国立感染症研究所

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飲料水が原因となった複数の腸管出血性大腸菌による食中毒事例-長野県

(IASR Vol. 33 p. 120-121: 2012年5月号)

 

2011年7月、県中部の宿泊施設の飲料水が感染源と疑われた複数の腸管出血性大腸菌(EHEC)O103:H2(VT1 )、O121:H19 (VT2 )およびO145:H-(VT1 )(以下O103、O121、O145)を原因とする食中毒事例が発生したのでその概要を報告する。

事例の概要
2011年7月23日、医療機関から管轄保健所に、O121およびO145の混合感染の患者(A小学校児童)1人の届出があった。保健所で家族5人と患者が通うA小学校の同学年の有症者1人について検便を行ったところ、7月27日有症者1人から初発例と同じO121およびO145が検出された。保健所の疫学調査の結果、A小学校は7月14~15日にかけて県中部の宿泊施設を利用した行事を実施しており、行事に参加した児童および教員の38人中15人が消化器症状を呈していたことが判明したことから、7月25日健康調査および検便の対象者を行事参加者全員に拡大したところ、7月28日以降、行事参加者21人からO103、O121およびO145が単独または混合で検出された()。さらに、同一郡内のB小学校でもA小学校の1週間前に当該施設を利用していたため検便を行ったところ、児童2人のO103、O145感染が判明した。7月14~15日にかけての当該施設の利用者は、A小学校グループを含む8グループ52人で、うち2グループ16人が、7月16~22日にかけて腹痛、下痢、発熱等の症状を呈していた。

また、施設の使用水(蛇口から出る水)からO121が検出されたため、患者由来株とパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を実施したところ、同一パターンを示した。患者の共通飲食物はこの施設が提供した食事だけであること、施設の使用水から検出されたO121が患者由来株とPFGEパターンが一致したことなどから、この施設で提供した飲食物を原因とする食中毒と断定された。

なお、最終的には7月5~27日までの当該施設の利用者は121グループ316人で、うち発症者は14グループ37人であることが確認された。

材料および方法
施設利用者、接触者等の便 191検体、施設従事者等の便4検体、施設の使用水等4検体(蛇口から出る水、湧き水、受水槽入り口の水、児童が持ち帰った水)、食品2検体、ふきとり6検体、施設近隣で飼育されている牛の糞3検体の総検体数 210検体について、保健所において検査を実施した。

調査を開始した当初の患者便の検索は、DHL 寒天培地、白糖加SS寒天培地による直接塗抹およびTSB 培地、ノボビオシン加mEC(NmEC)培地による増菌培養法を行い、小学校調査以降はDHL 寒天培地、クロモアガーSTEC培地を用いた直接塗抹培養法のみで実施した。なお同定にあたっては、エンテロヘモリジン培地による溶血性の確認を実施することで検査の効率化を図った。施設の使用水等水の検査は、 200ml~1lをメンブランフィルターでろ過し、分離培地にスタンプ後、または直接、TSB 培地、NmEC培地等で増菌培養を実施した。分離された株については、当所において制限酵素Xba Iを用いてPFGEにより分子疫学解析を実施した。

検査結果
施設利用者等の便 196検体中36検体からO103、O121およびO145が検出され、そのうち6検体は混合感染であった。施設の使用水等は4検体中1検体からO121およびO84 が、牛糞は3検体中1検体からEHEC(OUT)が検出され、食品、ふきとりからは検出されなかった()。これら感染者由来株42株と、水由来株1株についてPFGEを実施したところ、O121の5株(感染者由来株4株、水由来株1株)に関しては1株が1本差異がみられた他はすべて同一パターン()、O103の26株、O145の12株に関しては1~3本の差異がみられたものの大多数は同一パターンを示した。

考 察
本事例は、感染者等由来株と施設の使用水由来株のPFGEパターンが同一であったことから、施設の使用水が感染源となった可能性が強く示唆された。また、施設の使用水からはO121とO84 しか検出できなかったが、感染者からはO103、O121、O145の3種の血清型が分離され、このことから使用水も複数の菌で汚染されていたことが推察された。その後の保健所の調査では、使用水の汚染原因が自家水の管理不備によるものと考えられ、自家水の管理の徹底がより一層重要であることを再認識させられた。

検査にあたっては、初発患者から菌を分離した検査機関に生化学的性状等を確認してから検査を実施したことで検出が容易になった。菌の検索にあっては多くの作業量が必要であり、また限られた人足で実施するためには、行政・民間の枠を超えた検査担当者同士の情報のやり取りは、とても重要であると感じられた事例であった。

長野県環境保全研究所
上田ひろみ 笠原ひとみ 宮坂たつ子 藤田 暁
長野県上田保健福祉事務所
小野諭子 関 映子 坂本 淳 鈴木由美子*1 倉石雅彰 宮川公子
(*1現長野県北信保健福祉事務所)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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