国立感染症研究所

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変遷する梅毒の血清学的検査方法に関して

(IASR Vol. 36 p. 20: 2015年2月号)

 

梅毒の診断方法としては主に1)Treponema pallidum (TP)の検出、2)梅毒血清学的検査があげられる。このうちTPの検出方法としては暗視野法、パーカーインク法、蛍光抗体直接法等があるが、これらの方法は熟練とやや特殊な手技を要し、施行することのできる医師や技師のいる施設が限られる。また、TPの多い病変が無ければ施行はできず、このため血清学的検査が診断に最も汎用される。

梅毒の血清学的検査はカルジオリピンを抗原に用いる方法とTP抗原を用いる方法に分けられる。このうちカルジオリピンを抗原とする梅毒の血清学的検査の主流は、かつてはRPRカードテストやガラス板法といわれる検査方法(倍数希釈法)であった。これらは技師の煩雑な用手的操作ならびに目視による凝集反応の確認を要する。しかし、感染症のスクリーニング検査として非常に多数の検体を扱う検査として、これら旧来の検査方法は非効率的であり、さらに技師が操作の手違いで病原体に曝露してしまう危険性も指摘されていた。

倍数希釈法に代わって、現在主流になりつつあるのは自動分析器による自動測定が可能な方法(自動化法)である。自動化法は凝集反応による吸光度の変化を用いて抗体価を測定する。倍数希釈法は2n乗の希釈系列のどこまで凝集反応を確認できたかで結果が示されるが(例:1倍未満、1、2、4、8、16、32、64...倍)、自動化法では小数点第一位までの連続値で示される。

自動化法の試薬は「メディエースRPR」、「ランリームSTS」、「LASAYオートRPR」、「イムノティクルスオート3RPR」等、複数が国内で承認販売されており、単位はR.U.、U、SU/mlと異なる。どの試薬も1.0以上を陽性、1.0未満を陰性として判定する。つまり倍数希釈法の1倍未満が1.0R.U.、UおよびSU/ml未満に対応する。定性検査としての性能に関していえば、自動化法と倍数希釈法と一致率は高い。しかし定量値に関しては、倍数希釈法と自動化法の抗体価には相関性はあるものの、数値自体の一致はみない。言い方を変えれば、同じ陽性検体を倍数希釈法と自動化法で抗体価を測定すれば、倍数希釈法よりも自動化法の結果が高いこともあれば低いこともある1)

さて、周知のごとく、カルジオリピンを抗原とする梅毒の血清学的検査は、梅毒の診断のみならず、その治療効果判定や再感染の評価、感染症法の無症状病原体保有者の届出にも関わる重要な検査である。ここで問題となるのは、旧来の倍数希釈法と数値の一致をみない新しい自動化法の結果をどのように扱うべきかである。

まず初感染の診断に関しては、従来と同等の定性の性能を持つ自動化法は問題のない効果を発揮するであろう。次に治療効果判定や再感染の評価に関しては、抗体価の変化を扱うこととなる。倍数希釈法では希釈系列で2管以上の変化、比較して4倍以上の変化を有意な変化と考えていた(たとえば8倍が2倍以下になる、あるいは8倍が32倍以上になる)。では自動化法ではどの程度変化すれば有意とすべきなのか、いまのところ結論は出せていない。私見を述べれば、自動化法の変化は鋭敏であり、前後比較して2倍に満たない変化でも有意にとれるのではないかと考える。むしろ重要なのは、もしわずかな変化しかしない場合でもその推移をみることである。つまり、有意とするべきか疑問のある抗体価の変化が出た場合には、通常よりも短い期間で再診、再検査を促すべきである。

梅毒は感染症法で5類の全数把握疾患であり、診断した場合には全例行政機関に報告する義務がある。梅毒の無症状病原体保有者の届出に関しては、現在、倍数希釈法では16倍以上、自動化法では概ね16.0 R.U.、16.0 Uもしくは16.0 SU/ml以上のものとしている。この基準に関する妥当性の検討として、150例程度の検体で倍数希釈法の16倍以上と自動化法の16.0 R.U.、UおよびSU/ml以上を陽性判定基準とした一致率をみてみたところ、試薬ごとに異なるが、一致率は概ね80~90%であった(データは未投稿)。これを高いとみるか低いとみるかは意見が分かれるかと考えるが、あくまで「概ね16.0 R.U.、16.0 Uもしくは16.0 SU/ml」というのは「届出」の基準であり、臨床的な制約を付与する基準ではない。つまり前述の通り、同じ検体を倍数希釈法と自動化法で抗体価を測定すれば、倍数希釈法よりも自動化法の結果が高いこともあれば低いこともあり、自動化法で16.0 R.U.、UおよびSU/mlより低い抗体価であったとしても無症状病原体保有者である可能性を否定するわけではない。また、倍数希釈法は目視で凝集反応の有無を判定する試験であるがゆえに、同じ検体でも技師により判定が異なることがままあるため1)、無症状病原体保有者の倍数希釈法の届出基準に関してもあくまでも「届出」の基準であると考えることを勧める。

効率的で技師の感染の危険性も低く、客観性の高い自動化法は倍数希釈法に代わり既に積極的に使用されつつあり、今後もその傾向が強まることは想像に難くない。梅毒の血清学的検査を使用するに当たっては、倍数希釈法も自動化法も病原体を検出する診断とは違い、あくまで抗体価の検査に過ぎないことを銘記されたい。常に臨床経過と合わせて使用すること、その推移を評価することが、いずれの検査方法を使用するにしても重要である。

参考文献
  1. Onoe T, et al., J Dermatol 39(4): 355-361, 2012


慈恵医大葛飾医療センター皮膚科 尾上智彦

 

 

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