小児侵襲性感染症由来肺炎球菌の細菌学的解析から見た肺炎球菌結合型ワクチンPCV7の効果
(IASR Vol. 34 p. 64-66: 2013年3月号)
はじめに
肺炎球菌は中耳炎、肺炎、菌血症/敗血症、髄膜炎の原因菌である。本菌が感染を引き起すために最も重要な因子といわれているのは莢膜であり、その抗原性の違いにより93種の血清型に分類されている。小児肺炎球菌性侵襲性感染症(IPD)は、すでにワクチン接種により予防可能な疾患となっている。本邦においても、2010年2月から7価小児用肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7)が導入され、2011年2月からPCV7は公費助成の対象となり、今後の接種率の増加と肺炎球菌による小児IPDの発症率の減少が期待されている。その一方、米国を含む多くの国でみられているようにワクチンに含まれない血清型である19A 、6C、22F などによる侵襲性感染のSerotype replacement が懸念されている1)。
2007年度から始まった「ワクチンの有用性向上のためのエビデンスおよび方策に関する研究」班では、PCV7の効果を明らかにするために、研究課題の1つとして、10道県の小児の人口10万人当たりのIPD罹患率に関する調査を行っている2)。我々は10道県のうち、9県のIPD患児から分離された肺炎球菌の血清型別および薬剤感受性試験の解析を行い、肺炎球菌のPCV7に含まれている血清型のカバー率の変化からワクチンの間接効果を評価するとともに、耐性菌の分離率の変化を調査したのでその結果を報告する。
解析方法
2007年7月~2012年12月現在まで、9県から送付された小児IPD症例 668例(うち髄膜炎92症例)から分離された肺炎球菌を対象とし、血清型別および薬剤感受性試験を行った。 668例のうち、PCV7接種歴があるIPD症例は62例で、そのうち髄膜炎症例は13例であった。血清型は、Statens Serum Institut 製血清および自家調製血清を用い莢膜膨化試験により決定した。薬剤感受性試験は微量液体希釈法で測定を行い、その結果は2007年までのClinical Laboratory Standards Institute (CLSI)の基準によって統計学的解析を行った。本文のすべての集計は症例数をもとに行った。
結 果
1.小児IPDから分離された肺炎球菌の血清型分布
2007年7月~2012年12月現在まで9県のIPDの発症時期を、PCV7導入前(2007年7月~2010年1月)、PCV7任意接種開始後(2010年2月~2011年3月)、9県のPCV7公費助成開始後(2011年4月~2012年12月現在)の3期間に分けて、分離された肺炎球菌の血清型と薬剤感受性の解析結果をまとめた。9県のIPD症例由来肺炎球菌の血清型分布およびワクチンカバー率を図1に示す。3期間に分離された肺炎球菌のPCV7のカバー率は76.4%、78.3%、44.4%であった。2011年4月以後のPCV7に含まれている6B、14、23F、19F型肺炎球菌の分離率の減少とともに、カバー率にも明らかな減少がみられた。その一方、PCV7非含有血清型の19A、15A 、15B 、15C 、22Fについては2011年4月以後に分離率の増加がみられた(図1)。19Aは日本にも導入される予定である13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)に含まれる血清型であるため、PCV13による予防効果が期待できる。しかし、15A、15B、15C、22Fは小児に使用できるPCV7、PCV13および10価肺炎球菌結合型ワクチン(GSK社)にも含まれていない血清型であるため、今後のSerotype replacement による症例増加が懸念されている。
2.小児IPDから分離された肺炎球菌の薬剤感受性
IPD由来肺炎球菌 668株のペニシリンGに対する薬剤感受性を調べた結果、2007年までのCLSI の基準による集計で、ペニシリン感受性肺炎球菌(PSSP):40.2%;ペニシリン中等度耐性肺炎球菌(PISP):45.7%;ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP):14.1%であった。3期間に分けると、それぞれの非感受性株(PISPとPRSP)が占める割合は63.6%、61.1%、53.5%であった。2011年4月以後のPISPとPRSPの分離率はPCV7が導入される前の2010年1月以前に比べ、約10%の減少がみられた。血清型ごとにペニシリンGに対する薬剤感受性をみると、6B、19F 、23F は非感受性株が多く、各々が属する血清群の分離菌の中で、非感受性株が占める割合は85.9%(6B)、 100%(19F)、95.7%(23F)であった。血清型14の分離株の中では38.3%が非感受性株であった。血清型4、9V、18Cでは、PISPとPRSPはみられなかった。2011年4月以後分離率の増加がみられた19A、15A、15B、15C、22Fの非感受性株が占める割合は52.6%(19A)、100%(15A)、18.2%(15B)、27.3%(15C)で、22FのすべてはPSSPであった。
668株の肺炎球菌のペニシリンG以外の抗菌薬に対するMICを測定した結果では、 104株(15.6%)はセフォタキシム低感受性(MIC=1μg/mℓ)、37株(5.5%)はセフォタキシム耐性(MIC≧2μg/mℓ)を示した。また、メロペネム非感受性(MIC≧0.5μg/mℓ以上)は37株(5.5%)が分離された。パニペネムのMIC≧0.5μg/mℓの肺炎球菌の分離はみられなかったため、すべての分離菌はパニペネム感受性であった。また、620株(92.8%)はエリスロマイシン非感受性(MIC≧0.5μg/mℓ以上)を示した。3期間の分離菌のセフォタキシム、メロペネムおよびエリスロマイシンに対する耐性率には差がみられなかった。
3.PCV7接種歴があるIPD患児から分離された肺炎球菌の解析結果
PCV7を接種後に発症したIPDは62例で、そのうち髄膜炎症例は13例であった。2010年2月~2011年3月および2011年4月~2012年12月の期間にそれぞれ6例と56例であり、それぞれ期間のIPD症例の2.7%(6/221)と29.6%(56/189)を占めた。これらのIPD症例から分離された肺炎球菌の血清型分布の結果を図2で示す。PCV7のカバー率は12.9%であった。62症例中8症例はPCV7に含まれる血清型によるIPDであり(Breakthrough infectionまたはVaccine failure )、5例は6B型、3例は23F型によるものであった(表1)。これらの患児の感染血清型に対する血中オプソニン活性の低下がBreakthrough infectionやVaccine failureの原因であると考えられた3)。2011年4月以後に分離率の増加がみられた19A、15A、15B、15C、22F型肺炎球菌によるIPD症例はそれぞれ16(25.8%)、7(11.3%)、5(8.1%)、5(8.1%)、5(8.1%)例であった。
結論と考察
我々は、PCV7導入前から同一地域における小児侵襲性感染症の疫学調査を始めたため、ワクチンの効果を継時的に把握することができた。公費助成が始まった2011年4月以後、PCV7含有血清型による小児IPD症例の減少がみられ、一方では小児IPD症例におけるPCV7による血清型カバー率の低下がみられた。この血清型カバー率の低下は、PCV7含有血清型によるIPD症例数の減少と19AをはじめとするPCV7非含有血清型によるIPD症例数の増加に起因している。今後もPCV7導入後の小児IPDの感染血清型や薬剤感受性の推移を継続して調べる必要がある。
参考文献
1) Jacobs MR, et al., Clin Infect Dis 47: 1388-1395, 2008
2) IASR 33: 71-72, 2012
3) Oishi T, et al., Vaccine 31: 845-849, 2013
国立感染症研究所細菌第一部 常 彬 大西 真
国立病院機構三重病院小児科 庵原俊昭