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抗HIV薬治療下のHIV潜伏感染症:非致死的病態について―HIVと骨粗鬆症

(IASR Vol. 34 p. 261-262: 2013年9月号)

 

はじめに
HIV感染症/AIDSの治療の歴史の上で、大きな転換点がこれまで3回あった。一つ目は、世界で初めて逆転写酵素阻害剤(AZT)によりHIV の増殖が抑えられることが発見され、薬剤治療の可能性が大きく開かれたこと。2番目は多剤併用療法(HAART)により、AIDS発症者でさえ死の淵から回復可能になったこと。そして、2011年以降1日1回1錠の薬剤(single tablet regimen;STR)が使用可能となったことである。

 近年薬物治療開始の時期がどんどん早まってきている。これは、なるべく早く治療を開始した方が予後が良いとするコホート研究が相次いで発表されたことや、副作用低減や薬剤の小型化や錠数の減少の結果、ついにはSTRまで登場するに至り、医療側も患者側も薬物治療に対する心理的なハードルが下がってきたことも一つの要因となっている。

このように、薬剤治療の進歩によりAIDSによる致死的状況を回避できるようになったものの、一度開始した治療は中断することはできない。つまり、今のところどれだけ治療を続けてもウイルスは感染してからずっと体内に居座り続けているのである。長期間慢性炎症状態が持続することで体内では様々な問題が引き起こされていく。すぐに、命に関わるという状況ではないものの、HIVによる慢性炎症は心血管系疾患発症のリスク因子となり得るし、骨代謝異常、高血圧、脂質異常、また最近話題のHAND(HIV-associated neuro- cognitive dysfunction)と呼ばれる認知機能低下も、脳内での残存ウイルスによる慢性持続感染に起因するものと考えられている。もちろん、がんの発生リスクも明らかに上昇することは言うまでもない。

また、アフリカ諸国やアジアの多くの国ではいまだ十分な薬物治療が行き渡っているとはいえず、中途半端な治療状況でウイルスが残存することになる。このことは、耐性ウイルスの問題のみならず、HIV感染による慢性炎症が引き起こす種々の病態が今後大きな問題となることを意味している。

そこで、HIVの慢性感染が引き起こす種々の問題の中で、最近大きな問題となりつつある骨代謝異常についてのトピックをいくつか紹介する。

HIV感染症と骨症状
近年、HIV感染者における骨密度の低下や、骨折のリスクが健常者に較べ、有意に高いという報告が相次ぎ注目を集めている1)図1)。ヒトの骨量は骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収による均衡が保たれることで20~50歳ぐらいまでは変化せず一定に保たれる。2000年頃からHIV感染者では骨密度が低いということが報告され始めており2-4)、それらをもとにしたメタアナリシスではHIV感染者の実に67%において骨密度が減少しており、15%で骨粗鬆症が認められた5)。年齢別で比較してみた場合でも、明らかに同年代でのHIV感染者における骨折の率が高く、年齢が上がるほどその違いが顕著となる6)。しかも、2000~2006年という既にHAARTが始まってしばらくたってからアメリカの10施設でのコホートスタディ(HIV outpatient study; HOPS)の結果ということから考えると、骨粗鬆症の発生はHIV感染そのものに起因するだけでは説明がつかないことがわかる。もちろん、治療していない場合でも非感染群より骨粗鬆症が多いことから、HIVの持続感染による慢性炎症のため、老化の促進とそれに伴う骨粗鬆症の発症が起こっていることはほぼ明らかと言えよう。一方で、HAART治療下においても改善が見られないことから、治療そのものにも骨密度の減少を促す原因が潜んでいることが示唆されている。

抗HIV薬と骨粗鬆症
前述したメタアナリシスの結果から、抗HIV療法を受けた患者の骨密度の低下や骨粗鬆症の発生リスクは、無治療の患者の2倍以上であり、特にプロテアーゼ阻害剤(PI)を使用している場合はそうでない場合に比べて有意に発生リスクが上昇した5)。また、核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI)のテノホビル(TDF)もPI同様骨形成に影響を与えることが知られている7)。ABC/3TC とTDF/FTC の比較では、治療開始48週までは程度の差はあれ、どちらの群も椎骨の骨密度は減少し、ABC/3TC群は48週以降ゆっくりと治療前の状態近くまで回復するがTDF/FTC群はほとんど骨密度の回復はみられなかった(図2)。骨粗鬆症が進行すると当然の帰結として骨折の頻度は上昇する。McComseyらの報告によると、治療開始当初24週までの骨密度減少が著しいことがわかっている(図2)。つまり、この期間の骨折に対するケアは非常に重要であるといえる。

 おわりに
一度感染が成立すると、HIVは感染者体内に絶え間ない炎症状態を作り出す。そのため骨の老化が加速し、同年代の非感染者と比較して骨折する感染症例の数は明らかに増加する。HIVの持続感染をどの程度押さえ込めれば、骨代謝に影響を与えないのか、また、そのためには、どの系統の薬剤をどれぐらい投与しないといけないのか等々、今後の研究が待たれる課題はまだまだ山積しているのである。

 

参考文献
1) Virginia A, et al., J Clin Endocrinol Metab 93: 3499 -3504, 2008
2) Tebas P, et al., AIDS 14: F63-67, 2000
3) Carr A, et al., AIDS 15: 703-709, 2001
4) Moore AL, et al., AIDS 15: 1731-1733, 2001
5) Brown TT, Curr Infect Dis Rep 8: 162-170,2006
6) Young B, et al., Clin Infect Dis 52: 1061-1068, 2011
7) McComsey GA, et al., J Infect Dis 203: 1792-1801, 2011

 

国立感染症研究所エイズ研究センター 吉村和久

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