印刷
IASR-logo

ノロウイルス主要抗原遺伝子(VP1 gene)の分子進化

(IASR Vol. 35 p. 170-171: 2014年7月号)

ノロウイルス(NoV)は、カリシウイルス科、ノロウイルス属に属するウイルスである。NoVのゲノムは、3つのORF(open reading frame, ORF1-3)によって構成され、ウイルスキャプシドおよび主要抗原であるVP1蛋白(viral protein 1)はORF2にコードされている。さらに、ヒトに感染するNoVには、ORF1にコードされているポリメラーゼ(RNA dependent RNA polymerase, RdRp)あるいはVP1遺伝子の系統解析から、2つの遺伝子群(genogroup)、GIおよびGIIに分類されている1-3)。さらに、これらの遺伝子群のNoVは、GIでは9遺伝子型(GI.1~GI.9)、GIIでは22遺伝子型(GII.1~GII.22)に細分類されることが示唆されている2)。NoVは、単に多種類の遺伝子型のウイルスが存在するだけでなく、抗原性も多様であることが示唆されている1-3)。この原因には、抗原性を反映すると考えられるVP1蛋白の隆起(突出)部分、通称P2領域(protruding 2 domain)を構成する部位にアミノ酸変異が頻繁に生じることがあげられる2)。したがって、NoVの抗原性の変化に関する研究を行うには、VP1遺伝子の詳細な遺伝学的解析が必須となる。さらに、野外株の分子疫学解析も重要であると思われる(本号5, 7, 8, 9, 10ページ参照)。

一般に、ウイルスゲノムの進化(変異)は、ゲノムを構成する核酸の種類、ゲノムサイズおよびゲノム構造などが影響すると考えられる。また、宿主側の要因、たとえば生体防御の圧力も進化に影響することが示唆されている。最近、ウイルス遺伝子の塩基配列を基盤とした、分子進化解析法が急速に進展しつつある。本稿においては、NoVの分子進化の主要な指標となりうるVP1遺伝子の時系列系統解析および進化速度に関する知見を概説する。

時系列系統解析および進化速度の推定は、ベイジアン・マルコフ鎖モンテカルロ法(Bayesian Markov chain Monte Carlo method, MCMC法)によって行った4,5)VP1遺伝子全長配列を基盤としたNoV GIおよびGIIの各遺伝子型の参照株の分子系統樹を図1に示す。図1aに示すように NoV GIは、GI.3、GI.7、GI.8とGI.9あるいはGI.2、GI.4、GI.5とGI.6は同じ進化方向を示し、GI.1のみは両者と異なる方向を示した。一方、GIIは、図1bに示すような放射状進化を示しているが、おおよそ2つの異なる進化方向で各遺伝子型の参照株が進化したことが示唆される。また、時系列系統解析により、GI参照株は西暦1885年頃、GII参照株は西暦1542年頃に起源がさかのぼれることが推定された。さらに、GI参照株の推定進化速度は、1.07×10-2 substitutions/site/yearで、GII参照株においては、2.2×10-3 substitutions/site/yearであることがわかった。これらの進化速度は、A型インフルエンザウイルスのHA遺伝子、RSウイルスG遺伝子あるいはライノウイルスVP4/VP2領域などの進化速度に近似していると考えられる5)。以上のことから、NoV GIおよびGIIのVP1遺伝子は進化の方向性や進化の様式は異なるが、ともに非常に速い速度で進化し、これらのことがNoVの抗原性の多様性に関与していることが推察される。今後、さらに多数の野外株を用いた詳細な本ウイルスの分子進化・分子疫学に関する研究が必要であろう。

 
参考文献
  1. Katayama K, et al., Virology 299: 225-239, 2002
  2. Kroneman A, et al., Arch Virol 158: 2059-2068, 2013
  3. Green K, Fields Virology 6th eds pp582?608, 2013
  4. Drummond A, et al., BMC Evol Biol 7: 214, 2007
  5. Kushibuchi I, et al., Infect Genet Evol 18: 168-173, 2013

国立感染症研究所感染症疫学センター 木村博一 石岡大成 大石和徳
同 ウイルス第二部 片山和彦
同 病原体ゲノム解析研究センター 関塚剛史 山下明史 黒田 誠 
群馬県衛生環境研究所 塚越博之 小林美保 小澤邦寿
北海道立衛生研究所 吉澄志磨
青森県環境保健センター 古川紗耶香
宮城県保健環境センター 植木 洋
栃木県保健環境センター 水越文徳
埼玉県衛生研究所 篠原美千代
神奈川県衛生研究所 鈴木理恵子
静岡県環境衛生科学研究所 佐原啓二
大阪府立公衆衛生研究所 左近直美
広島県立総合技術研究所保健環境センター 重本直樹
熊本県保健環境科学研究所 原田誠也
川崎市健康安全研究所 清水英明 石川真理子 岡部信彦
山口県環境保健センター 岡本玲子 調 恒明
愛媛県立衛生環境研究所 山下育孝 四宮博人
横浜市立大学医学部微生物学 梁 明秀

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan