国立感染症研究所

IASR-logo

成人肺炎球菌性肺炎の疫学

(IASR Vol. 35 p. 238-239: 2014年10月号)

背 景
肺炎球菌は、表面を莢膜多糖体(capsular polysaccharide: CPS)で覆われたグラム陽性双球菌であり、少なくとも93種類の血清型に分類される。小児の鼻咽頭に定着することが多く、小児、成人において中耳炎、急性気管支炎、肺炎の原因となり、敗血症、髄膜炎などの侵襲性肺炎球菌感染症(invasive pneumococcal disease: IPD)をきたす1)。ワクチンにはCPSを抗原とした23価肺炎球菌ポリサッカライドワクチン(PPSV23)、肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7、PCV13など)があり、小児および成人のIPDの発生を抑制する効果が示されている。しかし、成人の肺炎球菌性肺炎に対する有効性を示すエビデンスは限られている。

世界各国の報告において、肺炎球菌はもっとも主要な成人肺炎の起炎菌であり、本邦でも成人肺炎症例中の17~24%を占めると報告されている2, 3)。しかし、比較的研究が進んでいるIPDに比べて、肺炎球菌性肺炎の一般人口における発生率については、ほとんど情報が蓄積されていない。世界的にみて最も高齢化が進行する日本において、有効な肺炎対策を計画・実施するには、肺炎球菌性肺炎の疾病負荷に関する正確なデータが必須である。

方 法
全国成人肺炎研究グループ(APSG-J)は、多施設共同前向き研究を行い、2011年9月~2013年1月までの期間、北海道、千葉、高知、長崎の4県の急性期病院において、受診した市中発生成人肺炎(community onset pneumonia: COP)を全例登録し、臨床検体と臨床情報を収集した。血液培養法、および喀痰検体から定量培養法、multiplex PCR法、尿中抗原検査法を用いて、肺炎球菌の同定を行った。また、各病院の総外来受診数、および厚生労働省が実施している患者調査のデータに基づいて推定モデルを構築し、肺炎の発生率を算出した。

結 果 
解析対象となった1,772症例のうち、59%が男性であり、75%が65歳以上、25%が85歳以上であった。血液培養を行った1,039例中の1%、喀痰培養を行った1,594例中の9%から肺炎球菌が分離同定された。受診前に抗菌薬が投与されている場合を考慮し、喀痰中multiplex PCR法陽性例、尿中抗原陽性例を併せると、肺炎球菌関連の肺炎は全体の28%と算出された。なお、肺炎球菌の陽性率について、明確な季節変動は認めなかった。

本邦における成人COPおよび肺炎球菌関連肺炎の年間発生率(/1,000人・年)は、それぞれ16.9、4.7であった。年齢群別のCOPおよび肺炎球菌関連肺炎の発生率を図1に示す。いずれも発生率は65歳以上の高齢者で急激に増加していた。喀痰から分離培養された肺炎球菌の血清型を調べたところ、3型が最も多く、次いで19F、6Bの順であった(図2)。PPV23の血清型カバー率は62.7%、PCV13は49.3%であった。また本研究では、高齢化社会を背景として、肺炎球菌関連肺炎と同様に、誤嚥性肺炎の発生率が高いことが確認された。

考 察
本研究では、依然、肺炎球菌は成人肺炎の起炎菌として重要であり、特に65歳以上の高齢者において、肺炎球菌関連肺炎の発生率が著明に増加することが示された。血清型分布については、2013~2014年にかけて実施されたIPDサーベイランスの結果と類似した傾向が認められた1)

本邦では、2014年にPPV23が定期接種化され、PCV13の適応が高齢者にも拡大された。これにともない、高齢者におけるワクチン接種率が上昇することが期待される。しかし、優先すべき接種対象者グループの選定、適切なワクチンの接種時期、追加接種の必要性について、十分なエビデンスに基づいて議論されているとは言い難い。また、小児に対して接種されるPCV13の間接効果が加わることで、IPDと同様に、成人肺炎球菌性肺炎症例中の血清型置換(serotype replacement)が発生することが予想される。高齢者の肺炎は多因子が複雑に関与しており、その対策には、ワクチンのみならず多角的戦略が求められる。肺炎球菌性肺炎の発生率および血清型分布について、継続的なモニタリングを実施するとともに、ワクチン以外の高齢者肺炎に対して有効な予防手段の確立が求められる。

謝辞:APSG-Jにご協力いただいている各医療施設の関係者の方々に感謝申し上げます。


参考文献
  1. IASR 35: 179-181, 2014
  2. Shindo Y, et al., Am J Respir Crit Care Med 188: 985-995, 2013
  3. Ishiguro T, et al., Intern Med 52:317-324, 2013

長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症学分野    
全国成人肺炎研究グループ (Adult Pneumonia Study Group-Japan; APSG-J)     
  森本浩之輔 鈴木 基 石藤智子 阿部昌彦 浜重直久 麻生憲史 青島正大 有吉紅也
 

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version