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2018年の風疹の感染拡大を受けた第5期定期接種のこれまでとこれから

(IASR Vol. 43 p40-42: 2022年2月号)

 
1. 2018年の感染拡大

 これまでに幾度となく繰り返される風疹の患者数の増大が2018年夏から秋をピークに発生したが, これが大流行の前兆なのか, 一過性の出来事なのか, はっきりと区別できないものであった。2018年10月22日には, 米国疾病予防管理センター(CDC)が予防接種を受けていないなど, 感染のおそれがある妊娠中の女性に対して日本への渡航を自粛するように勧告したことを受け, 2020年夏に開催される東京オリンピック・パラリンピックに悪影響を及ぼす可能性を懸念する声が高まった。厚生労働省(厚労省)では, 積極的疫学調査を行う等, 基本的な感染症対策を自治体に求めるものの, 国民の最たる関心事はワクチン接種で, 厚労省は迅速な対応が求められた。

2. 増産に長時間を要するMRワクチン

 風疹予防に用いるMRワクチン(麻しん風しん混合ワクチン)は使用期限が短く, また, 製造から出荷までに長時間を要することから, 短期的な需要の増大に供給量を調整することが難しい特徴がある。

 また, 小児の定期接種が需要の大半で, その規模が年間200万回程度であるところ, 仮に100万回規模の需要の増大があると, 小児の定期接種に支障が生じることは不可避であり, その取り扱いは極めて難しいものであった。

 2018年12月に3カ年計画で風疹の第5期定期接種を実施することを厚労省は決定するが, 抗体検査を前置とし, 過去に定期接種機会のなかった男性を対象にすること等, ワクチンの需給バランスも考慮した現実的な制度設計が行われた(図1)。

3. 接種の利便性の向上策

 小児を対象とした定期接種では, 市町村内または同一都道府県内で接種できる体制が整えられている。一方で, 第5期定期接種は対象者が勤労世代の男性であり, 利便性の観点から, 職場の近所(住所地外)や健診の機会に抗体検査やワクチン接種が受けられる体制が強く求められた。

 そのため, 住所地外での接種を基本としたが, 全国で接種できる体制は前例がなかったことから, 全国規模の体制整備の実現が必要となり, 2020年1~3月の間に急ピッチで以下の(1)—(3)の取り組みが実現された。これが, 後に新型コロナワクチンの接種体制の前身となった。

 (1)全国1,741の市町村と数多の医療機関の間で必要となる委託契約の契約事務の効率化(=集合契約の実施)

 (2)全国共通の無料のクーポン券の設定

 (3)抗体検査やワクチン接種後の費用の請求・支払い事務の効率化(=国保連・国保中央会を介した体制整備)

4. 初年度(2019年度)

 3カ年計画の設計当初, 健診の機会を活用して, 風疹の抗体検査を行うことで高い実施率を実現することを目指したが,

 ・ 市町村ごとにクーポン券の発行時期が大きく異なったこと

 ・ さらに, クーポン券を送付する対象世代が市町村ごとに違う可能性があったこと

から, 複雑な状況が生み出され, 健診の機会に風疹の抗体検査が行われることは稀であった。おそらく, クーポン券の送付範囲について, 初年度は1/3程度の世代に限って送付することを原則とする旨を2020年1月下旬に厚労省から市町村に指示したこと, が大きな要因の1つだと考えられる。

 健診の機会の活用は不振であったが, 個別の医療機関で抗体検査や予防接種が一定数進んだ。また, 2020年度に向けて, 2020年1月下旬に経団連・健保連・共済組合等の職域に着目した実施率の向上策が打ち出されたが, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の影響で狙いどおりの行動変容は生じなかった。

5. COVID-19の流行の影響を受けた2020年度・2021年度

 2020年度, 2021年度はステイ・ホーム, 緊急事態宣言の発令など, 日本を含む世界中がCOVID-19の影響を受け, 平時とは大きく違う生活を余儀なくされるとともに, 風疹の抗体検査やワクチン接種の話題がかき消され, 大きな実施率の向上や, 健診機会の活用の大幅な増大は認められなかった。

6. 3年間(2025年3月まで)の延長

 こういった経緯を踏まえ, 当初の目標であった2021年度末に対象世代の抗体保有率を90%以上にする目標はおそらく到達できない状況であることから, 厚労省は2021年12月に第5期定期接種や抗体検査の実施期間を3年間延長することとした(図2)。

 新型コロナウイルスやその変異株が猛威をふるっており, 世界的に重要な課題であることは言うまでもない。
一方で, 風疹対策も長年にわたる日本の課題である。風疹に効果的なワクチンが認められており, ワクチンで予防できる疾患の典型例である。今後, 3年間で抗体検査やワクチン接種の実施件数が伸び, 対象世代90%以上の抗体保有率・集団免疫が日本に構築されることにより, 日本でも風疹排除の目標を達成できることが期待される。


 
厚生労働省健康局健康課予防接種室
 室長補佐 賀登浩章

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