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フィリピンにおけるRSウイルスの疫学とその意義

(IASR Vol. 35 p. 150-151: 2014年6月号)

Respiratory syncytial virus(RSV)は、日本や欧米では乳幼児の細気管支炎を含む急性下気道感染症の重要な原因としてその臨床的意義は確立している。熱帯地域の途上国では肺炎などの急性呼吸器感染症は5歳未満の小児の死因として最も重要なものである。しかし、これまで熱帯地域でのRSVの実態はよくわかっていなかった。近年多くのデータが世界中から得られるようになり、RSVは熱帯地域を含めた世界全体で小児の急性下気道感染症の最も重要な原因であり、RSVによって世界中で6.6万~19.9万人の小児が死亡しており、その99%が途上国で起きていると推計されている1)

我々は2008年よりフィリピンの熱帯医学研究所(Research Institute for Tropical Medicine: RITM)に研究拠点を設置し、ウイルス感染症を中心とした感染症研究を行ってきている2)。その中で、急性呼吸器感染症におけるRSV等の呼吸器ウイルスの役割について明らかにしてきた。

2008年5月からレイテ島のタクロバン市にある東ビサヤ地域医療センター(Eastern Visayas Regional Medical Center :EVRMC)において、重症肺炎と臨床的に診断され入院している小児を対象にした研究を行ってきている。2008年5月~2009年5月までの1年間に重症肺炎で入院した小児819例のうち198例(24.2%)からRSVが検出され、このうち193例からグループAのRSVが、5例からグループBのRSVが検出された。さらにグループA陽性例のうち7.5%(12/160)が死亡例(重症化し自主退院した例を含む)であり、死亡原因としてもRSVが重要であることが示された3)。また、2008年5月~2012年4月までの間にEVRMCに入院した小児重症肺炎患者2,150例中415例(19.3%)がRSV陽性であった4)図1に2008年5月~2013年3月までにEVRMCに入院した小児重症肺炎の症例数とRSV陽性数を示している。2009~2010年はRSVの陽性率が低かったが、それ以外の年では8月~翌年の2月ぐらいにかけてRSVの陽性数が増えることが明らかになった。EVRMCでは重症肺炎と診断され入院した小児を対象としているが、多くの途上国において、重症肺炎の診断は世界保健機関(World Health Organization;WHO)の提唱しているIntegrated Management of Childhood Illness(IMCI)の診断基準を使用している。この診断基準ではX線診断を必要としておらず、呼吸数や陥没呼吸の有無など臨床症状から判断している。したがって、この中には実際には肺炎だけではなく、気管支炎、細気管支炎、さらには喘息などが含まれる可能性がある。

また、ルソン島北部のバギオ市においてもインフルエンザの疾病負荷研究の一環としてRSVの検索も行っている5)。バギオ市では市内の医療機関に重症急性呼吸器感染症(severe acute respiratory infection; SARI)で入院した、成人を含むすべての患者からの検体を採取し、PCRでRSVの検索を行っている。表1に2009~2011年までの年齢別のRSVの陽性数・陽性率を示してある。年別の陽性率は16.8%(2009年)から23.2%(2010年)であったが、陽性率は2歳未満の小児で高く、特に6か月未満の乳児で高かった。しかし、陽性数としては6~23か月の小児の方が高かった。成人では陽性率は低いものの、いずれの年でも陽性を認めた。

レイテ島タクロバン市とルソン島バギオ市いずれの研究でも、RSVは急性呼吸器感染症の入院患者のなかで重要な役割を果たしており、特に乳幼児のSARIの主要な原因となっていることが明らかになった。しかし、RSVに対して有効な予防法としては、高価なヒト化モノクローナル抗体しかなく、フィリピンのような国で使用することは現実的ではない。より安価で有効な予防・治療方法の確立が必要であると考えられる。

 

参考文献
  1. Nair H, et al., Lancet 375: 1545-1555, 2010
  2. 押谷仁, et al., ウイルス63: 45-50, 2012
  3. Suzuki A, et al., BMC Infect Dis 12: 267, 2012
  4. Ohno A, et al., J Clin Virol 57: 59-65, 2013
  5. Tallo VL, et al., Influenza Other Respir Viruses 8: 159-168, 2014
東北大学大学院医学系研究科・微生物学分野
  押谷 仁 岡本道子 神垣太郎 齊藤麻理子 齊藤繭子 玉記雷太
国立病院機構仙台医療センター ・ウイルスセンター 鈴木 陽
 

 

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