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ムンプスの病原診断とワクチン株・野生株との鑑別

(IASR Vol. 34 p. 222-224: 2013年8月号)

 

ムンプスウイルスは流行性耳下腺の原因ウイルスであり無菌性髄膜炎、脳炎、膵炎、睾丸炎、難聴と多彩な合併症をおこす。耳下腺炎は細菌感染、パラインフルエンザ、エンテロウイルス感染によっても出現することから病原診断が必要とされる。病原診断に関して臨床現場では血清診断が用いられ、なかでも酵素抗体法(EIA)、特に単一血清で診断可能であるIgM EIA抗体を測定することが多い。しかしながら、ムンプスの再感染は意外と多く存在し、単一の血清学的診断では見逃す危険性がある1)。病原診断としては咽頭ぬぐい液、髄液を対象にウイルス分離が基本となり、検体の輸送状況にもよるがVero細胞を用いて50~60%の分離率である。遺伝子検索法ではRT-PCR、real-time PCR法が実施されており、ムンプスウイルスの遺伝子型解析にはsmall hydrophobic (SH)遺伝子領域がきめられておりPCR の増幅ターゲットとなっている2)。通常のRT-nested PCRは時間がかかり、real-time PCRは普及してきたとはいっても機器は高価である。我々の研究室では、簡便で特異性の高い遺伝子増幅法としてloop-mediated isothermal amplification(LAMP)法を用いてムンプスウイルスのhemagglutinin-neuraminidase 領域にLAMPプライマーを設定し臨床検体の検索を行ってきた3)。ウイルス分離法より検出感度が高く、RT-nested PCRと同等、それ以上の感度であることを報告している1,3)。プライマーセットは研究用試薬として市販されている。

1970年代からムンプスワクチン研究班が組織され、メーカーともに開発研究が始まり、生ワクチンは1981年に市販された。1989年から占部株が統一株MMR として使用されたが無菌性髄膜炎の頻度が高く、次いで各社の自社株が使用された。各社の独自株MMR ワクチンでも副反応の頻度は変わらず、1993年にはMMR は中止となった。その原因はいまだに不明であるが、各社自社株のなかで占部株を含む自社株では無菌性髄膜炎の頻度が低く、統一株では認可されていない継代歴のウイルスを混入していたことから占部株は製造中止となり、現在は、鳥居株(武田薬品工業)と星野株(北里第一三共ワクチン)の2株が使用されている4)。ムンプスワクチンは任意接種のままであり、接種率は40%未満と推定され、いまだにムンプスの流行は数年ごとに大きな流行を繰り返している。ムンプス自然感染では1~2%が無菌性髄膜炎で入院し、難聴も 1,000例に1例認められ、従来の報告頻度より高いことが報告され、一方、ワクチン接種後の副反応として耳下腺腫脹は2~3%、無菌性髄膜炎は2,000~3,000接種に1例の頻度であることからワクチン接種のメリットは明らかである5)

野生株のムンプスウイルスはlarge plaqueを示し、一方、ワクチン株はsmall plaqueであることが知られていた。ワクチン接種後の無菌性髄膜炎から分離されたウイルスはlarge plaqueを示したことから野生株の感染によるものと考えられてきた。しかし、こうした分離株の遺伝子検索が可能になってくると、これらの症例もワクチン株に由来する副反応とわかってきた。しかしながら、幼稚園や保育所でムンプスの流行が起こるとワクチンを接種する子供たちが増えるため、潜伏期間にワクチン接種が重なりワクチン接種後の副反応かのように発症する。ワクチン接種後の無菌性髄膜炎、耳下腺炎について野生株とワクチン株との鑑別が必要となる。

現在、ムンプスウイルスは可変領域のSH領域の遺伝子配列から12の遺伝子型に分類されている。外国のワクチンJeryl-Lynn株はgenotype Aに属し、わが国のワクチン株は1960~70年代に分離された土着のウイルスから弱毒化されておりgenotype Bに属している6,7)。日本の野生流行株は1990年まではgenotype B, 1990~2000年はgenotype J、2000年以降は世界中の流行株と一致するgenotype Gが流行し、地域的に散発的にgeno-type I, Lの流行が認められた6)。PCR 産物の塩基配列を決定することでワクチン株か野生株か鑑別できるが、手間がかかることから簡便な鑑別法が望まれてきた。SH領域にプライマーを設定し 584塩基を増幅し、塩基配列を決定し、ワクチン株と野生株を鑑別できる制限酵素部位を検討し図1に示した。鳥居株の6391位の塩基はT、星野株は6453位がAであることが特異的な塩基で、それぞれEcoT22 I, Mfe I制限酵素部位にあたる。ワクチン株と野生流行株(B, I, J, L)ではXba I部位が存在し、genotype GではXba I部位が消失し6592位の塩基配列の変異によりMfe I部位が新たに出現している。PCR 産物の制限酵素処理後の電気泳動パターンを図1に示した。星野株はMfe Iで 313bpと 271bpに切断され、鳥居株はEcoT22 Iで 332bpと252bpに切断される。主流行野生株の切断パターンは2パターンに分類される。Genotype B、J、LはEcoT22 I 、Mfe Iでは切断されずにXba Iで 299bp、 285bpに切断される。Genotype GではXba I部位が消失し、Mfe Iにより 451bpと 133bpに切断される。EcoT22 I、Mfe I 、Xba Iの制限酵素を用いてワクチン株と野生株が鑑別できる7)

1994年以降星野株ムンプスワクチンは 350万ドースが出荷され、市販後調査に報告された副反応をまとめて自然感染の合併症の出現頻度を比較して表1に示した。ワクチン接種後の無菌性髄膜炎は 223例報告され、85例の検索が依頼され、66例がPCR 陽性で58例がワクチン株、8例が野生株と判定された7)。耳下腺炎、睾丸炎も同様に野生株の感染例が紛れ込んでくる。また、エンテロウイルスの流行期には紛れ込みが認められ、病原診断を確実に行うことが必要である。

 

参考文献
1) Yoshida N, et al., J Med Virol 80: 517-523, 2008
2) Jin L, et al., Arch Virol 150: 1903-1909, 2005
3) Okafuji T, et al., J Clin Microbiol 43: 1625-1631, 2005
4) 加藤 篤, 臨床とウイルス 34: 261-270, 2006
5) Nagai T, et al., Vaccine 25: 2742-2747, 2007
6) Inou Y, et al., J Med Virol 73: 97-104, 2004
7) Sawada A, et al., J Infect Chemother 19: 480-485, 2013

 

北里生命科学研究所 中山哲夫

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