国立感染症研究所

2011年夏にみられたRSウイルスの流行について

―奈良県―

(IASR Vol. 33 p. 97-98: 2012年4月号)

 

1.はじめに
夏にRSウイルス(respiratory syncytial virus: RSV)1)の流行が国内各地でみられたことは2011年の感染症サーベイランスの1つの特徴であろう。

例年、RSV感染症は11月頃から急激に増加し、ピークは12月~1月頃にある。しかし、2011年のRSV検出状況(病原微生物検出情報全国累計2) )は様相が異なり、夏の検出数(8月92例、9月99例)が11月や12月のそれ(2012年1月4日現在でそれぞれ69例と31例)を上回った2) 。

奈良県においても第32週から定点当たり報告数に増加傾向がみられ、さらに8~9月にかけて12例の患児からRSVが検出され、夏のRSV流行が明らかになった。このRSV検出は県下の感染症発生動向調査の一環として、定点医療機関で採取された呼吸器系疾患患児の咽頭ぬぐい液のうち、エンテロウイルスやアデノウイルスなどが分離されなかった検体について保健環境研究センターでRT-PCRが行われたものである。

RSVの検出された12例中11例が当科の症例であり、夏のRSV感染症の特徴を知る目的で、冬の当科典型例と臨床所見を対比した。また、RSV感染症と気象との関係について若干の文献的考察を加えた。

2.当科における2011年夏のRSV検出例
11例の概略をに示した。発熱を主訴に受診し、咳嗽を全例に認めた。喘鳴が3例にみられ、うち1例にSpO2低下あり。発熱の遷延する児が多かったが(4.6±0.8日)、肺炎の1例を含めて全例が通院治療で治癒した。

疫学的にみた1つの特徴は保育所内流行の多いことで、11例中7例が同じ保育所であり、接触感染(特に間接接触感染?)が疑われる。

3.冬のRSV感染症典型例との対比検討
2011年夏の11例を夏群とした。そして、2009年11月~2010年4月に当科に入院したRSV感染症患児39例(日齢11~5歳6カ月、中央値1歳6カ月)を典型例として対照に選び、冬群とした。冬群にも呼吸管理を必要とした児はなかったが、酸素投与を要した重症例が3例とけいれんのみられた2例が含まれる。

年齢は夏群と冬群の間に有意差なく、それぞれ2.2±0.9歳、2.1±1.4歳であった(図1)。

最高体温(夏群39.4±0.8℃、冬群38.8±0.8℃)や有熱期間(夏群4.6±0.8日、冬群4.3±1.5日)にも有意差を認めなかった(図2)。

4.考 察
冬に流行するウイルスは低温低湿を好むと考えられている。たとえば、インフルエンザウイルスの至適相対湿度は15~40%である。しかし、RSVはやや複雑である。RSV活動性を週別発生数で評価し、気象との関係をみた検討によると、気温は2~6℃と24~30℃に、相対湿度は45~65%にそれぞれ活動性のピークがある3) 。

温帯地域では、RSVは冬中心に流行する1)。特に気温の低下を重要視する報告が多く、最低気温が低いほどRSV活動性が高くなる3) 。

熱帯地域では、RSV感染症は通年性にみられ3) 、雨季に多い4) 。この条件下では湿度が重要視され、相対湿度が高いほどRSV活動性が高い3) 。また、前日との気温差(day-to-day temperature variation)が大きいとRSV活動性が高い。雨季に多い理由は明らかでないが、雨に伴う気温の低下やエアロゾル中でのRSVの安定性3) などが指摘されている。

わが国においてもRSV流行は冬中心にみられ1) 、沖縄を除くと夏のRSV流行は散発的で稀である5) 。唯一、亜熱帯地域に位置する沖縄ではRSVは夏に流行し、1~2月には少ない6) 。

2011年夏のRSV感染症は国内の限られた地域の局所流行ではなく、東京都や大阪市、青森県などでも多く検出され2) 、diffuse outbreakの様相を呈した。

地球は温暖化しているが、2011年夏は特に暑さが厳しかったわけではない(8月の平均気温は北日本でやや高いが全国的には平年並み)。同夏の気象の特徴は降雨量の多かったことである。9月初めに台風12号(8月25日発生)が四国~中国地方をゆっくりと北上した影響もあり、奈良県を含む紀伊半島では各地で記録的な大雨となった。当科で経験した夏のRSV流行はこの時期に一致するが、大雨との関連は明らかでない。 幸い、自験11例はすべて通院治療で治癒した。一部にSpO2の低下例もみられたが、呼吸管理や酸素投与を要するような重症例はなかった。しかし、夏のRSV感染症が特に軽症であったという印象もなく、発熱の程度(最高体温や有熱期間)は冬の典型例と比べて遜色なかった。また、非流行季であったこともあるが、乳幼児のRSV感染症の典型病像である急性細気管支炎と臨床診断し得た児はなく、ウイルス学的検索がなければRSV感染症の診断を下せなかった。

夏に罹患した乳幼児のRSV感染症が軽症であるのか、重症度を論じるには症例数が少なすぎる。今後も夏のRSV流行がわが国でみられるようならサーベイランスを続け、症例を集積するとともにRSVの遺伝子型による表現型(phenotype)の相異なども考慮に入れる必要があろう。

RSVのRT-PCRによる検出は奈良県保健環境研究センターウイルスチームによるものであり、深謝する。

 参考文献
1) IASR 29: 271-273,2008
2) IASR 33: 23-25, 2012
3) Welliver RC, Pediatr Infect Dis J 26(Suppl):s29-35, 2007
4) Shek LP, et al ., Paediatr Respir Rev 4: 105-111, 2003
5)岡本道子,他,IASR 25: 265-266,2004
6)中村正治,他,IASR 29: 278-279,2008

済生会御所病院小児科 松永健司

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