印刷
logo

創部よりClostridium tetani 菌株が分離された破傷風の1例

(IASR Vol. 33 p. 163-164: 2012年6月号)

 

はじめに
破傷風は創傷から感染したClostridium tetani が産生する破傷風毒素によって引き起こされる疾患であり、その特徴的な臨床症状(開口障害や強直性痙攣など)により診断される例が多く、臨床材料から菌が検出される例は稀である。今回我々は、創部からC. tetani 菌株が分離され、分離菌株において破傷風毒素産生性を確認し、微生物学的診断が可能であった症例を経験したので報告する。

症 例
75歳男性。既往歴は高血圧、高脂血症。2011年11月初旬頃に本人も気が付かないうちに右拇趾を受傷したが、病院を受診せずにジャガイモの植え付け農作業を行っていた。また、患者は足白癬があり、農作業の際には足先を切った長靴を使用していた。11月28日夜より胸部から腰部の疼痛が出現し、11月29日当院外来を受診した。心電図、心エコー、胸部X線、血液検査を施行するも特に異常を認めなかった。12月1日下腹部から腰部の疼痛、呼吸困難、冷汗も出現するようになったため経過観察のため入院となった。入院時、血圧145/83mmHg、脈拍98回/分、体温37.1℃、SpO2 95%(酸素1l/分)、意識清明で呼吸困難感を伴っていた。検査所見はWBC 6,700/μl、CRP 0 mg/dlと炎症所見は認められず、CPK 326 U/lと筋逸脱酵素の軽度上昇を認めるのみであった。入院数時間後より気分不良、腹部膨満、腹部硬直、著明な発汗、開口障害、項部硬直を認めた。バビンスキー反射陽性、膝蓋腱反射亢進、ミオクローヌス陽性、病歴上外傷の既往があったことから破傷風が強く疑われた。軽度腫脹発赤のあった右拇趾から培養検査のために皮膚組織片を採取したのち、デブリードマンを行った。集中治療室に入室し、気管挿管し人工呼吸器管理を行った。開口障害のため気管内挿管に難渋した。抗破傷風人免疫グロブリン、抗菌薬(アンピシリン/スルバクタム、クリンダマイシン)を投与し、プロポフォール持続静注による暗室での呼吸管理、循環管理により、鎮痛鎮静に努めたところ、血圧の大きな変動は認められなかった。痙攣時にはジアゼパムを単回投与した。入院第9日目に創部皮膚組織よりC. tetani の培養検査結果報告があった。項部硬直、四肢筋の硬直、開口障害も軽減し、入院第11日目に抜管した。酸素投与をしながら入院第14日目より食事開始となった。胸腹部疼痛、四肢疼痛、嘔気等の症状が続いたが、順調に回復し、2012年1月21日(入院第52日目)に軽快退院となった。

微生物学的検査
創部皮膚組織片(滅菌スピッツ使用)と、創部開放膿ぬぐい検体(カルチャースワブプラス改良アミーズ培地使用)の2検体を外部委託検査センターへ提出、破傷風疑い症例からの検体であることを伝えた。皮膚組織片は入院時破傷風を疑った時点での採取で、開放膿は翌朝(治療開始後)に採取したものであった。皮膚組織片からはC. tetani とコアグラーゼ陰性Staphylococcus  sp.が検出された。開放膿検体においては、検査が依頼された偏性嫌気性菌の発育は認められなかった。

分離されたC. tetani 菌株をクックドミート培地に培養した菌液(上清)において、破傷風毒素原性試験(マウス試験)により破傷風毒素が検出された。また、本菌株より抽出したDNAにおいてPCRを行ったところ、破傷風毒素遺伝子が検出された。

考 察
破傷風では、創部より偏性嫌気性菌であるC. tetani が分離同定されるのは稀であり、多くは特異的な臨床経過のみで診断される。当院は徳之島という鹿児島県の離島にあり、埼玉県の外部委託検査センターへ培養検査を依頼しているため、検体採取から培養検査開始に至るまで約30時間を費やした。しかしながら、本症例で、C. tetani の分離が可能であったのは、検体輸送に嫌気性菌用の輸送容器ではなく滅菌スピッツを使用したものの、適切なタイミングに、充分量の組織片が採取されたことが功を奏したと考えられる。破傷風は適切な治療が行われないと致死率が高い感染症である。その特徴的な臨床症状が認められた場合、早期に治療を開始することが良好な予後につながる。本症例では臨床症状のみならず、患部からのC. tetani の分離や、その菌株からの毒素検出によって診断をより確実なものにすることができた。微生物学的確定診断を得られた稀な症例であったため、ここに報告した。

 

宮上病院臨床検査部 鈴木真紀 黒崎貴子
宮上病院診療部 山本智将 小林 晃 宮上寛之
鹿児島県徳之島保健所 楠元智美 山下なつみ 上床太心
鹿児島県環境保健センター微生物部 濱田まどか 藤崎隆司
国立感染症研究所細菌第二部 山本明彦 加藤はる 柴山恵吾

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan