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世界における百日咳の流行状況

(IASR Vol. 33 p. 323-325: 2012年12月号)

 

2009年以降、ヨーロッパ、米国、オーストラリア、南米では百日咳患者数の増加が報告されている。これらの国々では小児期のワクチン接種率を高く維持し、さらに青年期のTdap追加接種 注)により対策を講じているものの、百日咳感染の完全な制圧には至っていないのが現状である。

 注)Tdap:ジフテリアと百日咳のワクチン抗原を減量した青年・成人用三種混合ワクチン

各国の流行状況
英国:2011年7月から実験室診断で確定された患者数が全国的に増加し始め、現在も流行が継続している。英国では前回2008年に百日咳流行が発生したが(報告数 725件)、2012年は既に 6,121件の報告がある(2012年9月末)。2008年の流行時には1歳未満の患者が27.7%、15歳以上の患者が50.7%であったのに対し、2012年はそれぞれ7.3%、80.1%と成人患者の割合が大幅に増加した1) 。

米国:2010年にはカリフォルニア州マリン郡(136件/10万人)、オハイオ州フランクリン郡(619件/10万人)で大規模な百日咳流行が報告されている。2012年は、ワシントン州(4,463件)、ミネソタ州(3,950件)、ウィスコンシン州( 4,912件)、コロラド州(1,171件)で百日咳流行が発生した2) 。米国では2007年よりTdap接種が開始され、この効果により米国全体で11~12歳での百日咳患者数に減少傾向が認められている。しかし、近年、13~14歳では患者数が増加しており、Tdap接種後の急速な免疫効果の減衰が指摘されている。小児期に全菌体百日せきワクチン(wP)を接種された青年層ではTdap effectivenessが66~72%とされているが、精製百日せきワクチン(aP)接種者でのTdap effectivenessと免疫持続期間については現在調査中である 3)。また、2010年のカリフォルニア州の流行調査では、年齢別罹患率は8~12歳で最も高かったことから、4~6歳でのワクチン追加接種、すなわち就学前接種からの経過年数と罹患率との関連が指摘されている4)。

オーストラリア:2008年中頃から全国的な流行が始まり、2010年に流行のピークを迎えたが、現在も流行は継続している(2010年 34,793件、156件/10万人)。2010年の報告では、最も流行したのはサウスオーストラリア州(449件/10万人)、次いでオーストラリア首都特別地域(198件/10万人)、クイーンズランド州(182件/10万人)であった。2005~2007年の統計では成人患者が中心であったが、今回の流行では5~9歳で最も罹患率が高くなった(422件/10万人)。また、10~14歳での罹患率も上昇していた5) 。

チリ:2010年10月より患者数が増加し始め、2011年に流行のピークを迎えたが、流行は現在も継続している(2011年:総報告数 2,581件、15件/10万人)。患者の多くは1歳未満、特に6カ月以下のワクチン未接種児であった6) 。

百日咳流行株の遺伝子型変化
現行aPワクチンの有効期間は4~12年と見積もられており7) 、ワクチン効果の減衰が近年の青年層での百日咳流行の一因と考えられている。一方、長年ワクチン接種率に変化のない先進国においても患者数の増加が認められることから、百日咳流行株に生じる遺伝子変化が関与しているとの指摘がある。わが国においても流行株の遺伝子型変化は顕著に進行しており、遺伝子型(MLVAタイプ)の年次推移を調べると、1990~2004年にはMLVA-186が主要な型であったのに対し、2005年以降はMLVA-27の割合が増加している()。先進国では遺伝子型の多様度が減少しており、特定の遺伝子型を有する流行株が多く分離される傾向にある。百日咳菌の遺伝子変化は主にワクチン抗原をコードする遺伝子に認められ、近年では世界的にprn2-ptxP3 を有する流行株の分離が報告されている。高いワクチン接種率を維持する先進国では、易感染者である小児がワクチン免疫で守られているため、青年・成人層にも効率的に伝播する遺伝子型が選択されてきた可能性が考察されている8) 。

百日咳菌はワクチン予防可能疾患(VPD)であるが、今なお世界で年間14万件もの患者報告がある(2011年WHO)。近年の百日咳流行には、ワクチン免疫の急速な減衰や百日咳菌の遺伝子変化など複数の要素が関与していると考えられる。今後わが国ではこれら百日咳流行の原因について検討を重ねるとともに、高いワクチン接種率の維持が望まれる。

 

参考文献
1) HPA: http://www.hpa.org.uk/webw/HPAweb&HPAwebStandard/HPAweb_C/1317136696186
2) CDC: http://www.cdc.gov/pertussis/outbreaks.html
3) CDC MMWR, 61: 517-522, 2012
4) Witt MA, et al., Clin Infect Dis 54: 1730-1735, 2012
5) DHA, Communicable Diseases Intelligence Vol.36 No.1, 2012
6) Potin M, et al., Rev Chilena Infectol  29: 307-311, 2012
7) Wendelboe AM, et al., Pediatr Infect Dis J 24: S58-61, 2005
8) van Gent M, et al., PLoS One 7: e46407, 2012

 

国立感染症研究所細菌第二部
大塚菜緒 鯵坂裕美 蒲地一成 柴山恵吾

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