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富山県で確認されたイヌの重症熱性血小板減少症候群の同時複数発生例

(IASR Vol. 43 p218-219: 2022年9月号)

 
はじめに

 重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome: SFTS)は, SFTSウイルス(SFTSV)を原因とするマダニ媒介性感染症で, 国内では年間50-100名程度の患者が発生している。SFTSは, 国内におけるヒトの致命率が27%と非常に高いことから1), その流行地域において公衆衛生上, 重要な疾患となっている。近年, SFTSVのヒトへの感染様式として, マダニからの刺咬だけでなく, SFTSを発症したイヌやネコの体液からの接触感染が報告されている1)。富山県においては, これまでに猟犬がSFTSV抗体を保有していたことが報告されているが2), ヒトおよび動物のSFTS症例は報告されていなかった。今回, 2022年5月に県内で飼育されている同居のイヌ4頭のうち2頭が同時期にSFTSを疑う症状を呈したため検査したところ, SFTSV感染が初めて確認されたので報告する。

方 法

 イヌA (中型犬, 去勢雄, 8歳)については, 第7~82病日の期間に血清, 尿, 口腔ぬぐい液, 直腸ぬぐい液を採取し, イヌB (大型犬, 去勢雄, 14歳)については, 第10~83病日の期間に血清, 尿を採取した。イヌAとイヌBの同居犬2頭については, イヌAの第9病日(イヌBの第10病日)時点で血清を採取した。血中のSFTSV特異IgM抗体価およびIgG抗体価については, SFTSV YG-1株感染VeroE6細胞を抗原とする間接蛍光抗体法により判定した。遺伝子検査は, NP遺伝子を検出するreal-time RT-PCR法3)により行った。遺伝子検査で陽性となった検体については, VeroE6細胞を用いてウイルス分離も行った。ウイルス分離の結果は, 培養上清中の遺伝子検出および感染細胞中の抗原検出により判定した。

結 果

 表1にイヌAの症状および臨床検査所見を示す。イヌAは5月1日に発熱, 嘔吐, 元気消失で発症し, 第2病日からは食欲不振も認められた。第6病日には皮下出血, 赤色尿が認められ, 入院となったが, 第7病日には諸症状は消失した。臨床検査値では赤血球減少, 白血球減少および血小板減少, ビリルビン値, 肝酵素, CRP値, CK値, BUN値の上昇等が認められた。また, 第6病日には尿検査も実施し, 比重1.016, 蛋白(++), 潜血(++), 糖(+)であった。臨床検査値がほぼ正常化した第16病日に退院した。イヌBは, イヌAの発症前日(4月30日)に発熱(39.7℃), 食欲不振, 元気消失を認めたものの, 症状は1日で消失した。臨床検査では, 発症日には血小板減少とCRP上昇が認められたが, 第10病日には正常化していた。

 表2に, イヌ2頭のSFTSV検査所見を示す。2頭とも初回採取時点(イヌA:第7病日, イヌB:第10病日)でIgM抗体とIgG抗体が検出された。2頭のIgG抗体価はほぼ同等であったが, IgM抗体価はイヌAの方が高かった。一方, SFTSV遺伝子量は検体が得られた範囲では2頭ともほぼ同様に減衰する経過をたどった。血液検体では第7~13病日で低コピー数の遺伝子が検出され, 発症後約2週間で遺伝子は検出限界以下になった。イヌAでは, 直腸ぬぐい液の遺伝子量は血液と同程度であり, 口腔ぬぐい液からは第13病日時点で遺伝子は検出限界以下であった。一方, 2頭とも, 尿からは他の検体に比べて数千倍高い遺伝子量が検出された。発症後1カ月以降は遺伝子量が減少したものの, 2カ月以上の長期間にわたり遺伝子が検出された。遺伝子量が3.7×106copies/mL以上と多かった発症3週間までの尿からは, ウイルス分離が確認できた。遺伝子陽性の他の検体からは, ウイルスは分離されなかった。

 なお, SFTSV陽性となったイヌ2頭は, 他の同居イヌ2頭とともに平野部郊外にある自宅室内および室外(庭で放し飼い)で飼育されていた。また, イヌの飼育者は県内西部の山間部に私有地を所有しており, イヌは発症1週間前と発症直前に山間部で行動していた。イヌにはマダニ予防薬は投与されておらず, 自宅内ではマダニの付着を認めなかったものの, 山間部で行動した際にはマダニの付着が確認された。体調に異常のなかった同居イヌ2頭は, SFTSV遺伝子, 特異抗体ともに陰性であった。

考 察

 SFTSV感染を確認したイヌ2頭の発症日は1日違いであったため, 異なるSFTSV保有マダニがそれぞれのイヌを刺咬したと推定された。イヌAは重篤な症状を示し, イヌBは軽症であったが, SFTSV遺伝子量の消長は2頭とも同様の経過をたどった。一方, IgM抗体価は重症であったイヌAで高値であったが, その理由は不明である。イヌAにおいて第6病日に認められた赤色尿の原因は, 同日のCK値が高値であったことから横紋筋融解によるミオグロビン尿が疑われた。また, 横紋筋融解によると思われる赤血球減少, BUN値の増加も認められた。

 本調査で特筆すべき所見は, 尿からSFTSV遺伝子が他の検体に比べて高濃度に検出され, 検出期間も2カ月以上と長期間であったことである。これまで, ネコやマウスにおけるSFTSV実験感染では, 尿から遺伝子は検出されるものの, 血液等の他の検体に比べて検出量は多くないことが報告されている4,5)。また, ヒトのSFTS症例においても尿から長期間にわたり遺伝子が検出されるという報告はない。今回のイヌ2頭の尿から遺伝子が多量かつ長期間検出されたことについては, 今後, より多くの症例で検証していく必要があると考えられる。

 今回のイヌ2頭の臨床症状の消失は第7病日と第2病日であったが, 直腸ぬぐい液からは発症後2週間, 尿からは発症後2カ月時点でも遺伝子が検出されていた。また, 尿には感染性ウイルスが少なくとも発症後3週間まで排出されていたことから, 飼育者や獣医療従事者は, 症状が消失した後も体液, 特に尿の取り扱いには留意する必要があると考えられた。

 

参考文献
  1. Kobayashi Y, et al., Emerg Infect Dis 72: 356-358, 2020
  2. 森川 茂ら, IASR 34: 303-304, 2013
  3. Yoshikawa T, et al., J Clin Microbiol 52: 3325-3333, 2014
  4. Park ES, et al., Sci Rep 9: 11990, 2019
  5. Park SC, et al., Lab Anim Res 36: 38, 2020

富山県衛生研究所        
 佐賀由美子 矢澤俊輔 嶌田嵩久 五十嵐笑子 稲崎倫子
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