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わが国のRSVの分子疫学

(IASR Vol. 35 p. 148-149: 2014年6月号)

RSウイルス(RSV)はマイナス一本鎖のRNAウイルスで、乳幼児を中心に下気道感染を起こす。血清型でA型とB型に分かれ、さらにG蛋白やF蛋白を用いて遺伝子型に分けられる。表面蛋白のG蛋白は、細胞への付着蛋白であり、抗原決定基を持ち遺伝子可変性に富んでいる1, 2)。G蛋白の遺伝子分類で最も頻用されているのは、PeretらによるG蛋白第2可変領域の270-330塩基の遺伝子配列による分類である3)。これまで、A型RSVは10遺伝子型(GA1-7、SAA1、NA1-2)、B型RSVは20遺伝子型(GB1-4、BA1-10、SAB1-4、URU1-2)に分類されている4)。我々は、2001年から新潟市内の小児科にてRSVの調査を行ってきた。2003年には、スペインの研究者が報告したBAタイプというB型RSVのG蛋白に60塩基の繰り返し挿入が入った型を検出した5)。2004~2006年にはA型RSVの新しい遺伝子型NA1とNA2を見出した6)。その後も、BAタイプの新たな遺伝子型(BA7~10)を報告した7)

2012年より、厚生労働科学研究費補助金「自然災害時を含めた感染症サーベイランスの強化・向上に関する研究」(研究代表者;国立感染症研究所・松井珠乃室長)により、全国的なRSVの疫学調査を開始し、全国12カ所で調査を行った。各地の小児科を受診しRSV感染症を疑われた患児から、迅速診断キット(クイックナビTM-Flu+RSV)を用いてスクリーニングを行い、陽性者から臨床検体を採取した。合計267件の検体から、HEp-2細胞を用いて40件のウイルスが分離され(15.0%)、コンベンショナルPCRでは171件が陽性であった(64.0%)。PCRの結果、A型は146件(85.4%)、B型は25件(14.6%)とA型が優勢であり、都府県別にみてもすべての地域でA型RSVが優位であった()。2012~2013年シーズンは、A型で遺伝子分類ができた136件中、130件がNA1であり(95.6%)、さらにG蛋白第2可変部位に72塩基の挿入配列をもったON1が6件検出された(4.4%)。ON1は2010年にカナダで入院症例を中心にみられた新しい遺伝子型で、NA1の亜型である8)。我々の調査ではON1は神奈川と新潟県のみで他の県では検出されなかった()。また、ON1とNA1の重症度(入院率)には統計的な差が無かった。Tsukagoshiらによると、同シーズンに栃木、千葉、神奈川、山口県の感染症サーベイランス検体からON1が検出されたものの、我々と同様に割合は低かった1)。一方で、B型RSVは遺伝子分類が可能であった19件中、18件がBA9(94.7%)、1件がBA7であった(5.3%)。近年、アジア各地でRSVの分子疫学がさかんに行われており、フィリピン、中国でもNA1とBA9、BA10が検出されている4, 9)

RSVのG蛋白遺伝子解析の問題点として、1)遺伝子型分類の基準、2)遺伝子型の意義が挙げられる。1)については、Peretらのグループが遺伝子型分類を提唱して以来、研究者ごとに様々な基準で新しい型を報告してきた。最近の論文では、新しい遺伝子型の基準として、70%以上のブートストラップ値を持ち、グループ内のp-distanceが0.07未満であることを用いたものが多い10)。研究者間で統一した基準を用いることは、異なる地域での比較を容易にするために重要である。2)については、G蛋白の新しい遺伝子型が年々報告されているものの4, 9)、遺伝子多様性と免疫原性との関連や、臨床像への影響は十分わかっていない。RSVのG蛋白は可変性に富むが、同部位による中和抗体は限定的で感染を抑えきれないことが明らかになってきている2)。また、ON1など一部の遺伝子型では臨床的に重症化するといわれているが、その確からしさや、実験室的な検証はこれからである。

我々は、2013~2014年シーズンも同様に全国的なRSV調査を行い、結果を解析中である。今後は、国立感染症研究所を中心に地方衛生研究所からのRSVを集約的に解析するシステムが構築されることが望まれる。

 

参考文献
  1. Tsukagoshi H, et al., Microbiol Immunol 57: 655-659, 2013
  2. Melero JA, et al., Curr Top Microbiol Immunol 372: 59-82, 2013
  3. Peret TC, et al., J Gen Virol 79(Pt 9): 2221-2229, 1998
  4. Cui G, et al., PLoS One 8: e75020, 2013
  5. Sato M, et al., J Clin Microbiol 43: 36-40, 2005
  6. Shobugawa Y, et al., J Clin Microbiol 47: 2475-2482, 2009
  7. Dapat IC, et al., J Clin Microbiol 48: 3423-3427, 2010
  8. Eshaghi A, et al., PLoS One 7: e32807, 2012
  9. Ohno A, et al., J Clin Virol 57: 59-65, 2013
  10. Venter M, et al., J Gen Virol 82: 2117-2124, 2001
新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野   
  齋藤玲子 齋藤孔良 Isolde Caperig Dapat 
  近藤大貴 八神 錬 日比野亮信 菖蒲川由郷  
日本外来小児科学会リサーチ委員会
  池澤 滋 加地はるみ 斉藤 匡 西藤成雄 島田 康 白川佳代子 杉村 徹
  鈴木英太郎 瀬尾智子 武井智昭 冨本和彦 中村 豊 西村龍夫 永井崇雄  
佐野医院 佐野康子  
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