国立感染症研究所

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免疫不全宿主の重症水痘―原因不明の激しい腹痛・腰背部痛には要注意

(IASR Vol. 34 p. 290-292: 2013年10月号)

 

1.免疫不全宿主における水痘の重症化
白血病や悪性腫瘍、臓器移植後、ネフローゼ症候群、膠原病などの患者は、疾患やその治療の影響により免疫不全状態にある。そしてこれら免疫不全宿主では、水痘帯状疱疹ウイルス感染症が重症化しやすい。重症化の徴候として、新しい発疹の出現が長く続くこと、大型の水疱疹、出血性発疹、肺炎の合併などが知られているが、重症水痘の病型はそれだけではない。病初期には特徴的な皮疹が出現せず、水痘とは気付かれずに経過する症例が存在する。

そのような症例で、しばしば認められる初発症状は激しい腹痛あるいは腰背部痛である。画像検査や消化管内視鏡検査を行っても原因を特定することができず、基礎疾患の病状悪化の可能性や鑑別疾患について精査をしているうちに日数が経過し、皮疹が出現して水痘を疑った時点ではすでに多臓器不全や播種性血管内凝固症候群(disseminated intra-vascular coagulation, DIC)を合併しており、抗ウイルス薬などによる治療を行っても病状の改善は認められずに致死的な経過をたどる場合も多い。

2.激しい腹痛・腰背部痛で発症する重症水痘
教科書的には系統だった詳細な記載は見当たらないが、国内外で多くの論文報告がなされている。国内での報告症例を表1に海外での関連論文を表2に示した。初感染としての水痘のみならず、再活性化による播種性VZV感染症の初発症状が腹痛・腰背部痛と考えられる症例も存在する。これら症例の特徴についてまとめる。

(1)臨床症状と経過
激しい腹痛あるいは腰背部痛が初発症状で、その後発疹が出現するまでの日数は様々であるが、数日前後の場合が多い。病期の進行とともにDICや多臓器不全を合併するが、腹痛・腰背部痛が始まった初期には、末梢血中の血小板数やその他の血液検査所見には異常を認めないこともしばしばである。

腹痛や腰背部痛で発症した時点では、発熱を伴っていない症例も多い。少なくとも、病初期から高熱が主症状の病像ではない。数日の経過で、肝機能障害、DIC、肺炎などを呈する。意識障害やけいれん、視力低下をきたした症例もあり、中枢神経症状の合併を認める頻度は比較的高い(表1:症例2, 6,28)。

予後については、致死的な経過をたどる場合の病状の増悪は速く、死亡例では5日以内に死に至る症例が多い(表1)。発疹が出現する前に死亡した症例もある。早期の抗ウイルス薬投与により病状経過を改善できたと考えられる症例が存在するが、本症では発疹が出現した時点ではすでに合併症をきたしている場合が多く、抗ウイルス薬による治療開始のタイミングの見極めは容易ではない。

(2)多彩な基礎疾患
白血病、骨髄移植や腎移植後、悪性腫瘍、ネフローゼ症候群、膠原病、潰瘍性大腸炎、クローン病など、基礎疾患は様々である(表1)。副腎皮質ステロイド薬や抗悪性腫瘍薬の治療を受けている者がほぼ全例を占めるが、本症を発症して急性骨髄性白血病であることが判明した例もあった(表1:症例1および2)。骨髄移植患者では、慢性の移植片対宿主病(graft versus host disease, GVHD)を合併している症例が目立った。GVHDとその治療による免疫異常が、重症VZV感染症の発症に関与している可能性がある(表1:症例6)1)

(3)ウイルス学的診断
成人例の報告も多く、既往歴やワクチン歴がはっきりしない症例が多く存在する。前もって抗体価を測定するなど、発症前の防御免疫が判明している症例は少ないが、一部の症例では抗体価は陰性であった。また、発症後の抗体価推移については、原疾患や治療の影響により健常者と同様の免疫反応が起こらない可能性があり、抗体価によるウイルス学的診断は困難である。病原体を確定診断するためには、polymerase chain reaction(PCR)法などが必要である。

(4)感染源
水痘あるいは帯状疱疹患者などの感染源との接触歴が明らかでない症例も認められる。水痘はわが国で年間を通じて流行がみられること、感染力が強いことより、知らないうちに周囲から感染している可能性はあるが、免疫不全宿主における潜伏期間は様々で、通常より長くなる場合も想定され、感染源が特定できない場合もあると考えられる。また、明らかな水痘既往歴を有する症例も存在し、自らの体内に潜伏感染しているVZVの再活性化による病態も考えられる(表1:症例28~32)。

(5)投与薬剤
原疾患と治療薬剤による免疫抑制の程度や詳細は様々であり、直近の投与量のみならず投与期間も影響するので、一律に論ずることはできないが、中にはそれほど大量の薬剤を使用中ではない症例の報告もある。

水痘罹患歴・予防接種歴ともに無い潰瘍性大腸炎の19歳男性は、プレドニゾロン内服2.5mg/日、リン酸ベタメタゾンナトリウム注腸3.95mg/日継続投与中に本症を発症した(表1:症例11)。潰瘍性大腸炎にて治療開始後2年半以上を経過しており、その間大量のステロイドが使用された時期はあったにしても、直近の病状増悪により薬剤の増量が行われていたのは水痘発症の7か月以上前であった。

アレルギー性紫斑病で、腹痛に対する副腎皮質ステロイド薬使用中に発症した例も報告されている(表1:症例16)。

(6)腹痛・腰背部痛の原因
激しい腹痛・腰背部痛の原因は、解明されていない。剖検、脾動脈造影、MRI検査などにより、腹痛や腰背部痛を訴える症例で脾梗塞の所見が得られた複数の報告例があるが2, 3) 、全例で認められるわけではない(表1:症例14)。

消化管内視鏡検査により胃粘膜にVZV感染の存在を証明した例(表1:症例19)や、内視鏡検査による消化管出血と腹腔鏡検査による肝臓の点状出血を確認した例(表1:症例9)もある。しかし一方で、消化管に病変は認めても痛みの程度には合致しないとしている報告は多い。さらに、腹痛や腰背部痛は認めずに水痘発症後3日目に突然死した生後17か月の健常児の剖検例の報告では4)、肺、肝臓、脾臓、消化管その他に広範なVZV感染の所見が認められていることを考えると、痛みの原因とは特定しがたい。

また、免疫抑制状態におけるVZV全身感染症の病理所見で脊髄後根神経節にVZVの侵入による病変が認められているという報告5)、病状経過中の腹部CT検査で腹腔と上腸間膜動脈根部付近の脂肪濃度上昇を認め、腹腔神経節近傍の感染や炎症を示唆する所見があるという報告(表1:症例25)より、発症初期から神経病変をきたすことによる痛みである可能性も考えられる。

3.免疫不全宿主を水痘の脅威から守るために
基礎疾患や治療薬の影響により免疫抑制状態にありながら、通常に近い日常生活を営む者の数は、医学の進歩にともない現代社会においては増加している。そして、免疫不全宿主自身に対しては水痘生ワクチンを接種することができない場合も多い。彼らをVZV感染症の脅威から守るためには、集団免疫効果(herd immunity)を高めて社会でVZVが流行しないようにすることが有効な対処策である。そのためには、水痘ワクチンの普及すなわち定期接種化が不可欠である。

 

参考文献
1) Schiller GJ, et al., Bone Marrow Transplant 7:489-491,1991
2) Rowland BP, et al., J Clin Oncol 13:1697-1703,1995
3) Warrier I, et al., J Pediatr 109:305-307,1986
4) Asano Y, et al., Acta Paediatr Jpn 35:348-351,1993
5) 佐多徹太郎, 水痘・帯状疱疹のすべて:70-77,メジカルビュー社,2012

 

川崎医科大学小児科学 中野貴司

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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