国立感染症研究所

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生食用食肉の規格基準策定に係る加熱条件の検討

(IASR Vol. 33 p. 132-133: 2012年5月号)

 

2011(平成23)年4月下旬~5月にかけて、富山県等で発生した、ユッケによる腸管出血性大腸菌(EHEC)集団食中毒の発生を契機として、厚生労働省では生食用食肉(牛肉)(内臓を除く)に対する規格基準の見直しについて検討が進められる運びとなった。コーデックス委員会の考え方を基に別途算出されたEHECの摂食時安全目標値の達成には、食肉検体として、約104 オーダーの減少を示しうる工程が必要と考えられた。食肉検体では、と畜から消費に至る過程で外部より病原菌の汚染を受けると想定されることを踏まえ、本稿では、添加回収試験を通じて当該食品におけるEHEC O157の局在性(内部浸潤)を調べるとともに、加熱による低減効果について検討を行ったので報告する。

EHEC O157 の牛肉塊検体内部への浸潤性
当該菌による表面汚染が生じた場合を想定し、実験的に異なる熟成期間(解体後4日目、2週間目、4週間目)の牛肉検体(約250g)表面に当該菌を接種し、内部への浸潤性を検討することとした。EHEC O157 466-GFP株(2.26×104  CFU、2.26×106 CFU)をフィルター上に捕捉し、検体表面に付着させた後、4℃で1時間冷蔵保存した。その後、検体表面と内部(表面より5mmごとに20mm内部まで)をサンプリングし(図1)、最確数法により接種菌の定量的検出を行った。2.26×104  CFU接種群では、熟成期間にかかわらず、表面下5~10mm地点まで接種菌が検出された。検出菌数は熟成期間の短い(解体後4日目)検体が1.58CFU/gであったのに対し、解体後2週間目・4週間目の検体ではそれぞれ7.79CFU/g および8.67CFU/g と相対的に高値を示した。また、2.26×106  CFU接種群では、解体後4日目の検体が表面下5~10mmまで接種菌を認めたのに対し、解体後2週間目の検体では表面下10~15mm、4週間目の検体では表面下15~20mmまで接種菌を認めた。以上より、104 オーダーのO157が牛肉塊を表面汚染した場合には、表面下5~10mm地点までを管理すること、その低減にあっては解体時点からの(上流での)衛生管理が必要であることが示された。

温浴加熱による牛肉塊内部の温度変化
今般の規格基準の検討にあたっては、EHECおよびサルモネラ属菌が制御対象と想定されたこと、EHEC O157供試株が牛肉塊表面下5~10mm地点まで浸潤を示したこと等を鑑み、検体内部、特に表面下10mm地点における温度変化に着目した。加熱による検体温度変化を測定するため、牛肉塊約250gをストマッカー袋に入れ、85℃の温水中に一定時間浸漬後、氷中で急速に冷却した。この間、検体の表面および表面下5mm、10mm、15mm地点における温度変化を温度ロガーを用いて測定した。温浴により、表面および5mm下の温度は比較的速やかに上昇し、表面は4分後で64.6℃、5mm下では5分経過後に60.1℃を示した。一方、表面下10mm地点の温度は温浴5分で42.8℃、10分で61.8℃と穏やかな上昇にとどまった。

次に、加熱による制御の達成を示しうる温度条件を、食肉におけるD値(文献1)を基に算定することとした。約250gの検体を85℃で温浴させた際の表面下10mm地点温度は、 8.5分で60℃に到達し、10分後、氷水中で冷却を行った後も60℃以上の温度が1分間以上保持された。D値達成の温度条件として、60℃ではサルモネラ属菌に対して 103.7秒、EHEC O157 に対しては100.15秒の保持が必要とされたが、我々の試験環境においては、約250gの牛肉塊に対して、85℃・10分の温浴とその後の冷却により、表面下10mm地点におけるD値目標を達成しうることが明らかとなった。

温浴加熱によるO157の低減効果に関する検証
上述の加熱条件によるO157低減効果を検証するため、約250gの検体表面全体(計12検体)に約 2.1×104 CFUのEHEC O157 466株および 2.2×104 CFUのSalmonella Typhimurium LT2株を接種し、密閉包装した後、4℃で1時間冷蔵保存した。半数の検体については上記条件(85℃、10分)で温浴加熱・冷却し、残り半数の検体は加熱処理を行わず冷蔵保存した。これらを4℃で1晩保存後、検体表面より約10mmを衛生的にトリミングし、内部(未加熱層)の可食部25gを無菌的に取り出し、各試験法(サルモネラ属菌:NIHSJ-01法、EHEC O157:国内通知法、腸内細菌科菌群: ISO 21528-1法)に供した。85℃で10分間加熱処理を行った計6検体からは、表面(加熱処理部)、内部(可食部)ともに、サルモネラ属菌、EHEC、腸内細菌科菌群のいずれも検出されなかった。非加熱検体(計6検体)については、表面はいずれも陽性、内部(可食部)についても複数の試験法で陽性を示した。以上より、D値を指標として設定された加熱条件は、104 オーダーの制御対象菌による表面汚染を受けた検体の危害低減に有効であることが示された。

結 論
生食用牛肉の取り扱いにあっては、検体の熟成期間を考慮に入れつつ、表面より10mm内部までを対象とした衛生管理を行うことが、EHEC O157あるいはサルモネラの制御に有効かつ必要であることが明らかとなった。ここでは温浴加熱による例(85℃・10分間)を挙げ、その有効性について示したが、試験条件は実施する施設・設備や検体の形態・重量等、多くの要因により変動することが想定されるため、今回の規格基準に沿った形での対応は各施設において検証する必要があろう。

文 献
1) HACCP:衛生管理計画の作成と実践(データ編)、厚生省生活衛生局乳肉衛生課監修


国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部
朝倉 宏 岡田由美子 百瀬愛佳 山本茂貴 五十君靜信
国立医薬品食品衛生研究所安全情報部 春日文子
 

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