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千葉県いすみ市近郊で確認された百日咳の流行

(IASR Vol. 33 p. 327-328: 2012年12月号)

 

他の先進諸国同様に、思春期・成人における近年の患者報告数増加から、わが国でも百日咳は再興感染症として注目されている。百日咳患者報告数が増加した理由は解明されていないが、「けして子どもだけの病気ではない」と臨床医が注意を払うようになったこと、ワクチンによって獲得された免疫が減衰していることや、実際に百日咳菌がコミュニティにおいて循環している可能性などが挙げられる1) 。もっとも重要な要因としては、臨床医が百日咳に再び注目するようになったことや、Loop-mediated isothermal amplification法(以下LAMP法)などの検査診断の精度向上によると考えられる。思春期・成人における百日咳同様に、年長児やワクチン既接種児では、百日咳に特有の咳嗽を伴わない非定型的な症状となり、診断に苦慮することが少なくない。今回、分離培養と併せて、迅速かつ簡易にできる核酸増幅法であるLAMP法を用い、百日咳と確定診断した小児における臨床症状を検討した。

対象と方法
2012(平成24)年4~8月に咳嗽を主訴に外房こどもクリニックを受診し、臨床的・疫学的に百日咳が疑われた小児42例を対象とした。上咽頭ぬぐい液検体による分離培養とLAMP法による核酸増幅検査を全例に実施した。百日咳症例の臨床診断基準は、非定型的な百日咳も診断できるよう咳嗽持続期間を7日以上と設定し、その他に(1)発作性の咳込み、(2)吸気性笛声、(3)咳込み嘔吐のいずれかの症状がある者とした2) 。

結 果
臨床的・疫学的に百日咳が疑われた小児42例のうち、分離培養は10例で陽性、LAMP法は16例で陽性であった(重複含む)。血清学的評価を行ったものはなかった。前述の診断基準の臨床症状および実験室診断結果より17例(男児8名、女児9名;4~12歳、平均8.4歳)を百日咳と診断した()。

病原体診断が陰性で、兄弟やクラスに百日咳確定患者がいるなど濃厚接触歴がある5例では、百日咳に特有の咳嗽に発展した症例はなかった。これらは前述の診断基準を満たさないため百日咳とは診断できなかった。従って、疫学的関連のみによる百日咳診断症例はなかった。

百日咳確定症例17例の臨床症状については、咳嗽の持続期間はおおむね2~3週間で、発熱を認めたものはいなかった。百日咳に特有な咳とされる「発作性の咳込み」は10例に、「吸気性笛声」は1例に、「咳込み嘔吐」は8例に認められた(重複含む)()。これらの確定症例は5月中旬~7月中旬までにすべて診断されており、当クリニックのあるいすみ市とその周囲1市、2町に在住し、このうちの10例は同じ小学校に在籍していた。

予防接種歴を母子健康手帳によって確認したところ、全例とも標準的な接種期間に規定回数のDPTワクチン接種を済ませていた。

考 察
培養、LAMP法にて17例を百日咳と確定診断した。このうち10例は培養陽性、16例はLAMP法が陽性で、LAMP法が陰性で培養陽性であったのは1例のみであった。これまで報告されているように、(1) 国内の標準的接種スケジュールでDPTワクチン接種を完了した児でも百日咳を発症すること、(2) DPTワクチン接種児の症状はワクチン未接種児と比較して特徴的な咳症状に乏しいことが確認できた。

百日咳が流行するとされる初夏において、非定型的な百日咳に注意した丁寧な診療を心がけたことと、LAMP法という精確、迅速な診断法を用いることによって定型的でない百日咳を診断することができた。「吸気性笛声」以外の「発作性の咳込み」や「咳込み嘔吐」などの咳嗽や2~3週間程度の咳嗽持続は、普通感冒によっても時に認める症状である。百日咳菌感染症は、年長児やDPTワクチン接種児では非定型な症状になり得ることや、患者が無熱であること、しつこい咳嗽や周囲での咳症状の有無などを参考に百日咳を疑うことが診療において最も大切である。

百日咳の診断には、保険内診療として一般に培養や血清学的診断法が用いられる。培養による菌分離率はけして高くないことや、1週間程度の時間を要する欠点がある。また、普通感冒とも考えられる小児から侵襲的処置である血液検査をペア血清で採取するのも容易ではない。百日咳LAMP法はPCR法よりもさらに百日咳菌に特異的であり、さらに簡便かつ迅速に同菌核酸を検出することが可能である3)。上咽頭ぬぐい液または鼻腔検体採取により、百日咳を迅速に診断可能である。それにより患者治療のみならず、すみやかな感染対策を講じることができる。

思春期・成人における百日咳同様に、年長児やワクチン既接種児での百日咳菌感染症は、重篤でない場合が多いと考えられるが、時に重症化や合併症を併発することもある。仮に彼らが軽症の経過をたどったとしても、それがために百日咳と診断されずにワクチン未接種乳児への感染源となることが心配される。ワクチン未接種乳児の百日咳は重篤となることが多い。これらの懸念を払拭するためには、臨床医が非定型的な百日咳についてさらに注意を傾けることと、一般診療におけるLAMP法の実用化が必要である。さらに、流行情報が活用されるようなサーベイランスシステムの充実が必要となる。

 

参考文献
1) Cherry JD, Pediatrics 115: 1422-1427, 2005
2)岡田賢司, 他, IASR 29: 75-77, 2008
3) Kamachi K, et al., J Clin Microbiol 44: 1899-1902, 2006

 

外房こどもクリニック 伊東宏明 黒木春郎

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan