国立感染症研究所

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熱帯魚の水槽が感染源と推定された乳児のサルモネラ感染症事例

(IASR Vol. 39 p163-165: 2018年9月号)

2014年3月に双生児の乳児(男児, 発症時3か月齢)のサルモネラ感染症事例が発生し, その後8月まで4カ月以上にわたって排菌が確認された。調査の結果, 患児宅にて飼育されていた熱帯魚のディスカスの水槽が感染源と疑われた。本稿では, 患児およびディスカスの水槽から分離されたサルモネラを精査したので, その結果を報告する。

事例の概要

北海道内の病院(以下, 病院)から, 2014年3~8月まで4カ月以上にわたって双生児の乳児(男児, 発症時3か月齢)2人からサルモネラが検出されている事例に関して, 北海道立衛生研究所に相談があった。病院による調査の結果, 患児宅では複数の熱帯魚(ディスカス, コリドラス)と両生類(ウーパールーパー)を飼育しており, これらの動物または飼育水槽が感染源ではないかと疑われた。病院での細菌検査により, 患児およびディスカスの水槽水からサルモネラが検出されたことから, 本事例に対する精査を当所で行うこととなった。対象検体は, 患児由来サルモネラ15株(患児1由来7株, 患児2由来8株)およびディスカスの水槽水由来3株の計18株である。

患児の経過
図1

患児は2人とも2014年3月20日に初診を受け, 入院した。患児1は胃腸炎症状(軟便) と発熱(37.4℃)はあったものの活気がある状態だったため, 整腸剤のみの処方で治療した。翌21日には解熱し, 全身状態良好となった。一方, 患児2は胃腸炎の他, 尿路感染(病院にて大腸菌とEnterococcus faecalisを検出)を併発していたため, 入院中, 整腸剤と輸液に加えて抗菌薬(セフォタキシム, CTX)の投与を行った。患児2も22日には解熱した。両患児ともに症状が軽快したため, 24日に退院した。退院後は両患児とも無症状だったが, 3月末~8月上旬まで病院による細菌検査(計5回)でサルモネラが検出されたことから, 除菌目的で8月18日から1週間, 両患児に抗菌薬(セフジニル, CFDN)を投与した。投薬治療後の細菌検査(8月27日, 10月1日)で両患児ともサルモネラ陰性だったため, 整腸剤2週間分を処方し, 治療を終了した。

ディスカスの飼育状況
図1

3月および7月の細菌検査でディスカスの水槽水からサルモネラが検出されたため, 患児の両親は7月14日~8月6日の間(詳細な日付は不明)にディスカスの水槽のみ別室に移動した。その際, ディスカスが死亡したため, 水槽を処分した。

検 査

全菌株に対して, コロニー形態の観察(DHL寒天培地およびクロモアガーサルモネラ培地), 確認培地(TSI寒天培地, LIM培地, VP半流動培地, シモンズのクエン酸培地, マロン酸塩培地)を用いた生化学的性状検査, 血清型別を実施した。また, 一部の菌株に対してディスク拡散法による薬剤感受性試験と, 制限酵素Bln IおよびXba Iを用いたパルスフィールド・ゲル電気泳動(以下PFGE)を実施した。薬剤感受性試験は, アンピシリン, レボフロキサシン, シプロフロキサシン, ノルフロキサシン, スルファメトキサゾール・トリメトプリム, セフォタキシム, セフタジジム, セフポドキシムの計8薬剤に対して実施した。

結 果

患児1由来7株はすべてSalmonella Newport(O6, 8:e, h:1, 2, 以下Newport)だった。患児2由来8株のうちNewportは6株, 残り2株は自己凝集によりO抗原が型別不能(untypable, 以下UT)のSalmonella OUT:e, h:1, 2(以下OUT:e, h:1, 2)だった。ディスカスの水槽水由来3株はすべてNewportだった。患児の両親, ウーパールーパーおよびコリドラスの水槽水からサルモネラは検出されなかった。患児およびディスカスの水槽水から検出されたNewport, OUT: e, h:1, 2について一般的な性状を比較したところ, DHL寒天培地およびクロモアガーサルモネラ培地上のコロニー形態は典型的なサルモネラ様で, 生化学的性状にも差はなかった。次に, PFGEによる比較を行った。制限酵素Bln Iを用いたPFGEの結果, 患児1, 患児2, ディスカスの水槽水から分離されたNewport, OUT:e, h:1, 2のPFGEパターンはすべて一致した。図2に代表株のPFGEパターンを示した。Xba Iを用いた場合でもPFGEパターンはすべて一致した。薬剤感受性試験をNewport 8株(患児1由来3株, 患児2由来3株, ディスカスの水槽水由来2株)に対して実施した結果, 検査した8薬剤に対して感受性だった。

考 察

患児およびディスカスの水槽水から検出されたNewport, OUT:e, h:1, 2の生化学的性状, 薬剤感受性およびPFGEパターンがすべて一致したことから, 患児2から分離されたOUT:e, h:1, 2は同一起源のNewportが抗原変異を起こした菌株だと考えられた。これらの結果, 本事例はディスカスの飼育水槽が感染源と推定された。また, 患児2は3月31日にいったんサルモネラ陰性となったが, その後再びサルモネラが検出されており, 両患児ともにサルモネラ陰性となったのはディスカスの水槽処分と抗菌薬投与(8/18~25)の後であった(図1)。患児の両親からはサルモネラが検出されず, 洗面台や台所等家庭内の環境調査もできなかったため, 感染経路の特定には至らなかったが, ディスカスの水槽水と両患児間で家庭内の何らかの経路を介してサルモネラが伝播したと考えられた。

国内では熱帯魚を原因とするサルモネラ感染症事例の報告はないが, 海外では1980年代から熱帯魚の水槽がサルモネラの感染源になる危険性が指摘されてきた1)。実際に, 2000年代にカナダとオーストラリアで発生したS. Paratyphi B感染事例では, 患者と患者宅の熱帯魚の水槽から遺伝的に近縁な菌株が分離されたと報告されている2,3)。日本では熱帯魚の購入が容易で, 飼育している家庭は多いと思われる。給餌や水槽の清掃時に手洗い等の衛生対策が不十分な場合は, サルモネラに感染, 発症する危険性があり, 小児が発症した場合は重篤化する可能性が高い4)。また, 乳幼児の場合は慢性下痢の原因になり得る4)。これまでにハ虫類を原因とするサルモネラ感染症は国内でも発生があり, 厚生労働省から通知と事務連絡が発出されているが5,6), 熱帯魚とサルモネラ感染症の関連性に対しては注意喚起がなされているものの7), 通知等は発出されていない。今後, ハ虫類だけではなく, 熱帯魚に関してもサルモネラ感染症の危険性と予防策について留意する必要がある。

 

文 献
  1. Sanyal, et al., Epidemiology and Infection 99: 635-640, 1987
  2. Gaulin, et al., Canadian Journal of Public Health 96(6): 471-474, 2005
  3. Levings, et al., Emerging Infectious Diseases 12(3): 507-510, 2006
  4. 田口真澄ら, 食品由来感染症と食品微生物: 153-191, 中央法規出版, 東京, 2009
  5. 厚生労働省健康局結核感染症課長通知, 健感発1222002号「ミドリガメ等のハ虫類を原因とするサルモネラ症発生事例に係る注意喚起について」, 平成17年12月22日
  6. 厚生労働省健康局結核感染症課事務連絡「カメ等のハ虫類を原因とするサルモネラ症に係る注意喚起について」, 平成25年8月12日
  7. 動物由来感染症 ハンドブック2018
    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000155227.pdf

 

北海道立衛生研究所
 小川恵子 久保田晶子 森本 洋
名寄市立総合病院臨床検査科
 菅野進一 野口卓朗

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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