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Brucella canis 感染症発生時の行政対応について―名古屋市

(IASR Vol. 33 p. 189-191: 2012年7月号)

 

2008(平成20)年、名古屋市内でBrucella canis 感染症患者が発生した。これは、ペットショップで繁殖用として飼われていた犬から感染したもので、B. canis 感染症と診断された患者から菌が分離された国内初の事例となった(前項参照)。以下、患者発生後の行政対応等について報告する。

1.初期対応
平成20年8月、医師から市内保健所にブルセラ症患者発生の届出があった後、保健所は医師および患者(入院中)からの聞き取り調査と、患者(以下、「従業員A」)の勤務先であるペットショップ(犬・猫等の販売、犬の繁殖とトリミング、ペットホテル等)への立ち入り調査を行い、従事者の健康状態や従事状況、犬の健康状態や管理方法、犬の繁殖・販売状況、清掃・消毒の実施状況等について確認した。

従業員Aは、ペットショップで犬の出産介助等に従事しており、店の犬から感染したことが疑われた。このため、保健所は、営業自粛、施設の消毒、感染防止措置の徹底、犬の単独飼養(1頭ずつ個別に飼養)等を指導した。ペットショップは、犬に関する営業を自粛するとともに、施設の消毒を行い、作業時におけるマスク・手袋の着用等の措置を行った。さらに、店舗内を区画して来店者が犬に触れないよう隔離し、犬は単独飼養とした。

また、保健所は、営業者、従業員および営業者の子供(ペットショップに連れてこられていたため)ならびに飼養犬全頭(37頭)の血液検査を実施した(検査は国立感染症研究所)。

2.検査結果
(1)営業者、従業員および営業者の子供:検査結果を表1に示した。営業者と従業員Aはともに抗体検査が陽性で、血液から菌が分離されたことから、B. canis への感染が判明した。また、発症時期についても同時期であった。

(2)犬:初回の検査結果を表2に示した。犬37頭中、繁殖用成犬14頭が陽性、販売用子犬はすべて陰性であった。陽性犬のうち、抗体陽性・遺伝子検出・菌分離すべてに該当したものが2頭、抗体陽性で遺伝子検出されたもの(菌分離されず)が3頭、抗体陽性で菌分離されたもの(遺伝子検出されず)が3頭、抗体のみ陽性であったものが2頭、遺伝子のみ検出されたものが4頭だった。

3.感染経路
(1)犬:明らかな死・流産はなかったことから、ペットショップに菌が侵入したのは患者発症の数カ月前ではないかと考えられ、平成20年1月以降の交配歴や出産歴等をたどった。しかし、犬の仕入れ先や交配先が多数であったこと、感染が判明したときには既に多数の犬が感染していたことから、いつどこからペットショップに菌が侵入したのかを推察することはできなかった。

(2)営業者と従業員A:営業者と従業員Aは、平成20年6月に感染犬の出産介助をしていた。その際、出産予定日に出産されたものの胎膜が破られずに放置されていたことに気付き、マスクをせず素手で胎膜を破って胎仔を取り出す作業をしていた。なお、その時点で子犬は死亡していたが、死産であったのか出生後に死亡したのかは不明とのことであった。患者2名は発症時期が同時期であったこと等から、この際、感染犬の胎盤等と濃厚接触したことにより感染したのではないかと推測された。

4.検査結果を受けた対応
保健所は、感染犬と非感染犬を分けて飼養し、非感染犬については単独飼養を継続するよう追加指導したところ、ペットショップはこれらの措置を行った。

本市は、感染犬と関連のある他のペットショップ等(犬の販売・交配先、ペット市場)を管轄する行政機関に情報提供し、同時にペットショップからも販売・交配先およびペット市場に情報提供した。個人に販売されていた犬についてはこのペットショップが検査し、それ以外の販売先・交配先の感染犬と関連のある犬については各々の店舗が検査し、感染していないことが確認された。

また、本市は、市内の犬繁殖業者への感染防止措置の徹底を指導するとともに、注意喚起を目的として本件について公表した。ただし、犬の管理が可能で感染防止措置がとられていたこと、調査が実施可能であったこと、患者のプライバシー保護の観点から、ペットショップについては公表しなかった。

さらに、本市は地元獣医師会やペット関連組合等に対して、厚生労働省は全国自治体・環境省・獣医師会等関連団体に対して、情報提供と注意喚起を行った。

5.その後の経過
(1)患者:初回検査の約1カ月半後、医療機関で検査したところ、営業者は抗体価320倍、従業員Aは1,280倍と、初回検査結果から変化がなかった。さらに1カ月後の検査では、営業者は160倍、従業員Aは320倍と低下したことが確認された。

(2)犬:初回検査で感染が確認された犬は、ペットショップの判断により動物病院で安楽死された。また、初回検査で陰性であった犬23頭のうち16頭について、約1カ月半後に動物病院で2回目の検査を実施したところ、新たに成犬1頭の感染が確認され(抗体陽性、菌分離)、安楽死された。その後、このペットショップは廃業したため、これ以降の検査については実施されなかった。

6.最後に
B. canis のヒトへの感染事例が稀なことから、B. canis 感染症に関する情報は少なく、被害拡大防止措置等の対策に苦慮したものの、本事例はペットショップの理解と協力により、原因追求・感染拡大防止措置を行うことができた。人獣共通感染症についての知識や感染防止のための注意事項を啓発する必要性については再認識したところであるが、動物取扱業界自らのB. canis 清浄化への努力も望まれるところである。

 

名古屋市健康福祉局食品衛生課(現名古屋市農業センター) 堀越喜美子

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