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髄膜炎菌肺炎の1例

(IASR Vol. 34 p. 368-370: 2013年12月号)

 

はじめに
髄膜炎菌は、飛沫感染によりヒト-ヒト感染を起こし、気道を介して容易に血流感染症や髄膜炎を引き起こす菌であるが、肺炎の原因菌となることは少ない。今回、我々は髄膜炎菌による肺炎の症例を経験したので報告する。

症例:72歳、男性

主訴:発熱、咳、呼吸困難

現病歴:元々日常生活動作(ADL)自立の独居男性。5日前から咳・白色痰が出現し、1日前から発熱・労作時呼吸苦も出現したため受診した。sick contactや海外渡航歴、動物との接触等は無い。

身体所見:血圧135/82mmHg、脈拍92/分、呼吸30/分、体温37.7℃、SpO2 92% (大気下)、意識清明、項部硬直無し、jolt accentuation陰性、右下肺野にcoarse crackleを聴取。腹部・四肢に明らかな所見を認めず。

検査所見:WBC 10,600/μL、CRP 20.8mg/dL、BUN 16.6 mg/dL、血液ガス分析 (大気下):pH7.475、PaCO2 36.5 mmHg、PaO2 59.8 mmHg、HCO3 26.3 mmol/L、BE2.8 mmol/L
胸部レントゲン(図1):右下肺野にair bronchogramを伴う浸潤影。
喀痰グラム染色(図2):好中球とともにGram-Negative Diprococci (GNDC)を多数認める。

入院後経過:原因菌はグラム染色からMoraxella catarrhalis を考え、CURB-65=2点であったため入院の上でセフトリアキソン2g/日を使用した。翌日に喀痰培養の培地を確認すると、血液寒天培地では発育不良、チョコレート寒天培地では半透明のコロニー(図3)が検出された。Neisseria meningitidis (血清群はW-135群)と同定され、 髄膜炎菌肺炎と診断した。血液培養は2セット陰性で、髄液穿刺・培養は患者の頭痛・意識障害等の症状が皆無であったため施行しなかった。感染対策として入院中は患者を個室隔離とし、接触感染対策を行った。セフトリアキソンを7日点滴して退院後、セフォチアム600 mg/日を7日間投与して計2週間で治療終了とした。なお、入院時に見舞いにきた9歳の孫と入院当日にキスをするなど濃厚接触した可能性があったため、お孫さんにはリファンピシン予防内服(10 mg/kg1日2回、2日間)を行った。

考 察
喀痰グラム染色にてGNDCが見えた場合、一般的には(1)気道感染の原因となりうるMoraxella catarrhalis (モラキセラ)、(2)口腔内常在菌のNeisseria 属の口腔内常在菌、を考える。(2)の場合は雑多な菌叢の一部として見えることが多く、グラム染色で均一にGNDCが見えた場合には(1)であることが多い。ただし、髄膜炎菌性肺炎の場合も均一なGNDCとして見えるため、GNDCを見たときは稀な原因菌として髄膜炎菌を頭の隅に置いておくべきである。

モラキセラと髄膜炎菌の形状や培地の発育状況の違いを表1に示す1,2)。髄膜炎菌は血液寒天培地でやや発育不良であること、莢膜を形成するため半透明で粘稠なコロニーとなること等が特徴である。一方でモラキセラは莢膜が無いため、白濁でバターのように固いコロニーとなる。

髄膜炎菌は気道を介して血中に入り、菌血症から髄膜炎を起こす。Waterhouse-Friderichsen 症候群は急激なショックや紫斑・出血斑を伴う劇症型として知られている。髄膜炎菌肺炎の頻度自体は低いとされており、フィンランドの報告では162名の市中肺炎のうち6名が髄膜炎菌によるものだったとの報告3)がある一方、日本の総合病院20施設で3年間行った市中肺炎のprospective studyでは1例も認めていない4)。抗菌薬感受性はβラクタム剤ほぼすべてにおいて良好であるが、近年キノロン耐性株が問題となっている5)

発症予防には一般的にワクチン接種が推奨されるが、日本では未承認である。患者の孫のような濃厚接触者には予防内服が推奨され、リファンピシンやセフトリアキソン、アジスロマイシン等を用いる。海外では11~18歳までのすべての小児に対し髄膜炎菌の4価ワクチンが推奨されている6)が、日本では未承認である。なお、2013年4月から侵襲性髄膜炎菌感染症は感染症法における5類感染症となり、血液・髄液から髄膜炎菌が検出された場合には7日以内に保健所への届出が必要である。

結 語
喀痰グラム染色からGNDCを認めた際、培地で Moraxella catarrhalis とは違う形態のコロニーが発育してきた場合には、髄膜炎菌を鑑別に挙げるべきである。

 

参考文献
1)Johannes E, et al., Neisseria, Manual of Clinical Microbiology 10th edition, pp559-573
2)Mario V, et al., Acinetobacter, Chryseobacte-rium, Moraxella, and Other Nonfermentative Gram-Negative Rods, Manual of Clinical Micro-biology 10th edition, pp714-738
3)Kerttula Y, et al., J Infect 14(1): 21-30, 1987
4)Saito A, et al., J Infect Chemother 12(2): 63-69, 2006
5)Wu HM, et al., N Engl J Med 360: 886-892, 2009
6)MMWR 56(31): 794-795, 2007

 

亀田総合病院 腫瘍内科・内科合同プログラム 佐田竜一

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