国立感染症研究所

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平成25年度(2013/14シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過

(IASR Vol. 34 p. 336-339: 2013年11月号)

 

1. ワクチン株決定の手続き
わが国におけるインフルエンザワクチン製造株の決定過程は、厚生労働省(厚労省)健康局の依頼に応じて国立感染症研究所(感染研)で開催される『インフルエンザワクチン株選定のための検討会議』で検討され、これに基づいて厚労省が決定・通達している。

感染研では、全国77カ所の地方衛生研究所と感染研、厚労省結核感染症課を結ぶ感染症発生動向調査事業により得られた国内の流行状況、および約7,600株に及ぶ国内分離ウイルスについての抗原性や遺伝子解析の成績、感染症流行予測事業による住民の抗体保有状況調査の成績、さらに周辺諸国から送付されたウイルス株に対する解析結果およびWHO世界インフルエンザ監視対応システムを介した世界各地の情報などに基づいて、次年度シーズンの流行予測を行い、これに対するいくつかのワクチン候補株を選択した。さらにこれらについて、発育鶏卵での増殖効率、抗原的安定性、免疫原性、エーテル処理効果などのワクチン製造株としての適格性を検討した。2月上旬~3月下旬にかけて、3回にわたり所内外のインフルエンザ専門家を中心とする上記検討会議で、上述の成績、および最新の流行株の成績を検討して、次シーズンの流行予測を行った。さらにWHOにより2月21日に出された北半球次シーズンに対するワクチン推奨株とその選定過程、その他の外国における諸情報を総合的に検討して、3月27日に次シーズンのワクチン株を選定した。感染研はこれを厚労省健康局長に報告し、それに基づいて決定通知が4月19日に発出された(本号15ページ参照)。

本稿に記載したウイルス株分析情報は、ワクチン株が選定された2013年3月時点での集計成績に基づいており、それ以後の最新の分析情報を含むシーズン全期間(2012年9月~2013年8月)での成績は、総括記事(本号4ページ)を参照されたい。

2.ワクチン株
WHOは世界140カ所のWHO国内インフルエンザセンターから収集した流行株の抗原性解析、遺伝子解析およびワクチン接種後の血清抗体との交叉反応性などを総合的に評価し、今冬(2013/14シーズン)の北半球用ワクチン株は、前シーズンの株からA/H3N2およびB型を変更した下記3価ワクチンを推奨した。わが国もWHOの解析成績、国内分離株の成績および感染症流行予測事業によるインフルエンザウイルス抗体保有調査の成績などを総合的に評価して、WHO推奨株を参考にして以下の3株からなる3価ワクチンとすることが妥当であると結論づけた。なお、本年度からはワクチン株は元株の野生株と区別するために製造株番号まで明記することとなった。

 ワクチン株
A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)(H1N1)pdm09
A/テキサス/50/2012(X-223) (H3N2)
B/マサチュセッツ/2/2012(BX-51B)(山形系統)

3.ワクチン株選定理由
3-1.A/カリフォルニア/7/2009(X-179A) (H1N1)pdm09
A(H1N1)pdm09ウイルスによる流行が大きかった地域は、欧州や中国であった。流行が小さかった地域も含めて世界中で分離されA(H1N1)pdm09ウイルスのほとんどは、ワクチン株A/カリフォルニア/7/2009類似株で、2009年以来抗原性がほとんど変化していない。遺伝的には、8つのグループに分かれているが、今シーズンの流行株の多くは、グループ6と7に分類され、これらの間では抗原的な違いは見られなかった。さらに、A/カリフォルニア/7/2009ワクチン接種後のヒト血清は、最近の流行株とよく反応することから、依然A/カリフォルニア/7/2009によるワクチン効果が期待できた。このことから、WHOは、2013/14シーズン北半球向けワクチン株としてA/カリフォルニア/7/2009類似株を引き続き推奨した。

わが国では、小規模ながらA(H1N1)pdm09ウイルスによる流行がみられ、97株が分離され、そのうちの95%はA/カリフォルニア/7/2009類似株で、抗原変異株は散発的に検出されたのみであった。しかし、この変異株は臨床検体には検出されず、培養細胞でウイルス分離する過程で発生したことが分かってきたことから、実際の流行株のほぼすべてはA/カリフォルニア/7/2009類似株であると結論付けられた。

ワクチン製造用としては、A/カリフォルニア/7/2009の高増殖株X-179Aが、製造効率が良好で、3シーズン続けて使用されてきた実績がある。

以上のことから、2013/14シーズンのA(H1N1)pdm09ワクチン株として、A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)株を選定した。

3-2.A/テキサス/50/2012(X-223) (H3N2)
A(H3N2)亜型ウイルスは北米、カナダ、豪州で流行が大きく、わが国でも本亜型ウイルスが流行の主流であった。赤血球凝集素(HA)遺伝子の進化系統樹解析において、今シーズンの国内外の分離株の大半は、ワクチン株A/ビクトリア/361/2011が入るグループ3Cに分類され、これらのほとんどは、MDCK細胞で分離したA/ビクトリア/361/2011と抗原性が類似していた。

A/ビクトリア/361/2011株については、孵化鶏卵(以下、卵と標記)で分離増殖させると、HAタンパクのレセプター結合部位周辺にある抗原サイトB領域またはその近傍のアミノ酸に置換が生じる。その結果、MDCK細胞で分離したA/ビクトリア/361/2011株および他の類似の流行株に比べて、抗原性が著しく異なってくる。このため、卵分離のA/ビクトリア/361/2011株に対して作製したフェレット感染抗血清は、MDCK細胞で分離した流行株との反応性が大きく低下する(IASR 33: 297-300, 2012参照)。さらに、卵高増殖株A/ビクトリア/361/2011(IVR-165)を用いて製造されたワクチンの接種後に誘導されたヒト血清抗体は、細胞分離の流行株との交叉反応性が顕著に低く、ワクチンの防御効果が低い可能性が示唆された。このことから、WHOはワクチン製造に用いる卵高増殖株[A/ビクトリア/361/2011(IVR-165)]の変更が必要と判断し、2013/14シーズン向けのワクチン株に、細胞分離のA/ビクトリア/361/2011類似株であるA/テキサス/50/2012株を推奨した。この株は卵での増殖後も流行株との抗原性の差異が小さく、ワクチン株として適切であるとWHOは追記している。

ワクチン製造用には、流行の主流であるA/ビクトリア/361/2011類似株のA/テキサス/50/2012株、A/ハワイ/22/2012株、A/オハイオ/2/2012株からそれぞれ卵高増殖株が開発されており、国内ワクチン製造所が、それぞれの卵高増殖株についてワクチン製造効率や継代による抗原性の変化の程度について検討した。その中で、卵馴化による変化の程度が比較的小さいA/テキサス/50/2012から開発された2種類の製造候補株X-223およびX-223Aに絞り、これらに対するフェレット感染血清と国内外の流行株との反応性を赤血球凝集抑制(HI)試験でさらに検討した。米国CDC作製の感染血清で評価すると、HI価で8倍以上低下した流行株の割合は、X-223血清については37%、X-223A血清では79%であり、X-223のほうがX-223Aよりも流行株に抗原性がより近いことが示された。

そこで、感染研では、X-223と平成24年度のワクチン株A/ビクトリア/361/2011(IVR-165)について、国内流行株との反応性を比較した。HI価で8倍以上低下した流行株の割合は、IVR-165血清では100%、X-223血清では87%であり、ワクチン株をA/テキサス/50/2012(X-223)に変更しても、依然として卵馴化の影響が存在することを確認した。しかし、抗原性の大幅な変化とされるHI価16倍を指標にして、それ以上に変化した割合を比較すると、IVR-165血清では96%、X-223血清では9%であった。その結果、ワクチン株をIVR-165からX-223に変更することで、卵馴化の影響をある程度改善できることが期待できた。さらに、国内ワクチン製造4社でX-223とX-223Aについて増殖性、抗原性、タンパク収量など製造効率について検討した結果、X-223はX-223A より製造効率は劣るものの、ワクチン製造は可能であるとの成績が得られた。

以上の解析結果から、A/テキサス/50/2012(X-223)は依然として卵馴化による抗原性の変化の影響を受けているものの、前年度のA/ビクトリア/361/2011(IVR-165)ワクチン株よりその程度は小さいことから、2013/14シーズンのA(H3N2)ワクチン株としてA/テキサス/50/2012(X-223)を選定した。

3-3.B/マサチュセッツ/2/2012(BX-51B)
2012/13シーズンの国内におけるB型インフルエンザの流行は、シーズンを通して山形系統とビクトリア系統との混合流行で、その比率はおよそ7:3であった。諸外国での流行状況も同様で、山形系統の流行が多くの国で優位であった。さらに、平成24年度の流行予測事業による国民の抗体保有状況調査では、山形系統ワクチン株B/ウイスコンシン/1/2010に対する抗体保有レベルは、前年度よりは全年齢層で高まったが、依然としてビクトリア系統B/ブリスベン/60/2008に対する抗体保有レベルより低かった。これらのことから、2013/14シーズン向けのワクチンは引き続き、山形系統から選定するのが妥当との判断に至った。

山形系統の流行株は、当シーズンのワクチン株B/ウイスコンシン/1/2010が属するグループ3と、最近の流行株を代表するB/マサチュセッツ/2/2012が属するグループ2に区別された。国内外の流行株の大半はグループ2に分類された。各グループの代表株に対するフェレット感染血清を用いたHI試験では、これらのグループ間での抗原性には大きな差はなかったが、直近の流行株はB/ウイスコンシン/1/2010血清よりもB/マサチュセッツ/2/2012血清に比較的良く反応する傾向が見られ、グループ2と3では抗原的に区別できることが示された。このことから、WHOは2013/14シーズン向けのワクチン株にB/マサチュセッツ/2/2012類似株を推奨した。

B型ウイルスは卵に馴化するとHAタンパクのレセプター結合領域周辺の糖鎖付加部位のアミノ酸に置換が起こり、糖鎖が脱落した卵型変異株になる。ワクチンを卵で製造する限り、糖鎖欠損変異が起こることは避けられず、B/マサチュセッツ/2/2012株も例外ではない。糖鎖欠損変異株の接種で誘導される抗体は、糖鎖が付加されている流行株との反応性が低下し、ワクチン効果が減弱する可能性が指摘されている。現時点では、この問題の解決法はないため、卵馴化による変化の程度が小さいものを選択せざるを得ない。B/マサチュセッツ/2/2012株からは、ワクチン製造用としてBX-51BとBX-51Cが開発されているので、これらに対するフェレット感染血清を作製して、流行株との反応性をHI試験で評価した。その結果、HI価で8倍以上低下した株は、BX-51B血清で15%、BX-51C血清で20%と両者に差は見られなかった。一方、米国CDCでの解析では、BX-51B血清の反応性がBX-51C血清より良好であった。

国内ワクチン製造4社でBX-51BとBX-51Cの増殖性、タンパク収量など製造効率を検討した結果、BX-51Bの方が良好であり、前年度ワクチンと同等以上の製造効率が期待できた。

以上のことから、2013/14シーズンのB型ワクチン株として、B/マサチュセッツ/2/2012(BX-51B)株を選定した。

4.現行の卵で製造されるワクチンの問題点と改善への展望
2012/13インフルエンザシーズンは、A(H3N2)ウイルスが国内や多くの諸外国で流行の主流であった。このシーズンは、ワクチン効果が低かったと国内外から批判が出ているが、これはウイルス流行予測に基づくワクチン株の選定の問題ではなく、上述したようにワクチン株の卵馴化による抗原変異がワクチン効果を低下させていることが原因となっている。この卵馴化は、2006/07シーズンからB型ワクチン株で問題視されていたが、2008年以降はA(H3N2)ワクチン株でも顕著になって来ている。現行のインフルエンザワクチンが卵で製造される限り、この問題の根本的な解決は極めて困難であり、ワクチンの製造基剤を変えるしかない。現在、国内および諸外国では培養細胞を用いたインフルエンザワクチンの製造に切り替えつつあり、これら細胞培養インフルエンザワクチンに期待したい。

5.B型の2株を含めた4価ワクチンの導入の要望
ここ2シーズンは山形系統とビクトリア系統のB型ウイルスが国内外ともに混合流行していることから、来シーズンにどちらの系統のウイルスが流行するかを予想することは、現在のサーベイランスでは極めて困難である。米国では両系統のB型ワクチンを含む4価ワクチンの導入が開始されており、WHOも4価ワクチン用としてビクトリア系統からはB/ブリスベン/60/2008株を推奨している。わが国では生物学的製剤規準によって、総タンパク量の上限(240μg)が規定されているので、現状では4価ワクチンの導入は不可能である。しかし、ビクトリア系統と山形系統の2系統のウイルスが混合流行している事態を踏まえて、わが国でも、欧米諸国と同様に両系統のワクチンを含む4価ワクチンの導入を急ぐべきである。そのためには、速やかに臨床試験を実施し、十分な安全性を確保しつつ生物学的製剤規準の見直しが急務である。

 

国立感染症研究所  
インフルエンザワクチン株選定会議事務局  
インフルエンザウイルス研究センター       
     小田切孝人 田代眞人

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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