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国内飼育下のアジアゾウからのヒト型結核菌の分離

(IASR Vol. 42 p228-230: 2021年10月号)

 
はじめに

 結核菌(Mycobacterium tuberculosis)はヒトに空気感染し, 主に肺に病変を作り, 呼吸器症状を引き起こすことが知られており, 人獣共通感染症としてゾウにも感染することがわかっている。世界各国の飼育下のゾウの感染事例1,2)のほか, スリランカやインドでは野生のゾウの感染3,4)も報告されている。米国ではゾウ結核のガイドライン5)が定められており, 世界の動物園や飼育施設でもゾウの結核スクリーニング検査の実施が推奨されている6)。今回, 日本国内の動物園で飼育されていたゾウから分離された結核菌の遺伝子解析について報告する。

対 象

 対象は23歳のオスのアジアゾウで, 1996年にタイで生まれ, 2002年に来日後, 動物園で飼育されていた。2020年7月に体調を崩し, 血液生化学検査より慢性感染症が疑われた。糞便抗酸菌PCR検査・ゾウ結核簡易診断キットで陽性が判明したことから, 感染拡大の防止を図るため, 飼育担当職員には作業時のマスク・手袋・ゴーグルの着用, 塩素消毒などを徹底した。当該動物には負担をかけないように配慮した飼育管理を行っていたが, 同年8月に死亡が確認された。その後, 当該ゾウの糞便より分離された結核菌株が当センターに搬入された。

同定・形態観察

 菌株(R2092)はMGIT液体培地で培養し抗酸菌の発育を確認した後, キャピリアTB-Neo(極東製薬)およびLAMP法(栄研化学)により結核菌群と同定された。また, Ziehl-Neelsen染色で赤色を呈する桿菌が観察され, 透過型電子顕微鏡下で幅約0.5μm, 長さ約2-4μmの桿菌が観察された()。

薬剤感受性

 ブロスミックMTB-I(極東製薬), PZA液体培地(極東製薬), ビットスペクトル-SR(極東製薬)を用いてストレプトマイシン(SM), エタンブトール(EB), カナマイシン(KM), イソニアジド(INH), リファンピシン(RFP), リファブチン(RBT), レボフロキサシン(LVFX), シプロフロキサシン(CPFX), ピラジナミド(PZA), エンビオマイシン(EVM), エチオナミド(TH), サイクロセリン(CS), パラアミノサリチル酸塩(PAS)について薬剤感受性試験を実施したところ, すべての薬剤において感受性であった。

VNTR型別および全ゲノム解析

 2%小川培地で培養した菌株から, フェノールクロロホルム法にてDNAを抽出し, 24領域のVNTR(variable numbers of tandem repeats)型別を実施した()。MAP推定7)により遺伝系統型は北京型のSTKタイプと判定された。また, MiSeq(Illumina)により全ゲノムデータを取得し, 結核菌のゲノム分子疫学解析ツールTGS-TB8)で解析したところ, M. tuberculosisのlineage2.2.1北京型であることを確認した。一方, cgMLST(core genome multilocus sequence typing)9)では過去に例のない新規CT(complex type)であったため, CT17733としてcgMLST.org Nomenclature Serverに登録した。さらに, MiSeqに加えMinION(Oxford Nanopore Technologies)のデータを用いたhybrid assemblyを行い, 全ゲノム完全長配列を取得した(4,383,210bp;accession No.AP024671)。

考 察

 今回, 日本国内飼育下のアジアゾウより分離された結核菌を用いて遺伝子解析を行った。遺伝系統型の北京型STKタイプはヒトの結核において, ゾウの出生地であるタイでは少なく, 日本では多い系統との報告がある10)。しかし, R2092に関しては, これまで当センターで実施したVNTR型別データには一致する株はなく, 最も近いもので4ローカス違いであり, cgMLSTにおいても近縁の株はみつからなかった。このため, ゾウへの感染の由来を推定することはできなかった。飼育下のゾウの結核感染事例は, 周囲の飼育員, チンパンジーやキリンなどの他の動物への感染伝播をともなっていた場合もある2,11)。動物の結核菌の感染は, ゾウ以外にも, 霊長類, サイ, アザラシ, 偶蹄類, モルモット, イヌ, ネコ, 鳥類など, 幅広い動物種で報告されている。一般的に活動性結核のヒトから動物への感染が起こると考えられているが, 異種間を含め動物から動物への感染も起こる。結核菌感染に対する感受性は動物種によって大きく異なるが, ゾウは感受性が高い種とされている12)。また, 東南アジア諸国は, ヒトの結核の罹患率が高く, ヒトとゾウが接触する機会が多い環境にあるため, ゾウの感染リスクが高いと考えられている6)。本事例の北京型STKタイプはヒトでの感染がよくみられる系統であり, ヒトからゾウへの感染が起こった可能性がある。結核に感染したゾウの多くは顕著な臨床症状を示さないため, 診断の遅れにつながりやすい。日本国内の動物園やゾウの飼育施設においても, ゾウの定期的なスクリーニング検査や, 関係者の定期健診を実施するなど, 人獣共通感染症としての結核対策が重要である。

 

参考文献
  1. Ghielmetti G, et al., Sci Rep 7(1): 14647, 2017
  2. Stephens N, et al., Epidemiol Infect 141(7): 1488-1497, 2013
  3. Perera BVP, et al., Gajah 41: 28-31, 2014
  4. Zachariah A, et al., Emerg Infect Dis 23(3): 504-506, 2017
  5. USAHA, Guidelines for the Control of Tuberculosis in Elephants 2010
  6. Paudel S, et al., Tuberculosis(Edinb)123: 101962, 2020
  7. Seto J, et al., Infect Genet Evol 35: 82-88, 2015
  8. Sekizuka T, et al., PLOS ONE 10(11): e0142951, 2015
  9. Kohl TA, et al., EBioMedicine 34: 131-138, 2018
  10. Chen YY, et al., PLOS ONE 7(7): e39792, 2012
  11. Zlot A, et al., MMWR Morb Mortal Wkly Rep 64(52): 1398-1402, 2016
  12. Vogelnest L, et al., N S W Public Health Bull 24(1): 32-33, 2013

東京都健康安全研究センター微生物部 
 長谷川乃映瑠 安中めぐみ 吉田 勲 久保田寛顕 有吉 司
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