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東日本大震災に関連して感染症発生動向調査に報告されたレジオネラ症

(IASR Vol. 34 p. 160-161: 2013年6月号)

 

レジオネラ症は、土壌などの環境中に存在するレジオネラ属菌の吸入により感染し、発症する。劇症型の肺炎や、一過性の発熱を伴う軽症のポンティアック熱がある。通常は、循環水を利用した風呂、噴水やエアコンの冷却塔、ジャグジーなどで産生された、レジオネラ属菌を含むエアロゾルの吸入によって感染するが、津波災害などでは、土壌環境を含む水で溺水した際に感染し得ると考えられている1)。本稿においては、2011年3月11日の東日本大震災後、津波に関連して感染し、発症した可能性のあるレジオネラ症確定患者の状況について、感染症発生動向調査の情報より記述的な特徴についてまとめ、感染リスク等や、今後の必要な公衆衛生対策等について考察した。

方法は以下のとおりである。感染症発生動向調査に全国より登録されたレジオネラ症確定患者の情報について、2011年3月11日~2013年4月末までの期間において発症した者で、「感染経路」や「備考欄」などに「地震」、「津波」、「被災地」、「がれき」等の、震災との関連を示唆させる情報が記入されたものについてまとめた。うち、原発事故に伴う避難先での温泉における曝露の可能性など、直接的な環境曝露による影響が考えにくい事例を除いたところ、最終的に8例が該当したため分析の対象とし()、文献等による考察を加えた。

8例の年齢中央値は60歳(2~84歳)であり、病型としては全員が肺炎型であった。診断方法としては1例から喀痰を用いた病原体の分離が行われており、この1例を加えて全例がレジオネラ尿中抗原陽性であった。登録された臨床症状としては、発熱7例(87.5%)、肺炎7例(87.5%)、多臓器不全2例(25%)であり、後に確認された他1例の死亡の情報を含め2)、計3例の死亡(致命率:37.5%)が把握された。予想される感染経路としては、2011年3月中に発病した者(4例)については、全員が「津波に巻き込まれた」こととされており、感染地域は岩手県沿岸部が2例、宮城県沿岸部が2例であった。この4例における男女比は1:3で、女性が男性の3倍多く認められた。2011年4月以降に発病した者(4例)については、全員が「浸水建造物清掃時」あるいは「がれき撤去等に関連する作業」に従事したことを挙げており(1例は温泉の可能性も否定できず)、感染地域は福島県沿岸部が1例、岩手県沿岸部が2例、宮城県沿岸部が1例であった。この4例は全員が男性であり、3月中の発病例との著しい性差の違いが観察された。

東日本大震災に関連したレジオネラ症に関する文献は多くはないが、2つのケースレポート(参考文献3、4)の中で報告された女性患者のうち、33歳女性3)、75歳女性4)は、感染症発生動向調査の患者情報より報告した本表中のそれぞれNo.2、No.3の症例に該当するものと思われる。文献3)において紹介された3例には、喀痰からLegionella pneumophilaに加えてStenotrophomonas maltophiliaBurkholderia cepaciaPseudomonas aeruginosaが分離された33歳女性(表中のNo.2)以外にも、Stenotrophomonas maltophiliaが分離された87歳、細菌検査不能の86歳が含まれるが、いずれも津波から救助後、震災翌朝にヘリコプターで内陸部の医療機関において集中治療を受けたものの死亡している。また、文献4)における75歳女性はレジオネラ尿中抗原陽性であったこと以外に、膿胸例の胸水検体からEscherichia coliが分離されている。これらは、東日本大震災における、特に津波被災の状況下においては、下気道における呼吸器疾患には、溺水や泥水(感染症発生動向調査に記載された表現より。土壌を含むと解釈できる)への誤嚥に伴う様々な病原体による誤嚥性肺炎が発生したことを示唆している。この所見は、2004年に東南アジアを襲った津波の際にも、多数の外傷を伴いながら、多くの患者の胸部X線で、肺炎および肺臓炎が認められ、微生物学的には多様な菌が同定された現象と共通している(一部は多剤耐性菌)5)。発生動向調査が真の患者発生に対してどの程度under-reportingになっているかなどの制約にもつながることとして、東日本大震災を含めてレジオネラ属菌が、どの程度の頻度でこのような肺炎・肺臓炎の発生に寄与していたかは不明である。しかし、災害下の直接的な環境への曝露によって発生しうる感染症として注意すべきものであることは間違いない。

本報告において、津波被災によるレジオネラ属菌の曝露を受けた時期と、その後の浸水建造物清掃作業や、がれき撤去・関連作業時のレジオネラ属菌の曝露を受けた時期に大別できることは興味深い。レジオネラ症が、先に述べたように津波被災にのみ伴って発生するのであれば、WHO(世界保健機関)による災害のサイクルの考え方では、災害発生直後の超急性期(0~3日間程度)にのみ注意すべき疾患と考えられる。しかし、実際には、外部からの援助が入る時期、すなわち、急性期から亜急性期(WHOによると3~14日間程度。今回の広域の激甚な災害下においてはこの時期はかなり長かったと考えられる)にまで、その発生を考え、警戒する必要がある疾患にも分類されることになる。また、4月以降に発病した4例すべてが男性であったことは、災害後の清掃やがれきへの対応を行う者(負荷が多い作業に対しては男性が多く従事するものと思われる)に対しては、環境からのレジオネラ属菌の曝露に対して特別な注意を払う必要があることを示唆する。リスクの高い集団に対する情報の啓発強化と、予防として防塵マスクの着用などの対応を徹底することが重要である。

わが国においては、今後も地震や津波などの自然災害が発生するであろう。その際の鑑別や治療の対象として、そして発生動向調査上の情報収集の対象として、レジオネラ属菌への認識や対応は必要なことである。

レジオネラ属菌に関する患者報告や病原体のサーベイランスに従事されている、各自治体の保健所、感染症情報センター、衛生研究所等、担当の方々に深く感謝申し上げます。

 

参考文献
1)國井修編,災害時の公衆衛生対策,p101-102,南山堂,2012年
2)具 芳明,東日本大震災と感染症・感染対策,2011年8月6日第4回感染病態研究フロンティアプレゼンテーション
3) Inoue, et al., Tsunami lung, J Anesth 26(2): 246-249, 2012
4) Ebisawa, et al., Internal Medicine 50(19): 2233-2236, 2011
5) Maegele, et al., Critical Care 10: R50, 2006 (doi:10.1186/cc4868)

 

国立感染症研究所感染症疫学センター
    砂川富正 齊藤剛仁 木下一美 中島一敏 大石和徳

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