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最もHIV感染リスクが高い者に医療サービスが届いていない、世界保健機関が懸念(WHOプレスリリース)

(IASR Vol. 35 p. 214-215: 2014年9月号)

2014年7月11日、世界保健機関(World Health Organization; WHO)は、最もHIV感染リスクが高い5つの集団〔男性と性行為をする男性(men who have sex with men; MSM)、刑務所の囚人、注射薬物使用者、性風俗産業従事者、トランスジェンダー〕へ十分なHIVサービスが行き届いていない現実が、HIV対応の進歩を妨げていると警告した。

彼らは、最もHIV感染リスクが高いにもかかわらず、HIV感染予防、診断、治療のサービスが最も行き届いていない集団である。多くの国で、彼らは国のHIV対策計画の対象に入っておらず、加えて差別的な法律や制度がこのようなサービス利用の大きな障害となっている。

WHOは新しいガイドライン、"Consolidated guidelines on HIV prevention, diagnosis, treatment and care for key populations"をオーストラリア・メルボルンでの国際エイズ会議(International AIDS Conference in Melbourne, Australia)を前に発表した。

HIV感染を減らしていくためには
新ガイドラインには、新規HIV感染を減らすために、そして5つのハイリスク集団がHIVの検査、治療、患者ケアを受けやすくするために各国が行うべきステップが示されている*。このステップには臨床上の推奨が網羅されているが、これらの対策が効果的に行われるために、各種サービスを多くの人が利用することを阻んでいる法的・社会的なバリアが各国において取り除かれるべきであるとWHOは唱えている。

世界各地のMSMのHIV感染率は依然として高く、新たな予防対策が直ちに必要である。WHOは、MSMがコンドームの使用に加え、抗レトロウイルス薬の予防内服(曝露前予防内服pre-exposure prophylaxis; PrEP)を感染予防の選択肢の一つとすることを強く推奨する**。

モデル推計によると、PrEPを行うことにより、世界的に20~25%のMSM間のHIV感染を予防できるという結果が出ており、これは10年間で最大100万人の新規HIV感染を予防することを意味している。研究によれば、女性の性風俗産業従事者は他の女性より14倍、MSMは全人口より19倍、トランスジェンダーの女性は他の成人より50倍HIVに感染していることが示された。また、注射薬物使用者は全人口より50倍HIVに感染するリスクがあるという結果が報告されている。

WHOのHIV対策局のゴットフリート・ヒルンシャル(Gottfried Hirnschall)局長は、「性風俗産業従事者やその客には、夫があり、妻があり、パートナーがいる。薬を注射する人もいれば、子供がいる人も多くいる。彼らのようなハイリスク集団にHIVサービスを提供できなければ、HIV対策の進歩は妨げられ、個人、家族、そして彼らを含むコミュニティーの健康を危険にさらすことになる」と述べ、「ハイリスク集団も社会の一部だ」と説いている。

継続的な世界規模の進歩が依然として重要
このガイドラインは、HIVに対する継続的かつ世界規模の進歩が重要であるという新たなデータが示されたために公開された。2013年末までに約1,300万人が抗HIV療法(antiretroviral therapy; ART)を行っており、そのうち1,170万人が低・中所得国に住んでいる。2009~2012年の間にはARTによりHIV関連死亡数が20%減少した。

しかし、感染予防対策は特にハイリスク集団において非常に遅れている。彼らのニーズに対応した対策が、各国のHIV対策計画に未だ十分含まれていない。世界的には、調査国の中で70%がMSMと性風俗産業従事者のニーズに取り組むことを明記している一方、注射薬物使用者のニーズを示している国は40%のみである。トランスジェンダーはほとんどHIV対策プランには含まれておらず、彼らに対する制度が名目上存在していても、実際にサービスを利用するのは難しい状況である。

治療に関しても、ハイリスク集団は他の集団と同じような医療を受ける機会が保障されているとはいえない。たとえば、東欧州のある地域では、HIV感染者の半分以上が注射薬物使用者であるが、ARTはHIV感染者の3分の1にしか行き届いていない。

多くの国では、性行為、薬剤使用、ジェンダー表現、性的嗜好に対する法律の存在が差別をより強いものにしている。一方、ハイリスク集団に対してHIVサービスの利用を支援する法律や制度がある国では、HIVによる病気や死亡は減少しており、新規HIV感染の発生率も低レベルあるいは減少していて、その傾向は性風俗産業従事者や注射薬物使用者の間で顕著である。

WHO・HIV対策局のレイチェル・バガレイ(Rachel Baggaley)は次のように述べている「勇気ある大胆な制度は大胆な結果を出す。タイは性風俗産業従事者に対するHIVサービスプログラムを導入したパイオニアであり、性風俗産業従事者の健康を保ち、HIV感染の発生率を減らすことの重要性を認識していた。また、マレーシア、スペイン、タンザニア連合共和国は、注射薬物使用者に対してオピオイド代替療法や注射に関するプログラムを導入することにより、大きく進歩した。効果的なHIV予防と治療サービスを注射薬物使用者に提供することで、注射薬物使用者でのHIV感染は最小限に留まることがデータから示されている」。

このガイドラインは、「包括的なHIVパッケージ」として、5つのハイリスク集団に対する、予防、診断、治療、そして患者ケアを示し、これらの集団の特定の問題や若年層のニーズにも触れている。また、性教育やメンタルヘルス、そして結核や肝炎等の疾患との共感染に関する対策も取り上げている。さらに、薬物依存治療の推奨を含むオピオイド代替療法や注射に関するプログラムの重要性が強調されている。

オーストラリア・メルボルンの国際エイズ会議では、WHOは各国政府にHIV対策プログラム強化を呼びかけ、すべてのハイリスク集団が、進歩し続けるHIV治療とプログラムの効果から利益を得られるようにすることを推奨する。

*ハイリスク集団は、地域の流行状況によらず、特定のリスクの高い行動からHIV感染のリスクが高い集団と定義される。また、彼らはしばしばHIV感染リスクの高い行動に関連した法的あるいは社会的な問題を抱えている。このガイドラインでは5つのハイリスク集団に焦点を当てている。

**Pre-exposure prophylaxis(PrEP)はHIV陰性だがHIVに感染する危険がある者に対し、毎日1錠、通常2つ以上の抗レトロウイルス薬を内服させHIV感染を予防することである。PrEPは、定期的に行えばリスクの高い集団でHIV感染を最大92%減少させるが、定期的に内服が行われなければ効果ははるかに小さくなる。
http://who.int/mediacentre/news/releases/2014/key-populations-to-hiv/en/)  

 

国立感染症研究所感染症疫学センター
  有馬雄三 山岸拓也 高橋琢理 金山敦宏 石金正裕 砂川富正
 

 

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