国立感染症研究所

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わが国におけるインテグラーゼ阻害剤耐性の動向

(IASR Vol. 35 p. 211-212: 2014年9月号)

HIV感染症の治療は1987年の最初の抗HIV薬AZT の登場により幕を開けたが、それ以来約25年間の間に多くの新薬が開発され、今日までに5クラス23種類が承認されている。新薬の開発に伴い治療レジメも大きく変化して、既に使用されなくなった薬剤も多数あるが、最初の抗HIV薬AZT 1)と1996年のプロテアーゼ阻害剤(protease inhibitor: PI)の登場と、それに伴う多剤併用療法(combination antiretroviral therapy: ART)の始まり2)は抗HIV薬開発史の中で銘記すべき革命的な出来事である。2007年に実用化されたインテグラーゼ阻害剤(integrase strand transfer inhibitor: INSTI) raltegravir (RAL)3)も同様に、その後の治療レジメを大きく変えた点で路標として記憶すべき事柄である。本稿では登場から7年を経たINSTIの薬剤耐性のわが国の現状と今後の課題について述べたい。

RALは2007年に最初に登場したINSTIであり、多くの症例に投与されてきた。RALではそれぞれY143C、Q148H/K/R、N155Hの3つの異なる薬剤耐性獲得経路が知られている(表1)。いずれの経路も1~2個の変異獲得で臨床的に有意なレベルのRAL耐性を呈することからgenetic barrierが低いとされ、RALの登場時には、その耐性株の増加が危惧された。しかしながら、登場から7年経つ今日においても、RAL耐性症例数は著しく低いことが明らかになっている。図1は我々の施設におけるRAL投与452例における耐性獲得比率と観察された耐性パターンの比率を示しているが、耐性獲得症例はわずか14例(3.1%)にすぎない。これはRAL耐性獲得のgenetic barrierは低いものの、いずれの変異もウイルス増幅能力 (replication capacity: RC) 低下等の代償が大きく、耐性株の選択が抑えられている可能性、あるいは併用薬剤等ART全般の進歩が影響していることが推測される。なお、我々の施設で観察された各耐性症例数は、Y143C:4例、Q148H/K/R:4例、そしてN155H:6例であり、3系統の出現頻度に統計学的有意差は認められなかった。ARTを受けている集団でのRAL耐性症例数が極めて低いことから、新規HIV/AIDS診断症例においても、2007年のRAL登場以降今日に至るまでRAL耐性株の伝播症例は1例も確認されていない。

RAL以降、2013年にelvitegravir (EVG)、そして2014年にはdolutegravir (DTG)が加わり、現在INSTIの選択肢は3種類に広がっている。しかし、このうちEVGはRALと交差耐性を示すことから、RAL耐性症例の救済とはなり得ない。一方、DTGに関しては耐性変異がまだ完全には明らかでないが、RAL耐性症例を対象にした臨床試験では、G148Hに2つ以上の変異が加わるとDTGの治療効果が下がることが報告されている4)。我々の施設でG148Hを獲得した4例はすべて2次変異が2個以上集積しており、これらの症例ではDTGの有効性は期待できないと思われる。

INSTIの登場以降、PIあるいは非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)からINSTIを含むレジメへの切り替えが進んでおり、INSTI投与症例が増えているが、それに伴い耐性獲得頻度は低いものの、実数としてはINSTI耐性症例が増えて行くことが予想され、INSTI耐性ウイルスによる伝播を含め、その動向には注意を払うことが必要と思われる。

参考文献
  1. Mitsuya H, et al., Proc Natl Acad Sci USA 82(20): 7096-7100, 1985
  2. Perelson AS, et al., Nature 387(6629): 188-191, 1997
  3. Markowitz M, et al., J Acquir Immune Defic Syndr 43(5): 509-515, 2006
  4. Castagna A, et al., J Infect Dis 210(3): 354-362, 2014
国立病院機構名古屋医療センター
エイズ治療開発研究センター 杉浦 亙 横幕能行

 

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