梅毒 2008~2014年
(IASR Vol. 36 p. 17-19: 2015年2月号)
梅毒は細菌感染症であり、梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum、以下T. pallidum)が病原体である。T. pallidumは直径0.1~0.2μm、長さ6~20μmのらせん状である。活発な運動性を有し、染色法や暗視野顕微鏡で肉眼的に観察できる。試験管内培養ができないため、病原性の機構はほとんど解明されていない。
日本では1948年に性病予防法により、全数報告を求める梅毒患者届出が開始された。1999年4月からは、梅毒は感染症法により全数把握対象疾患の5類感染症に定められており、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出ることが義務づけられている(届出基準http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-11.html を参照)。
感染経路と症状:早期感染者の患部からの滲出液などに含まれるT. pallidumが、主に性的接触により、粘膜や皮膚の小さな傷から侵入して感染する。また、感染した妊婦の胎盤を通じて胎児に感染した場合は、流産、死産、先天梅毒を生じる原因となる。なお、母乳による母子感染は通常成立しないと考えられている。
T. pallidumが感染すると、3~6週間程度の潜伏期の後に、感染箇所に初期硬結や硬性下疳がみられ(I期顕症梅毒)、その後数週間~数カ月を経過するとT. pallidumが血行性に全身へ移行し、皮膚や粘膜に発疹がみられるようになる(II期顕症梅毒)。これらI期顕症梅毒、II期顕症梅毒を早期顕症梅毒と総称する。感染後数年~数十年経過すると、ゴム腫、心血管症状、神経症状などが出現する場合があり、これを晩期顕症梅毒という。早期と晩期顕症梅毒の間に症状が消える無症候期があり、これが、診断・治療の遅れにつながることがある。
先天梅毒では、生後まもなく皮膚病変、肝脾腫、骨軟骨炎などが認められるものを早期先天梅毒と称する。乳幼児期は症状を呈さず、学童期以降Hutchinson3徴候(実質性角膜炎、内耳性難聴、Hutchinson歯)を呈するものを晩期先天梅毒という。
検査と治療:梅毒の起因菌であるT. pallidumは培養ができない。患部のT. pallidumを顕微鏡で直接観察するか、患者血清中に菌体抗原およびカルジオリピンに対する抗体を検出することで診断する(本号4ページ)。抗体陽転前の早期には、PCRにより皮膚病変からT. pallidum遺伝子を検出する方法が抗体検査の補助手段として検討されている(本号5ページ)。
治療にはペニシリン系抗菌薬が有効であり、耐性菌は報告されていない。
患者発生動向:日本では、梅毒は1999年4月に性病予防法による届出から感染症法による届出に変わったことに留意する必要があるが、1948年以降、患者報告数は大きく減少した(図1)。1967年、1972年、1999年、2008年に小流行がみられるが、その原因は特定されていない。2008年以降の報告数に着目すると、2010年以降増加傾向に転じている。2008~2014年の患者報告数は計6,745例(男性は5,262例、女性は1,483例)で(2015年1月15日集計暫定値)、うち早期顕症梅毒が3,740例(I期1,290例、II期2,450例。年平均人口10万対罹患率0.42)、晩期顕症梅毒が399例、無症候が2,567例、先天梅毒が39例であった(表1)。この間の年平均人口10万対罹患率は0.75である(表2)。都道府県別では、東京、大阪、愛知、神奈川、福岡で全国の報告数の62%を占めた(表2)。
梅毒の病期別年齢分布を図2に示す。T. pallidum感染早期の患者動向を反映する早期顕症梅毒患者の年齢は20~44歳にかけて広いピークを持つ。早期顕症梅毒では、男性は2012~2014年にかけて20~40代が増加し、女性は2013~2014年にかけて報告が倍増し、特に10~20代での増加が目立った(図3・左)。ちなみに、18歳未満の早期顕症梅毒の報告数は、2008~2014年まで計57例(各年14、4、5、4、6、10、14例。男性21例、女性36例)であった。感染経路として、男性では同性間性的接触による感染が2008年以降増加を続けている(図3・右)。女性では異性間性的接触による感染が大部分であるが、男性においても2012年以降異性間性的接触による感染が増加している。
先天梅毒は2014年に増加がみられた(表1)。2008~2014年までの出生10万当たり報告数は、各年0.8、0.5、0.1、0.6、0.4、0.4、1.0(出生数は人口動態統計による確定数、2014年のみ推定値)であった。性感染症罹患による受診時、献血、妊婦健診、手術前の検査などの機会に梅毒抗体検査を受けて発見された無症候患者も2013~2014年に増加している(表1)。
予防対策:不特定多数の人との性的接触がリスク因子であり、その際のコンドームの非使用はそのリスクを高める。梅毒の陰部潰瘍はHIVなど他の性感染症の感染リスクを高めるとともに、HIV感染症に梅毒が合併すると相互に影響を及ぼし、HIV感染症および梅毒の進行が早まり重症化しうる(本号6ページ)。過去には感染性のある患者の血液に由来する輸血による感染が問題となったが、現在はスクリーニング技術の進歩により輸血による新規の患者発生は認められていない。一方、針刺し事故や実験室感染等に対する注意が必要である。胎盤が形成される妊娠16週以降の胎児にT. pallidum感染が起こると先天梅毒の発症リスクが増加するので、その予防には、妊娠早期の梅毒抗体検査と感染が認められた場合には早期の治療を行うこと、および妊娠中の梅毒感染の防止を図ることが重要である(IASR 34: 113-114,2013)。
近年、無症候性および早期顕症梅毒患者の増加がみられ、国外でも患者数の増加が報告されていること(本号8ページ)から、①オーラルセックスやアナルセックスでも感染すること(本号7ページ)、②終生免疫は得られず再感染すること、③早期顕症期に診断されず、長期の無症候期に治療を行わないと病態が進行して晩期顕症となる等の情報提供は、若年層を中心とした梅毒に関する啓発上重要である。また、診断した医師は届出を行うとともに、患者ばかりでなく、必要に応じてその性行為パートナーに対する教育、検査等を行うことも必要である。
なお、性感染症に関する特定感染症予防指針に基づきホームページ等(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/)を通じて、啓発活動が行われている。