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腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群、2013年

(IASR Vol. 35 p. 130-132: 2014年5月号)

 

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome; HUS)は腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の重篤な合併症の一つである。国立感染症研究所(感染研)では、感染症発生動向調査で報告されたEHEC感染症のHUS発症例について、疫学、原因菌、臨床経過、予後等に関する情報を収集し、毎年本誌で報告してきた(IASR 30: 122-123, 2009; 31: 170-172, 2010; 32: 141-143, 2011; 33: 128-130, 2012; 34: 140-141, 2013)。2011年以降、菌不分離であるHUS発症例のEHEC感染症確定診断を目的として、患者血清の抗大腸菌抗体検査を感染研へ依頼するケースが増えつつある(IASR 33:130-131, 2012)。本稿では、感染研における確定診断結果を含めて、2013年のHUS発症例に関してまとめを報告する。

HUS発生状況
感染症発生動向調査に基づくEHEC感染症の報告数(2014年4月10日現在)は、2013年(診断週が2013年第1~52週)が4,045例(うち有症状者2,623例:65%)で、そのうちHUSの記載があった報告は87例であった。HUS発症例の性別は男性32例、女性55例で女性が多かった(1:1.7)。年齢は中央値が5歳(範囲:1~88歳)で、年齢群別では0~4歳が39例(45%)で最も多く、次いで5~9歳21例(24%)、15~64歳13例(15%)の順であった。有症状者のHUS発症率は全体では3.3%であり、年齢群別では5~9歳が6.0%で最も高く、次いで0~4歳が5.9%、10~14歳が4.8%の順で、年齢が高くなるほど発症率が低くなる傾向を示した()。

EHEC診断方法と分離菌およびO抗原凝集抗体
診断方法は菌の分離が55例(63%)で、患者血清によるO抗原凝集抗体の検出のみが31例(36%)、便からのVero毒素(VT)検出のみが1例(1%)であった()。

菌が分離された55例の血清群と毒素型は、血清群別ではO157が全体の87%を占め、毒素型ではVT不明だった1例を除きすべてがVT2を含んだ菌株であった。また、患者血清のみで診断された31例のうち、O抗原凝集抗体が明らかになった29例の内訳は、O157が28例、O103が1例であった。

当初EHECが不分離のHUS発症例として感染研で血清診断を実施した2例では、特定の大腸菌抗体(O157またはO121)が陽性となったことを受け、陽性O群抗体を感作させた免疫磁気ビーズを用いて患者便からの濃縮培養法を実施したところ、当該O群のEHECがそれぞれ分離可能となった。特定のO群を感作させた免疫磁気ビーズの市販品がない場合には自家調製することが可能である(詳細は感染研ホームページからダウンロード可能な「EHEC検査マニュアル 平成24年6月改訂」http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/EHEC.pdf参照のこと)。

感染原因・感染経路
確定または推定として報告されている感染原因・感染経路は、経口感染が51例(59%)、接触感染が8例(9%)、動物・蚊・昆虫等からの感染が2例(2%)、「記載なし」または「不明」の報告が26例(30%)であった。経口感染と報告された51例中16例に肉類の喫食が記載され、うち生肉(ユッケ、レバー、牛刺し、加熱不十分な肉等)の記載は1例(加熱不十分なハンバーグ)のみであった。生肉の喫食があった1例の年齢は6歳であった。

臨床経過(症状・合併症・治療・転帰)
保健所への届出時に選択された臨床症状については、昨年までと同様に血便、腹痛の出現率が高く報告されていた(血便82%、腹痛74%)。

一方、診断した医師への問い合わせにより詳細な情報を収集できた67例(回収率:67/87=77%)の症状は、HUSの3主徴である急性貧血55例(82%)、血小板減少(10万/μl未満)65例(97%)、急性腎機能障害(血清クレアチニン値上昇)55例(82%)はいずれも高く、他は多い順に蛋白尿62例(93%)、下痢(血性でない1日3回以上の軟便または泥状便または水様便)60例(90%)ならびに血尿60例(90%)、血性下痢56例(84%)であった。また、HUSの合併症としては35例(52%)に報告があり、多い順に発熱(38℃以上)30例(86%)、高血圧13例(37%)、意識障害7例(20%)、痙攣6例(17%)、脳症4例(11%)などが報告された。

治療では、67例中50例(75%)で経過中に何らかの抗菌薬が使用され、17例(25%)では抗菌薬の使用がなかった。使用された抗菌薬は、ホスホマイシンが38例(76%)で最も多く使用されていた。また、透析は20例(40%)で実施されていた。その他の治療として、抗菌薬使用および透析がなかった1例で、エクリズマブ*が使用されていた。

保健所への届出から1カ月以上経過した時点で確認した転帰・予後は、63例(回収率:63/87=72%)から回答が得られ、軽快・治癒42例(67%)、通院治療中12例(19%)、入院中4例(6%)、不明5例(8%)が報告された。なお、HUS発症例全体で死亡が確認された症例は1例(致命率1.1%)であり、年齢は5歳であった。

*エクリズマブ:ヒト化モノクローナル抗体で、既存の適応症は発作性夜間ヘモグロビン尿症による溶血抑制。非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)患者の治療として、2013年9月より保険適応。

考 察
過去7年間(2006~2012年)と比較すると、2013年のHUS発症例および発症率はいずれも2009年に次いで少なかった。年齢群別では、5~9歳が最も多く、全体の8割を15歳未満の小児が占めており、2011年を除いて、従来どおり低年齢の小児に多い傾向であった。一方、65歳以上の報告数は3例、発症率は1.1%でともに過去最低であった。

推定(または確定)感染原因・感染経路は、「生肉(加熱不十分な肉を含む)の喫食」が例年10数例程度にみられていたが、2012年は2例に減少し、2013年も1例であった。2012年以降、ユッケや牛生レバーはHUS発症例の推定感染原因として記載されておらず、厚生労働省が行った生食用食肉規格基準設定(2011年10月)、生食用牛レバー提供禁止(2012年7月)の施策が引き続き寄与しているものと推測された。

今回の調査にあたり、症例届出や問合せにご協力いただいた地方感染症情報センターならびに保健所、届出医療機関の担当者の皆様に深く感謝いたします。

 これまでと同様に、菌分離が困難なHUS症例の確定診断については感染研・細菌第一部(ehecアットマークniid.go.jp)までお問い合わせ下さい。

 

国立感染症研究所
感染症疫学センター 齊藤剛仁 金山敦宏 高橋琢理 八幡裕一郎 大石和徳 砂川富正
細菌第一部 伊豫田 淳 石原朋子 大西 真

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