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北海道におけるノロウイルスの分子疫学

(IASR Vol. 35 p. 165-167: 2014年7月号)

我々は,北海道におけるノロウイルス(NoV)の流行状況を把握するため、集団胃腸炎事例の患者糞便から検出されたNoVについて分子疫学的解析を行っている。今回は、2010年9月~2014年3月までの4シーズン(9月~翌年8月までを1シーズンとする)についての結果を報告する。今回の対象は、感染症事例と調理者を介した食品汚染が原因と考えられた食中毒事例とし、二枚貝関連の食中毒事例は道内産以外の二枚貝による事例が含まれることから除外した。

NoVはORF1/ORF2ジャンクション領域で組換えを起こすことが知られている。そのため、一般的に用いられるORF2の塩基配列を基にした遺伝子型に加え、ORF1遺伝子型の確認も行った。ORF2遺伝子型は、VP1のSドメイン領域の塩基配列を基に系統樹解析により決定した。遺伝子型番号はKronemanらの分類1)に従い、系統樹解析の参照株はFields Virology 6th edition2)に掲載された株を使用した。ORF1遺伝子型の分類は、ポリメラーゼ領域の一部の塩基配列を基にNorovirus Genotyping Tool (http://www.rivm.nl/mpf/norovirus/typingtool)を用いて行った。GII.4 variantの分類は、VP1のP2サブドメインとポリメラーゼ領域の一部の塩基配列を基に系統樹解析により行った。

図1に、2010/11~2013/14シーズンに北海道で発生した集団胃腸炎の事例数を示した(北海道庁統計)。最近の北海道では冬季と春季の事例発生数にあまり差がみられず、冬季に明確な発生数のピークを認めたのは、事例発生数が例年の約2倍となった2012/13シーズンのみであった。いずれも、発生事例の9割以上が感染症事例であった。

図2に、北海道で発生した感染症事例のうち、当研究所で分子疫学的解析を行った事例について、検出されたNoVのORF2遺伝子型を示した。GII.4はいずれのシーズンにおいても優勢であったが、その占める割合はシーズンにより大幅な変動がみられた。これは主に高校生以下の年齢層(以下、低年齢層)からの検出状況によるものであり、成人~高齢者(以下、高年齢層)では,すべてのシーズンにおいて検出遺伝子型がよりGII.4に偏る傾向をみせた(図3)。NoVの大きな流行がみられた2012/13シーズンは低年齢層においてもGII.4検出事例の割合が高く、感染症事例全体でみると90%(131/146事例)という非常に高い割合でGII.4株が検出された(図23)。また、4シーズン中に検出されたGII.4株は3種類のvariantに分類されたが(図4)、2012/13シーズンはその92%をSydney 2012が占めており、北海道における2012/13シーズンのNoV流行は、ほぼGII.4 variant Sydney 2012単独によるものであったことが示された。Sydney 2012はORF1遺伝子型がGII.Peのキメラウイルスであり、北海道では2012年1月に初めて検出された新しいGII.4 variantである。1月以降は2、3、5月に1事例ずつから検出されたが、いったん終息し、10月に再度検出された後、11月から急激に検出事例が増加した。Sydney 2012の初めての検出から流行開始までに約10カ月の間隔があったが、この間のSydney 2012の動向を確認することはできなかった。その把握には、下水や散発例からのNoV検出情報が必要であると考えられた。

2012/13シーズン以外の3シーズンでは、主に低年齢層で、GII.4以外の遺伝子型も多数検出された。2010/11シーズンはGII.4とほぼ同じ割合でGII.2、GII.3、GII.14が検出され、2011/12シーズンはGII.2、2013/14シーズンはGII.14がGII.4に次ぐ優勢遺伝子型であった。ORF1とORF2の遺伝子型の組み合わせをみると、GII.14株のORF1遺伝子型はGII.P7のみであった。GII.3株は、北海道では過去にORF1遺伝子型の組み合わせが異なる5種類の株が検出されているが、2008年1月以降に検出された株はすべてGII.P12_GII.3であった。一方、GII.2株は、2010年10月まではGII.P7_GII.2が主流(一部GII.P6_GII.2あり)であったが、2011年1月以降はGII.P16_GII.2に完全に置き換わっていた。2010/11および2011/12シーズンのGII.2株の流行は、この新規キメラウイルスによるものであった。

調理者を介した食品汚染が原因と考えられる食中毒事例においてはGII.4検出事例の割合が非常に高く、各シーズンそれぞれ2/2、2/3、7/7、5/6事例であり、GII.4以外には2011/12にGII.2、2013/14にGI.6がそれぞれ1事例から検出されたのみであった。検出されたGII.4 variantの種類は同時期の感染症事例における検出状況(図4)とほぼ一致した。前述のとおり、成人の感染症事例から検出されるNoV遺伝子型はGII.4に偏りがみられる。調理者を介した食品汚染の原因はNoV感染の調理者由来のNoVである場合が多いことから、原因となるNoVの遺伝子型は成人の感染症事例における流行遺伝子型を反映すると考えられた。

NoVは毎年冬季を中心に流行を繰り返しているが、主に低年齢層において、シーズンによる優勢遺伝子型の変動が確認された。これには新規GII.4 variantや新規キメラウイルスの出現も関わっていた。一方、高年齢層において検出されるNoVの遺伝子型はGII.4に偏っており、2012/13シーズンのように新規GII.4 variantの出現などにより低年齢層でGII.4が流行した場合は、高年齢層へのNoV GII.4の拡大リスクが増加し、NoVの大流行に繋がる可能性が高くなると考えられた。NoV流行を把握するためには、ORF1およびORF2遺伝子型とvariant分類による解析を継続して実施することが大切である。

謝辞:検体採取等にご協力いただきました北海道保健福祉部健康安全局ならびに各保健所の関係者各位に深謝いたします。

 

参考文献

  1. Kroneman A, et al., Arch Virol 158:2059-2068, 2013
  2. Green KY, In Fields Virology 6th eds, pp 582-608, 2013

北海道立衛生研究所感染症部ウイルスグループ 吉澄志磨 後藤明子 石田勢津子   
北海道上川総合振興局保健環境部保健行政室試験検査課 山口博美
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan