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重症熱性血小板減少症候群による死亡症例からの体液曝露感染リスクの検討

(IASR Vol. 38 p.169-170: 2017年8月号)

重症熱性血小板減少症候群(SFTS)では, 海外で患者から医療者への感染事例が複数報告されている1,2)。国内では2013年の初報告3)以降, ヒト―ヒト感染事例は確認されていない。しかし病原体であるSFTSウイルスはクリミア・コンゴ出血熱(CCHF)の病原体と同じブニヤウイルス科に属し, SFTSの病態もCCHFのそれと類似しており, CCHFでもヒト―ヒト感染事例が報告されていることから, SFTSでもそのリスクが生じるものと推測される。SFTS症例から医療従事者への院内感染予防については, 2015(平成27)年度日本医療研究開発機構感染症実用化研究事業「SFTSの制圧に向けた総合的研究(研究分担者:加藤康幸)」の成果物として国立国際医療研究センターから提示された「重症熱性血小板減少症候群 (SFTS) 診療の手引き」4)に記載されている。遺体の取り扱いに関してもこの中で述べられているが, 法律上の指針はない。本稿では当院で2016年に経験した症例の経過, 検査結果から遺体からの感染リスクを考察する。

症例は80代男性。2016年10月に発熱を主訴に救急外来受診した。明らかなマダニ刺咬傷の病歴はなかったが, 本人がマダニ媒介性感染症の知識を持っており, 入院希望された。初診時, 意識は清明で消化器症状は認められなかった。血液検査では白血球数, 血小板数ともに正常範囲内にあったが, AST, ALT, LDH値が上昇していた()。当院が位置する三重県伊勢市周辺では, 日本紅斑熱患者報告数が過去10年間で300例を超え, 同年には患者居住地周辺でSFTS症例の発生があった。日本紅斑熱, SFTSを考慮し, 入院のうえ, ミノサイクリンとレボフロキサシンを投与した。入院翌日から下痢を中心とする消化器症状, 血圧低下, 意識障害が出現した。入院4日目の血液検査では白血球数, 血小板数低下が確認され, SFTSが強く疑われた。口腔内, 皮下に出血所見があり, 血液検査では白血球, 血小板減少に加えCRE, AST, ALT, LDH, CKの上昇が認められた。大量輸液やカテコラミン投与, 血小板輸血などを行ったが, 症状, 血液検査データともに悪化し, 入院7日目に死亡した。

患者生存中の院内感染対策は, 個室管理とし, 診療を担当する医療者は標準予防策に加え, ディスポーザブルガウン, フェイスシールドマスクを着用した。死亡後に, 本人の生前意思に従い病理解剖を施行したが, 解剖時の感染対策は過去に病理解剖を行った施設5)の対応を参考にした。葬儀会社による遺体の処置や, 知人などの遺体への接触など, 退院後の感染リスクに関しては, 直接病院は対応できないため, 国際医療協力センターなどに意見を伺い, 家族に感染リスクがあることを説明し, 同意を得て体液が漏れないように遺体を手術用ドレープで覆い, 棺桶に収めた。また, 家族の判断で遺体を通夜までに火葬し, 参列者が体液に触れることを避けた。

三重県保健環境研究所で, 死亡当日の患者体液を検査した。「国立感染症研究所 SFTSV検査マニュアル」に基づき, 血液, 血清, 尿, 便の各検体に対しコンベンショナルPCR法によるウイルス遺伝子の検出を試みた。血液, 血清, 尿はQIAGEN社のQIAamp Viral RNA Mini Kitを用い検体から核酸を抽出し検査に供した。便はPBSにて10%乳剤としたのち, 3,000rpmで5分遠心した後の上清を他の検体同様QIAamp Viral RNA Mini Kitを用いて核酸を抽出し使用した。遺伝子検出はマニュアルに準拠し, 2種類のプライマーセットを用いPCRを実施した。判定はマニュアル記載のとおり, 2種類のプライマーセットのうち双方あるいは一方においてウイルス由来遺伝子の増幅が認められたものを陽性と判定した。すべての検体から遺伝子の増幅が認められ, 血液, 尿, 便中にウイルスの存在が確認された。

現状でSFTSに確立された治療法はなく, 致命率は20%を超える6)。過去の国内発生SFTS症例の検討では, 急性期の血液中ウイルス量が多いほど致命率が高くなることが報告されている7)。他に年齢, 中枢神経症状の有無, 血小板数, 血液CRE, AST値なども致命率と関係がある8)。死亡例では, 発症から死亡までの期間などから免疫が誘導される前に体内でウイルスが増殖して死亡するものと考えられ, SFTSで死亡した遺体の体液には感染性のあるウイルスが含まれると推測される。本症例で死亡時の体液中に確認されたウイルスは, 遺体からの感染性を直接証明するものではないが, すべての体液に感染性があるものと捉え, 遺体の処理時においても, 直接遺体にふれないよう予防を徹底する必要があると考える。「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)診療の手引き(改訂版第4版)」4)の中にガイダンスが示されている。

 

参考文献
  1. Gai Z, et al., Clin Infect Dis 54: 249-252, 2012
  2. Kim WY, et al., Clin Infect Dis 60(11): 1681-1683, 2015
  3. 西條政幸ら, IASR 34: 40-41, 2013
  4. 加藤康幸, 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)診療の手引き改訂版(第4版)2016年
  5. Hiraki T, et al., Pathology International 64: 569- 575, 2014
  6. NIID国立感染症研究所Available at:
    http://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/3143-sfts.html
  7. Yoshikawa T, et al., J Clin Microbiol 52(9): 3325-3333, 2014
  8. Kato H, et al., PLoS One, October 24, 2016, DOI: 10.1371/journal.pone.0165207

 

伊勢赤十字病院感染症内科 坂部茂俊
三重県保健環境研究所 赤地重宏

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