国立感染症研究所

薬剤耐性菌感染症

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感染症法に基づく薬剤耐性アシネトバクター感染症の届出状況, 2014年第38週~2015年第53週

(IASR Vol. 37 p. 165-166: 2016年8月号)

アシネトバクターは土壌や河川水などの自然環境中に生息する環境菌であり, 院内や医療器具等の環境中で長期間生存できる。アシネトバクターには多くの種類があるが, 人の感染症例からはAcinetobacter baumanniiが最も多く検出される。通常は感染防御機能の低下した患者や, 抗菌薬長期使用中の患者に日和見感染し, 肺炎などの呼吸器感染症, 尿路感染症, 手術部位や外傷部位の感染症, カテーテル関連血流感染症, 敗血症など, 多彩な感染症を起こす。感染症法に基づく感染症発生動向調査では, 2011年2月1日より5類定点把握疾患であったが, 2014年9月19日より5類全数把握疾患となった。届出基準の変更はなく, 臨床的特徴を有する者を診察した結果, 通常無菌的であるべき検体からアシネトバクター属菌が分離・同定され, かつイミペネム, アミカシン, シプロフロキサシンのすべてに対して耐性であることが確認された場合, もしくは通常無菌的でない検体からの分離菌が上記3剤に耐性でかつ感染症の起炎菌と判定された場合であり, 7日以内に届出る必要がある。なお, 薬剤耐性アシネトバクター(以下, MDRA)の定義は国際的に統一されたものはなく, 本定義は本邦独自のものである。

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NDM-5メタロ-β-ラクタマーゼ産生大腸菌ST410による国内感染事例

(掲載日 2016/3/15) (IASR Vol. 37 p.82-84: 2016年4月号)

NDM型メタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)産生菌はこれまでインドなどアジア諸国への渡航歴がありかつ現地での医療機関受診歴のある患者から分離されることが多いとされてきたが1)、今回、国内感染が疑われる事例が発生したため報告する。
 
症例Aは20代の女性、生来健康で、観光目的などで2014年にハワイ、2012年にイタリア、香港、マカオへの渡航歴があるものの、現地での医療機関受診歴は無かった。血液疾患のため関東圏の医療機関で約1カ月入院加療を受け、2015年6月に北海道の医療機関に転院した。転院時の便検体スクリーニングでカルバペネム耐性大腸菌が検出され、PCRによりNDM型MBL遺伝子が確認された。症例Bは70代の男性で、過去20年間の海外渡航歴はない。17年前に胆管細胞癌による手術歴があり、その後千葉県内の複数の医療機関への通院・入院歴がある。2016年1月に腹痛のため都内の医療機関に入院したが、手術適応となり、翌日千葉県の医療機関に転院した。転院後に胆管炎によるものと思われる発熱を認め、血液および胆汁培養にてカルバペネム耐性大腸菌が検出された。分離された大腸菌からはPCRによりNDM型MBL遺伝子が確認された。症例Aと症例Bに共通する医療機関は確認されなかった。
 
症例Aと Bより分離された大腸菌の薬剤感受性試験結果を表1に示す。両株ともカルバペネム系薬、モノバクタム系薬を含めβ-ラクタム系薬剤にはすべて耐性を示し、ゲンタマイシン、アミカシンおよびホスホマイシンには感性であったが、レボフロキサシンには耐性を示した。メルカプト酢酸ナトリウム(SMA)含有ディスクによるMBLスクリーニング試験の結果を図1に示す。SMAによる阻害効果は、セフタジジム(CAZ)を基質とした場合陰性であったが、メロペネム(MEPM)を基質とした場合は陽性であり、使用する基質薬剤に注意を要した。
 
症例A、B分離株のDNAプラグを作成、S1-nuclease処理後、パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)を実施し、染色体およびプラスミドゲノムを分離、MiSeqベンチトップ型シークエンサー(Illumina)によりそれぞれを解読し、プラスミドゲノムは国立感染症研究所(感染研)病原体ゲノム解析研究センターで開発したGlobal Plasmidome Analyzing Tool (GPAT)を用いて解析した。
 
症例A分離株のNDM型MBL遺伝子は推定総塩基長45,252bpのIncX3プラスミド上に位置し、その全塩基配列はblaNDM-5と100%一致していた。症例B分離株もblaNDM-5が存在する推定総塩基長45,764bpのIncX3プラスミドを保有しており、症例A、B分離株のIncX3プラスミドの配列はほぼ一致していた。また、両株ともblaCTX-M-15を持つIncFグループのプラスミドを保有していた。Multilocus sequence typing (MLST)を実施したところ、いずれもST410であり、XbaIを用いたPFGEによるタイピング解析の結果も互いに類似したバンドパターンであったことから、同一由来株であることが示唆された。
 
感染研の薬剤耐性菌ゲノムデータベースGenEpid-Jにて配列登録済みのNDM-5 MBL産生国内分離株を追加検索したところ、本症例2例以外にも4症例由来4株を検出し、いずれも大腸菌であった。4症例ともインドなどへの渡航歴が確認されている輸入例であり、MLSTもST540、ST405、ST648、ST167と、本事例のST410とは異なる遺伝子型であった。NDM-5 MBLは2011年に英国のインド帰りの患者から分離された大腸菌ST648より初めて報告され2)、2014年には米国でのNDM-5 MBL産生大腸菌ST167による内視鏡に関連した院内感染が3,4)、中国からはNDM-5 MBL産生大腸菌の地域的拡散が報告されている5)。また、NDM-5 MBLはNDM-1 MBLに比べカルバペネマーゼ活性が高いとの報告があり6)、症例A分離株も含め当部で保有するNDM-5 MBL産生大腸菌のイミペネムとメロペネムのMICを Etestで測定したところ、いずれも>32μg/mlと高値であった。
 
症例Aには海外渡航歴があるが、症例Bについては明らかな国内感染例である。疫学関連のないこの2症例より類似したPFGEバンドパターンを示すNDM-5 MBL産生大腸菌ST410が分離されたことは、国内においてこの株が潜在的に拡散している可能性が否定できないと思われた。
 
参考文献
  1. 鈴木里和, 他, IASR 35: 287-288, 2014
  2. Hornsey M, et al., Antimicrob Agents Chemother 55(12): 5952-5954, 2011
  3. Epstein L, et al., JAMA 312(14): 1447-1455, 2014
  4. de Man TJ, et al., Genome Announc 3(2): e00017-15, 2015
  5. Chen D, et al., J Antimicrob Chemother 71(2): 563-565, 2016
  6. Dortet L, et al., Biomed Res Int 2014: 249856, 2014
 
国立感染症研究所細菌第2部
 鈴木里和 松井真理 鈴木仁人 長野由紀子 柴山恵吾
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  外山雅美 多部田弘士
信州大学大学院 医学系研究科
 斉藤さとみ 長野則之
国立感染症研究所 病原体ゲノム解析研究センター
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