウイルス株のVP7遺伝子に非特異的に結合することによって発生していると考えられる。

今後の対応

このmultiplex-PCR法はRVAの有用な遺伝子型別法として長らく利用されてきたが, 現在の流行株を考慮すると誤判定を招く恐れがあるため, 今後は使用を控えるべきである。RVAの遺伝子型分布のデータは, ワクチン導入の影響を監視する意味でも非常に重要な情報となる。従って, 誤ったデータを蓄積させないためにも, 当面はシークエンス解析で塩基配列を確認した上で遺伝子型別の判定を行うべきである。特にmultiplex-PCR法でG1またはG3の位置にバンドが得られた場合はシークエンスの確認が必須である。RT-PCR(1st PCR)で用いるプライマー(Beg9およびEnd9)はVP7両端の保存性の高い領域で設計されており, 現在でもほとんどの株で増幅が認められる()。したがって, 1st PCR産物についてダイレクトシークエンス解析を実施すれば, 多くの場合, 遺伝子型を特定することが可能である。新しい遺伝子型別法が開発されるまでは, このような代替法で対応する必要がある。

本件の検証にあたり, 検体の収集にご協力頂いた札幌医科大学の堤 裕幸先生, 津川 毅先生, 東京都健康安全研究センターの宗村佳子先生, 小田真悠子先生, 岡山県食肉衛生検査所の葛谷光隆先生および各病院の先生方に深謝いたします。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所 病原微生物検出情報(IASR)ウェブサイト
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr.html
  2. Gouvea V, et al., J Clin Microbiol 28(2): 276-282, 1990
  3. Cowley D, et al., J Gen Virol 97(2): 403-410, 2016
  4. Dóró R, et al., Acta Microbiol Immunol Hung 63(2): 243-255, 2016
  5. Arana A, et al., Infect Genet Evol 44: 137-144, 2016
  6. Guerra SF, et al., J Gen Virol 97(12): 3131-3138, 2016
  7. Komoto S, et al., PLoS One 11(2): e0148416, 2016
  8. Kondo K, et al., Emerg Infect Dis 23(6): 968-972, 2017
  9. 森 愛ら, IASR 37: 115-116, 2016

 

国立感染症研究所ウイルス第二部 藤井克樹

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