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地方衛生研究所等のHIV診断技術の維持と向上におけるHIV検査法(PCR法等)技術研修会の有益性

(IASR Vol. 34 p. 256-257: 2013年9月号)

 

背 景
わが国では1985年に最初のエイズ症例が報告されたが、その後1990年頃になると年間のHIV/AIDS診断症例は100名を超え、累積患者数も300名に達するに至り、HIV検査診断体制の充実が火急の課題として浮上した。これを受けて厚生省(当時)健康局結核感染症課は全国の地方衛生研究所(地研)をHIV感染症の診断拠点とすべく、PCRをはじめとする当時の先端的な診断技術や抗原抗体検査を地研に普及させることを目的に実践的な技術研修会の開催をHIV 疫学研究班(班長:故重松逸造先生)に依頼した。そして1991年に1回目の研修会「HIV検査法(PCR法等)技術研修会」が国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所、以下感染研)エイズ研究センター主催で実現した。以来毎年研修会が開催され、その回数は本年度で24回を数える。本稿では、「HIV検査法(PCR法等)技術研修会」の過去の開催状況と本研修会がわが国のHIV感染症診断体制の拡充および地研の診断技術の向上と維持に果たして来た役割について紹介する。

研修会の開催状況と有益性
「HIV検査法(PCR法等)技術研修会」は1991年度の第1回から2007年度の第18回までは感染研村山庁舎において、2008年度以降は名古屋医療センターにおいて開催されている。著者が舵を取るようになった1999年度の第10回から昨年2012年度の第24回までの研修会の参加者は219名に上る。この中には2003年度から厚生労働省健康局疾病対策課の依頼により募ったエイズ治療ブロック拠点病院においてHIV検査を担当する臨床検査技師14名(7施設)が含まれる。図1に1999年度以降の各地方の参加状況を示すが、1都1道2府37県と全国各地の地研が参加をしている。研修会はHIVの基礎から高度な分析法までを3日間で仕上げる密度の高いものである。講義内容はHIV感染症の基本的な知識の習得と関連する知見のアップデートであるが、これは基礎ウイルス学から実践的な診断と治療に関するものまで幅広く内容を取り上げてきた(表1)。実習内容はHIV診断に用いられる抗体検査やHIVウイルスRNAの抽出にはじまり、RT-PCR、増幅産物の確認に至るまでのPCR技術を中心に進めてきたが、最近ではシーケンシングによる配列解析とバイオインフォマティクスによる遺伝子情報分析法についても取り上げ、講習会の参加者ができる限り最新の遺伝子解析技術を取得することを目指してきた。本研修会の有益性については参加者に対する事後評価アンケート(平成23年度の結果を示す)にも反映されており、図2(a)に示すように実習と講義ともに高い評価を受けており、「評価少ない」あるいは「評価しない」という回答は皆無であった。また、現在各地の地研においてHIV検査を担当する者の多くが、そして現在講師を務める先生方も本研修会の卒業生であり、本研修会がHIV検査を支える人材の育成システムとして成果を上げてきたことは明白である。さらに本研修会に参加することにより、HIV検査に携わる担当者間の地域を越えた交流が活発になり、判定困難なHIV検査事例等の情報共有や相互コンサルティングなど、わが国のHIV検査技術の向上に大きく貢献していると推測される。

今後の展望
過去23年間にわたり多くの地研の技官がHIV感染症の検査技術や知識を本研修会で学び、わが国のHIV検査技術の向上と維持の一翼を担って来たが、四半世紀を経たところで、日本のHIV/AIDSの現状そして検査技術の進歩や普及度を踏まえた上で、研修会の内容等について見直す時期に来ていると思われる。図2(b)には研修会で取り上げた講義内容の難易度について参加者による事後評価を示しているが、この結果は当該技術や知識の普及度を反映していると考えられる。その視点から見ると、参加者の過半数が「適当」と回答したHIVの遺伝子検査やシーケンシングは、地研においても普及しつつあると推測される。一方で系統樹解析については全員が「難しい」あるいは「やや難しい」と回答しており、検査で得られた遺伝子配列情報の分析技術が不足していることが見受けられる。また、事後評価の中で今後希望する内容を質問したところ(表2)、PCRの実習希望者15%に対して、シーケンス関連技術や遺伝子情報分析技術等の実習希望者が合わせて過半数に達しており、地研におけるPCR技術の定着と先進技術を習得する場の需要が示唆される。この事後評価の結果をもとに、本年度以降の研修会では情報分析に関する講義と実習の比率を増やしたいと考えている。以上、HIV検査法(PCR法等)技術研修会について紹介をしてきたが、本研修会は神奈川県衛生研究所、東京都健康安全研究センター、大阪府立公衆衛生研究所、愛知県衛生研究所、国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センター、感染研エイズ研究センターそして名古屋医療センター等でHIVの診断・診療に携わる多くの先生方のご協力に支えられてきており、諸先生方の長年にわたるご貢献にこの場を借りて御礼を申し上げたい。

 

国立病院機構名古屋医療センター 杉浦 亙

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