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埼玉県内における外国人職業技能集合講習を発端とした風疹広域感染事例

(IASR Vol. 38 p.188-190: 2017年9月号)

はじめに

風疹は発熱, 発疹, リンパ節腫脹を三徴とするウイルス性発疹性疾患である。2011年にアジアで大規模な風疹流行が発生し, 以降, 海外で感染して, 帰国したのちに風疹を発症した成人男性やその職場での集団発生が散発的に報告されるようになった1-5)。今回, 100名規模の外国人職業技能集合講習が実施された埼玉県内の研修所を発端とした, 風疹の集団広域感染事例が発生したので, 概要を報告する。

端 緒

2016年6月初旬, 埼玉県内のA保健所管内の企業で実習中の外国人実習生が風疹と診断された。患者は企業実習前に県内B保健所管内の研修所(寮を兼ねる)で日本語習得および職業訓練のための集合講習を受けていたベトナム人実習生であった。患者発生を受けて埼玉県保健医療部疾病対策課(現, 保健医療政策課) およびB保健所により疫学調査が開始され, 講習中にさらなる風疹患者がいたことや, 講習終了後, 実習生が全国28自治体の41の受入れ企業に分かれ実習を行っていることが判明した。患者の接触者が広域に及んでおり, 全国規模の対応が必要と判断されたため, 埼玉県から全国自治体に調査協力依頼の要請と, 国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)に対して積極的疫学調査の依頼が行われ情報収集ならびに疫学調査が開始された。

症例定義

症例定義はB保健所管内の研修所または実習生受入れ企業のある自治体において感染症発生動向調査(NESID)に風しん(検査診断例,臨床診断例)として届出をされた者(確定例),3徴候(発熱, 発疹, リンパ節腫脹)のうち発疹を含む1徴候以上を呈し, かつNESIDに風しん(検査診断例, 臨床診断例) として届出をされていない者(疑い例)とした。

事例概要

5月中旬頃~6月下旬頃までに(), 埼玉県から4例, 沖縄県から3例, 岩手県から2例, 他4都道府県からそれぞれ1例の計13例の患者を認めた。11例(85%) がベトナム国籍の実習生であり, ワクチン接種歴は不明もしくはなかった。年齢中央値は22歳(範囲:20-42歳) であり, 性別は男性が10例(77%)と多く, 女性の患者に妊娠中あるいは妊娠の可能性のある者はいなかった。症例定義別では確定例が9例(69%), 疑い例が4例(31%)であった。3例から採取された検体から遺伝子型2Bの風疹ウイルスが検出され, ウイルス遺伝子の配列解析を実施した2例については配列が完全に一致し, 同一株と考えられた。10例(77%)は研修所内で感染したと考えられ, 岩手県と沖縄県から報告のあった5例のうち, 3例は企業実習中の感染伝播が考えられ, 2例は実習生から日本人従業員への感染伝播を認めた。風疹を発症した従業員は30~40代の男性であり, ワクチン接種歴はなかった。患者の発生した9つの受け入れ企業の業種は製造業, 建築・建築資材加工業であり, 少なくとも300人以上の従業員が風疹ウイルスに感染するリスク状況にあったと考えられた。本事例は最後の症例の感染可能期間から6週間(実習生来日から99日目まで)経過した時点で新たな風疹患者を認めず, 8月上旬に終息したと判断された。

考 察

本事例では多数の外国人実習生が集合講習中に風疹ウイルスに曝露し, 講習中や企業実習中に発症し, 一部実習生から受け入れ企業従業員へ伝播した。今回検出された風疹ウイルス遺伝子型2Bは, 当時ベトナムで流行していた遺伝子型であった6)。潜伏期間を考慮すると, 今回の集団発生の発端患者が, ベトナム国内で感染し, 日本国内に持ち込んだ可能性が高いと考えられた。また, 受け入れ企業従業員の患者は30~40代の男性であり, ワクチン接種歴がなかった。予防接種法に基づく感染症流行予測調査によると, 年齢/年齢群別の風疹抗体保有状況(2016年)において, 患者の年代を含む30~50代の成人男性は抗体保有率が低いことが示されている7)。不顕性感染の可能性を含め, 風疹ウイルス曝露のリスクがあった受け入れ企業の従業員やその家族等の人数や, 実習生の受け入れ企業が日本全国広範囲に及んだことを考慮すると, 本事例のインパクトは大きい。

現在, 外国人技能実習生を受け入れ, 来日後1カ月程度の集合講習を実施し, その後全国の受け入れ企業で技能実習を行う方式をとる受け入れ事業が数多く実施されている。感染症については出入国管理および難民認定法において, 1類, 2類感染症, 新型インフルエンザ等感染症もしくは指定感染症の患者については日本への上陸を禁じている。一方で風疹や麻疹を含むその他の感染症については定めがなく, 今回の受け入れ事業者においては, 研修受け入れ手続き上で風疹や麻疹等の感染症の罹患歴, 予防接種歴の確認, 教育は実施していなかった。本事例を通じて, 風疹が国内に持ち込まれ, 集合講習を通じて全国に感染拡大を引き起こすリスクがあることが示唆されたが, 今後も外国人技能実習生の受け入れ事業の拡大が予想されるため, 同様の事例が日本国内で起こる可能性は高い。従って, 平成32(2020)年度までに風疹排除を目標としているわが国において8), 実習生の出身国の風疹流行状況を考慮し, 実習生に対し, 来日前の予防接種の推奨, 感染症教育, 予防策の指導を実施することが重要である。また, 受け入れ企業も実習生の出身国の感染症の状況を把握し, 従業員への予防接種の実施など, 海外研修生の受け入れのための感染症対策を行う必要がある。

また, 本事例においては,集合講習中に診断された風疹患者が医療機関から保健所に迅速に届出がされていなかった。医療機関から届出がなければ保健所が探知することは困難であり, 医療機関には, 風疹が全数届出疾患であることについての周知徹底を平時より行うことが早期探知に向け大切である。

本事例のように接触者や患者発生が複数の保健所管轄地を越えて広範囲に及んだ場合, 円滑な情報共有が難しい場合が多い。しかし今回は, 患者探知以降埼玉県から関係自治体に対し迅速な情報共有がなされ, 早期からの健康観察および患者発生時の早期探知が可能となり, 各自治体において風疹に対する適切な対応が行われた。このような感染症広域事例に備えるためには, 平時より自治体間での情報共有や連携体制を構築していくことが重要である。

 

参考文献
  1. 三好正浩ら, 北海道内の事業所で発生した風疹の集団感染事例, IASR 32: 254-255, 2011
  2. 渡邉香奈子ら, 新潟県内のA事業所で起きた風疹感染, IASR 32: 252-254, 2011
  3. 澁澤美奈ら, 外国系労働者の多い事業所における風疹の集団感染事例―前橋市, IASR 34: 100-101, 2013
  4. 加藤博史ら, 静岡県内のA事業所を中心に発生した風しんの集団感染事例, IASR 36: 126-128, 2015
  5. 赤地重宏ら, ベトナム帰国者より風疹ウイルスが検出された症例―三重県, IASR 37: 31, 2016
  6. Acceleration Towards Measles and Rubella Elimi-nation 2016 “Overview of Measles and Rubella Genotypes and MeaNS and RubeNS Update”. Measles & Rubella Initiative
  7. 感染症流行予測調査抗体保有状況-風疹2016
  8. 風しんに関する特定感染症予防指針, 平成二十六年三月二十八日, 厚生労働省告示第百二十二号

 

国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース(FETP) 小林祐介
同 感染症疫学センター
 神谷 元 福住宗久 森野紗衣子 佐藤 弘 松井珠乃 砂川富正 多屋馨子 大石和徳
同 ウイルス第三部 森 嘉生
埼玉県保健医療部疾病対策課(現保健医療政策課他)
 芦村達哉 岡部敏行 西谷由紀子 椎根真太郎

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