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高齢者にみられた非莢膜型インフルエンザ菌による侵襲性感染症の1例

(IASR Vol. 34 p. 189-190: 2013年7月号)

 

Haemophilus influenzae はグラム陰性の小桿菌であり、主に小児の細菌感染症(髄膜炎、中耳炎、副鼻腔炎など)の原因として大きな割合を占める。莢膜を有する株は、莢膜型によりa~fの6種類に分類される。また莢膜を有しない株は無莢膜型株non-typable(NTHi)と呼ばれている。

一般に、H. influenzae による感染症の中で侵襲感染症(敗血症、髄膜炎)の原因となるのは、主に莢膜型のtype b(Hib)である。NTHiは主に気管支肺炎など下気道感染症や中耳炎を含む非侵襲性の感染症の起炎菌として知られ、成人ではchronic obstructive pulmonary diseases (COPD)増悪の原因菌の一つとして知られている。

1998年にWHOが出したHibワクチン接種を推奨する声明の後に、世界各国でHibワクチンの承認が相次ぎ、このワクチン使用による侵襲性感染症の減少効果が各国から報告されるようになった。遅ればせながら2008年に本邦でもHibワクチンが薬事承認された。

これまで、NTHiは敗血症や髄膜炎のような侵襲性感染症の原因菌となることは特に成人では稀であったが、近年Hibワクチンの普及に伴いNTHiによる侵襲性感染症の報告が散見されるようになってきた。

今回我々の施設でも、NTHiによる重症肺炎および敗血症を発症し、残念ながら救命に至らなかった症例を経験したので報告する。

症例:76歳 男性
現病歴:入院2日前より感冒様症状が出現し近医を受診した。しかし、入院当日まで症状の改善なく、近医を再受診しようとして当日朝に自宅を出たところ、AM8:55に自宅前で倒れたため救急要請となった。救急隊到着時には心肺停止状態であったため、心肺蘇生術を施行されながら搬送され、来院時には心拍再開が得られていた。

既往歴:肝硬変(HCV)、陳旧性肺結核(左胸郭形成術)

身体所見:意識レベル Glasgow Coma Scale:E1V1M1、血圧63/46 mmHg、心拍66回/分、対光反射消失

血液生化学所見WBC 13,330/μL、Hb 11.2 g/dL、Plt 8.2万/μL、AST 459 IU/LALT 171 IU/L、γ-GTP 21 IU/L、ALP 316 IU/L、LDH 1,101 IU/LCPK 1,567 IU/LAMY 92 IU/LT-bil 1.9 mg/dL、BUN 35 mg/dL、Cr 1.38 mg/dLCRP 2.16 mg/dL

胸部レントゲン検査では、左肺の虚脱および右上下肺野に浸潤影を認め(図1)、胸部CTでは右肺の多発浸潤影を認め(図2)、心肺停止、ショックを伴う重症市中肺炎の診断となった。入院時の喀痰グラム染色ではグラム陰性桿菌を多数認め、入院当初からインフルエンザ菌、特にHib が原因菌として想定され、入院当日からメロペネムとシプロフロキサシンの併用投与を開始したが、入院第3病日に死亡した。

その後の培養結果にて喀痰培養からインフルエンザ菌(3+)、血液培養からもインフルエンザ菌(1+)が分離されたが、抗菌薬の感受性はいずれも良好でありβ-lactamase-non-producing ampicillin-resistant strain (BLNAR)などの薬剤耐性菌ではなかった。

今回の症例が、肝硬変や胸郭形成術後などの背景を持った免疫不全宿主であったこともあり、インフルエンザ菌の莢膜型を確認するために、国立感染症研究所細菌第二部に今回の菌株における莢膜型同定を依頼した。その結果、インフルエンザ菌莢膜型別用免疫血清「生研」にて莢膜血清型はnon-typableと判明した。また、この分離菌の透過型電子顕微鏡所見(図3)から、形態的にも莢膜を欠損していることがわかる。最終的に本症例は、無莢膜型のNTHiによる敗血症を伴う成人重症肺炎と診断された。

Hibワクチンの普及以降、今回の症例にみられるような侵襲性NTHi感染症はすでに海外では多く報告されている。

Dworkinらは、インフルエンザ菌による成人の侵襲性感染症全体におけるNTHiの割合が、米国イリノイ州で1996~2004年にかけて経時的に増加したと報告している。この間の770症例中、血清型を決定した 522株の原因菌内訳は、血清型bが14.9%、非b莢膜型が30.8%、無莢膜型が54.2%であったとしている1)。また、Kastrin らの報告では、スロベニアでのHibワクチン普及前後の症例の比較により、インフルエンザ菌による侵襲性感染症を発症した症例のうち、乳幼児の症例数激減とともに65歳以上の患者の増加がみられるようになってきている2)。このようなワクチン導入による原因微生物の変化はpathogen-shiftと呼ばれているが、2008年からHib ワクチンが導入されたわが国においては、このpathogen-shiftが起こっている可能性が示唆される。

NTHiは、成人ではCOPDの増悪や気管支肺炎の原因菌として知られているが、特に本症例のような免疫不全状態では重症肺炎のみならず、敗血症などの侵襲性感染症を引き起こす可能性が示唆され、今後は本邦でもNTHiによる侵襲性感染症例の増加に注意が必要である。

 

参考文献
1) Dworkin MS, et al.,Clin Infect Dis 44: 810-816, 2007
2) Kastrin T, et al., Eur J Clin Microbiol Infect Dis 29: 661-668, 2010

 

大阪大学大学院医学系研究科感染制御学講座 濱口重人 朝野和典
長崎大学熱帯医学研究所電子顕微鏡室 一ノ瀬昭豊
国立感染症研究所感染症疫学センター 大石和徳

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan